※団長様は悩んだ末に 1
「飼育係が、対象を飼い主からさらう可能性はあるのではないでしょうか」
イーヴァルがそう言い出すのも、無理はなかった。
フレイがなかなか報告に来ないと思えば、先にユラの元を訪れていたらしい。それを外からイーヴァルが見たらしいが、フレイがユラに接近しすぎていたらしいのだ。
これで二度目か……とリュシアンが思う間にも、イーヴァルは困惑した表情で言う。
「リュシアン様が、彼女を特別に扱っているのは承知していますし、理由もおおよそわかってはおりますが……」
「ちょっと待てイーヴァル。その……理由がわかっているとはどういうことだ?」
聞き捨てならない言葉に声を上げれば、イーヴァルは首をかしげた。
「リュシアン様は、昔から嘘が苦手な相手の方が気安く感じておられたのではないですか? お祖母様でいらっしゃるシレーネ様も、嘘が苦手でいらした。うちの母もですね」
「ああ……」
リュシアンは息をつく。
イーヴァルのことだから、とんでもない言葉が出てくるかもしれないと焦ったが、ごく普通の単語が出て来てリュシアンは安堵した。
「あとは……あなたを裏切らないとわかる相手なのでしょう。ユラは、リュシアン様には嘘をつかない……そういう確信があるのでは?」
ぽつりと続けられた言葉に、リュシアンは口をつぐむ。
魔女であることなどは、イーヴァルにも話してはいない。彼が決してリュシアンとの約束を破らないとわかっていても、だ。魔法書を入手するにあたり『紅茶師と言うのは、魔法も使えるようだから、早く強くなってもらうため』とだけ話してある。
でもイーヴァルは、言葉の端々からでも感じるものはあったようだ。
「だからこそリュシアン様。信用できる者を手放さないように、なさるべきかと。そのためでしたら、フレイはどんな手を使ってでも遠ざけますが、いかがされますか?」
「お前、フレイとそこそこ仲が良かっただろう?」
やや過激な響きをはらんだイーヴァルの言葉に、リュシアンは困惑する。あちこちトゲの多いイーヴァルだが、フレイとは上手くやっていたはずだからだ。しかしイーヴァルにはきょとんとした表情を返された。
「リュシアン様の障害になるのでしたら、さほどの問題ではありません」
イーヴァルの偏った臣従ぶりに、多少仕方なさを感じつつ苦笑する。
究極的には、リュシアンと他少数しか信じられないと思っているのだろう。それもこれも、隔離され、蔑まれる立場だった頃からリュシアンに関わったせいだ。
掌を返す者や、上辺だけいい顔をする者に囲まれたりと、リュシアンのせいで随分と嫌な思いをさせたものだ。
「そこまでするほどではないだろう。元は私の命令でユラに関わったことを思えば、私の責任でもある。それにユラの選択肢を狭めるのもな……」
自分はリュシアンのものだと言うユラ。それでいいと笑う彼女は、危険なことを口走っている自覚がない。
言われたリュシアンの方は、彼女の全ての権利を自分が持っているように感じてしまうけれど、彼女は精霊ではないのだ。
もし魔女となったその力を手放すことができるか、封じる術がありさえすれば、契約など必要もなくなり、自由に生きられるのだ。
そんなユラが誰かに心を渡そうとしていたとして、止めて良いものなのか。
なにせ自分は、親切な保護者の立ち位置を崩していない。気に入っているからといって、その立場を崩していいのかもわからないのだから……。
「そうおっしゃるのなら、私が」
「!?」
何を言うつもりなのかとリュシアンが目を見開けば、イーヴァルがとても嬉しそうに言った。
「紅茶についてユラを説得して、商売の権利を公爵家のものとする交渉をしましょうか。経営や資金調達も公爵家の方から援助すると言えば、おそらくユラは紅茶のことだけ考えるようになって、フレイどころではなくなるでしょう。ユラ自身についても公爵家の預かりとしたなら、フレイを遠ざけることも可能ですね。そしていずれは、ユラのようにおかしな魔法をつかわずとも、紅茶を作れるように研究開発をしたいですね……ってリュシアン様?」
リュシアンは思わず額に手を当ててうつむいてしまった。
「そこまでしなくていい……イーヴァル」
「左様でございますか? では、ご入用になりましたらお知らせください。あ、喫茶店経営にはちゃくちゃくと口を出して行く所存ですので」
そこに関してはうなずく。
ユラは家で小間物を売っていたからなのか、ある程度商売の知識はあるらしい。でも女性が相手だと足元を見る人間は多い。イーヴァルがいれば役立つだろう。
「それよりも、例の魔石の件はどうなった?」
魔物を集めていた魔法陣。それは壊すことができたが、そこにあったという魔石が無くなっていた。リュシアンは念のため、周囲に仕掛けた人間がいて、回収した痕跡がないかを調べさせていた。
「特には見つからなかったようです。そもそも魔物が集まりすぎていて、あの周辺に人がいられるかどうか……」
「そうだな。魔石がないことを最初に確認したのは?」
「フレイの隊の者ですね。なにせ大きなものではないので、近くに行かなければ確認できないものですので、魔法陣を壊した直後にあったかどうかは確認がとれていません」
「フレイはいつも通りか」
イーヴァルがうなずく。
「ほとんど戦闘にかかりきりだったそうで」
……と、そこで扉がノックされた。
イーヴァルが開け、そしてリュシアンに視線を一度送ってから相手を入れ、自分は退室する。
入って来たのはフレイだ。




