禁止されるのって辛いけど
「はぁぁぁぁぁ」
検証が終わった翌日、私は病室のシーツを取り替えながら、深いため息をついた。
なにせ、紅茶を作ることを禁止されてしまったのだ。
お茶の効果に規則性はあるのだけど、うっかり何かが混ざった時に、変質する可能性がある。
おかげで今日からは、オルヴェ先生のお手伝いでも、お茶は入れさせてもらえない。薬湯だと数種類の薬草を合わせることになるからだ。
私が淹れたら、間違いなく魔法が付与される。
自分で効果がわかるようにならなければ、どうしようもない。
「紅茶……紅茶が飲みたい……」
せっかく『らしい』味のものを見つけられたのに。
でも団長様やオルヴェ先生がそう判断したのも、理解しているのだ。二人は私の安全のためを思っていってくれているわけで。
子供ではないので、粛々とその決定に従っているのだけど。
「欲求を抑えるのって大変」
目の前に飴があるのに、甘いものがほしくなっても舐めてはだめ、と言われているようなものだ。我慢できるようになるまでは、しばらくため息が出てしまうだろう。
そんな私の様子を見ながら、くすくすと笑う人がいる。
私の様子を見に来たフレイさんだ。
おかしな能力を発見した後、とうとう私から魔力が検出されてしまったのだ。
普通なら喜ぶべきものだけど、怪しいお茶のせいではないかということ、精霊融合の後遺症がいよいよ出て来たのかもしれないという危惧もあった。
そこでオルヴェ先生がいないときには、フレイさんが様子を見に来てくれることになったのだ。
フレイさんは、シーツを敷きなおした寝台の横に椅子を置いて、そこに座っている。綺麗に整えた場所を荒らさず配慮してくれるので、とても良い人だ。
しかしさらりとした金髪の柔和な雰囲気のフレイさんは、簡素な寝台が並ぶだけの部屋の中でも、足を組んで座っているだけで様になる。羨ましい。
同時に私は悟った。
人外の美貌は拝みたくなる。神様の像みたいな扱いを無意識にしてしまうのだ。
そして人らしい美貌というのは、劣等感を刺激される。
まぶしさの前に隠れたくなってしまうのだ。
こちとら転生したって、モテない人生を歩むような地味人間にしかなれなかったというのに。
落差を感じていたたまれない。そしてこんな地味女が視界に入ってごめんなさい、という気持ちになった。
どちらにせよ、見られていると仕事がやりにくい……。
ちょっとでも雑にしたら、すぐに見破られてしまいそうで怖い。気が抜けない。
これは転生後の性格の影響かな。前世だともうちょっと図太かったと思うんだ。
妙にびくびくしながらもシーツの交換を終えた私に、フレイさんが言った。
「良かったじゃないか。精霊の愛し子になれることなんて、めったにないよ」
励ましてくれたようだが、あまりいいことのように思えない。
「昔は憧れましたよ? ちっちゃい頃ですけど」
「そうだろうね。精霊の愛し子といえば、大魔法も使えるかもしれないからね」
普通は喜ぶものだ。それはわかってる。
小さい頃、二つ三つ離れた町で、精霊が見える子が見出されたらしくて、ニュースが私の暮らしている町まで届いた。それぐらいの慶事になる。
でもね、精霊の愛し子って言われても嬉しくないの。
「実感がありません……。お茶に違う効果がつくだけの能力ですし、精霊の姿そのものは見えませんもの」
煎っている時とかに起こる、火が大きくなったりっていう現象も、言われなければ薪が爆ぜたのかな? ぐらいの変化だ。
「なにより、お茶の効果が先にわからないと、もう実験ができないし淹れちゃだめだといわれてますし……」
気力が回復するだけなら良かった。
でも眠り薬ができてしまった以上、団長様とオルヴェ先生はあることを危惧したのだ。
――もし、毒を作ってしまっていたら?
何も知らない私が、自分のお茶でぽっくりいってしまうかもしれない。
「普通のお茶は飲めるんだから、それで我慢したらどうだい?」
フレイさんに笑いまじりに言われて、私はうなずく。
「とりあえず普通のお茶飲みます……」
休憩を入れることにした私は、御相伴にあずかるというフレイさんと一緒に、一階に降りた。
ヘルガさん達に洗うシーツをお任せして、奥の給湯室へ。
そうしてお湯を沸かして、普通のお茶を淹れた。
淹れながら、やっぱりため息が出る。
一度飲んでしまうと紅茶が懐かしくなってしまっていた。なんとかもう一度飲みたい。けどそのためには、作ったお茶が安全かどうかわからないといけないわけで。
「効果がわかるようになれば……。ということは精霊が見えて話せないと……」
まさに私のできないことばかりだ。
そういう効果がありそうなお茶を作ろうにも、禁止されているし、ちょうどいい効果のあるお茶を作れるとも限らない。
八方塞がりだ。
暗い気持ちのまま、お茶を向いの席のフレイさんと自分の前に置く。
椅子に座って、一口すすったとたん――。
舌先で、何かがぱちっとはじけた。
炭酸を飲んだ時のような感覚に「まさか普通のお茶も変質した!?」と驚いたのだけど。
思わず見たカップの上に、怪しい生き物がいた。
枯れ枝のような腕や足。とがった耳。髪の毛はなくて、茶色っぽい肌が露出している。体は簡素な昔のローマ人みたいな生成りの一枚布の服だけ。
目だけやたらつぶらなんだけど、ゴブリンにそっくり……ってこれ、もしかして。
「魔物ぉぉぉぉ!?」
思わず絶叫する。
「うそおおお! やだ怖い!」
慌ててカップを置いてのけぞった。
「おい、どうしたんだい?」
「まもっ、魔物がカップにくっついているんです!」
「何も見えないが?」
「でもカップに小さい変な生き物が!」
フレイさんには全く見えないようだ。眉間にしわをよせてカップを見ている。
けれど数秒後、フレイさんは少し私に待つように言って、ちょうど洗濯場に出入りしていた下働きの男性に連絡を頼んでいた。
「団長を呼んでくれ! 至急だ」
え、これ団長様を呼ばなくちゃいけない案件?
「団長が来たら、それが何かわかるだろう。落ち着いて、そこから離れるといい」
「は、はい!」
椅子の上でのけぞっていた私は、フレイさんに腕を掴まれてようやく立ち上がる。
そうしてフレイさんと一緒に、給湯室の戸口で待っていたら、団長様が来てくれた。
走ってきてくれたみたいだ。髪が少々乱れていらっしゃる。
「一体どうしたフレイ、お前が至急と言うとは……」
「団長、ユラがカップに小さな魔物がくっついていると言うんです」
「なんだと?」
団長様はフレイさんが指さすカップに目を向けた。
けれどそれを見て、ふっと緊張を緩めるように息をついた。
そして恐ろしい言葉を口にする。
「それが精霊だ」
「は!?」
「精霊なんだ」
二度も団長様が繰り返した。ということは幻聴ではないらしい。
きゅるんとした大きな目だけがチャームポイントの、可愛くない姿形をした人差し指大のゴブリン。
これが精霊なのだ。
「ええええええええ!」
がっかりだよ! もっと可愛い清らかな姿だと思ってた!




