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私は騎士団のチートな紅茶師です!  作者: 奏多
第二部 騎士団の喫茶店

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※ユラ係の心の天秤はゆらぐ

※フレイ視点です。

 ユラの体に、特に異常はないようだ。

 それがわかってフレイは安心した。


 あの魔法は、普通の人間には特に影響がないのはわかっている。けれど後から、ユラも精霊融合実験を受けたことを思い出した。

 魔法を使えるようになったユラが、実験の影響を全く受けていないわけがない。もしあの魔法で何かの悪影響があったらと思ったが、むせる以外のことは問題なさそうだ。


 少し気になったのは、彼女から離れていた間に、クッキーを焼き始めていたものの、何か悩んでいる様子だったことだ。

 オーブンを見つめながら「仕方ない……」と言っていたので、クッキーの出来具合のことだろうと予想はついたのだが。

 その後、つまみ食いのついでにむせてくれたおかげで、彼女の状態を頭に触れて探ることができたので幸いといえば幸いだった。


 彼女の中の力はほとんど感じられない。

 ただ、穏やかな精霊の気配は今まで通りに感じる。

 ほっとした。フレイは別に、彼女を傷つけたいわけじゃないのだ。

 喫茶店の席へ移動して、ため息をつく。


「そもそも……」


 呟きそうになって、自分が予想以上に悩んでいることに気づいた。口をつぐんで、心の中で愚痴るしかない。


 一連の事件がイドリシアの民が主導していたことなど、予想もしなかった。

 こんなことは誰にも言えない。言えるとしたらメイアだけだ。けれど彼女にうかつに接触すると、怪しまれるだろうし、メイアもさらにフレイを勧誘してくるだろう。


 ――これからあなたはどうなさるのですか? フレイ、と。

 故国の人々のために、協力せよと。


「…………」


 ユラを発見したあの時は、こんなことになるとは思わなかった。

 ただイドリシアの民らしい痕跡を見つけて……、タナストラに囚われた魔術師が、利用されているのかと考えていたのだ。


 隣国タナストラは、アーレンダール王国も狙っている。

 その目をくらませるために、わざわざアーレンダール国内で実験をするなどという、面倒なことをしているのだと。

 詳細は聞けなかったので、もしかするとタナストラの何らかの計画をイドリシア側が利用しているのかもしれないが……。


 だとしても危険すぎる。

 メイアの気持ちはわかる。タナストラの計画を壊すために、魔女が必要なことも。

 これ以上、犠牲者を出さないために誰かが必要だったとしても、メイアが自ら魔女になることを志願する必要が本当にあったのか。

 その計画自体を、止める手段はなかったのか。


 故郷の人々と、連絡を控えたのが仇になったのだ、ということだけはわかる。

 イドリシアの民の連絡手段は、精霊を使うことが多い。精霊の愛し子が多い国だからこそ、できる技だ。

 けれどシグル騎士団では、団長のリュシアンに悟られる可能性がある。

 普通の連絡手段で頻繁にやりとりをすると、人の目につく。だからこそ、アルマディール領にいる仲間との連絡が間遠だった。


 おかげで、あちらで事態がかなり動いていることに、フレイは気づかなかったのだ。

 気付いたら、この状態だ。


「お待たせしました」


 ほんわりとした笑顔でお茶とお菓子を運んで来るユラの柔らかい声に、フレイは我にかえる。


「ありがとう」


 そう言って卓上に置かれたお茶に手を伸ばす。

 一口飲んで、妙にほっとした。

 何も指定をしなかったけれど、ユラは心が安らぐお茶というのを淹れたのかもしれない。いつもより少し心がゆるんだ。でもそうすると、どこか人恋しくなるのはなぜだろう。


「ユラさん、お客がいない間くらいは、座って休んでいてはどうですか?」


 つい、台所がある部屋に戻ろうとする彼女を呼び止める。


「そうですね……クッキーも焼いてしまいましたし」


 と言って、戻って来る。

 こうして懐いている様子を見せてくれると、可愛いと思う。拾った動物に慕われているような気分だ。


 ……倒れていたユラを見た時から、かわいそうだと思っていた。

 孤独な身の上で、頼る者も亡くしてしまった上で他者に翻弄されて。


 その時に思い出したのは……メイアのことだ。

 イドリシア王国が侵略されて、王族に連なるフレイは周囲に脱出させられ、他の王国民と一緒にアーレンダール王国へ逃れた。

 かつて王女が嫁いだ国。そこに助けを求めようとして。


 最初は国王も渋ったと聞くが、アルマディール公爵がメイアの嘆願を聞いて受け入れたのだ。

 メイアが、受け入れてくれるのなら、荒れ地で開拓の手が届いていない北の辺境地でもいいこと。そして自分もそちらへ移り、一生そこから動かずに朽ちると申し出たからだ。


 その出生の事情から、ほとんどなかっただろう自由を全て差し出してまで、あまり関わりのなかった国の人々を助けようとしたメイア。

 どんなに強い女性かと思ったら、自分より年下の、か弱く儚げな少女だとは思わなかった。

 その時も「他に何も持っていないから」と語ったメイア。

 孤独な身の上のユラに同情したのも、彼女のことを連想したせいだと思う。


 ただメイアの献身だけでは、移住の代償にはたりなかった。

 アルマディール公爵は、イドリシアの王女に関わったからこそ、一族が精霊を操れる人物が多いことを知っていた。その能力がある魔術師に仕事をさせることも、移住の条件に入れたのだ。


 フレイはそちらの仕事を引き受けていたので、なおさらに他の者達の動きに疎くなっていたのかもしれない。

 でもユラがここにいることになってしまったのは……。自分の同族達のせいだと思うと、やるせない気持ちになる。


「フレイさん、体調でも悪いんですか?」


「いや? 顔色でもおかしいかい?」


「何か悩みがあるような表情に見えて……」


 このお茶は、どうも表情を作りにくくするようだ。

 ユラは不安そうにこちらの表情を覗き込んでくる。いつもは人を心配させているユラが、そうしているのはちょっと面白いような気がした。


「少し悩みがあるのは確かだよ」


 ぽろっとそう言ってしまったのは、やっぱりこの不思議なお茶のせいかもしれない。


「だから、慰めてくれるかい?」


 それでも内容を口にすることはない。せっかく懐いてくれたユラに、嫌われたくはないから。


「慰めるっ!? え、えっと」


 悩んだ末に、ユラは少し腰を浮かせて腕を伸ばして、フレイの頭を撫でた。それも数回で、すぐに手をひっこめて、フレイが怒らないかどうかうかがうような目を向けてくる。

 フレイは思わず笑ってしまった。

 本当にユラは、小動物か何かのようだ。


「もう終わりかい?」


 笑いながらいじわるを言えば、ユラは顔を真っ赤にして首を横に振った。

 面白いし、そんなユラを見ていると、心が揺らぐ。

 故国のことはいつでも想っている。あの国に責任を持つべき血筋は、フレイ以外にはメイアぐらいしかもう見つけられない。


 けれどメイア達の計画に手を貸すのも、まだ迷いがあった。

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