プロローグ―私は騎士団のお茶係
「ユラちゃん二人分、いつものお願い」
「はい、お待ちくださーい」
オーダーをもらった私は、隣室で用意していたお湯を使い、お盆に並べたカップ一つ一つに、紅と茶の色が美しく出たお茶を注いでいった。
薄らと甘く、花のような香りが混ざる、香ばしい茶葉の香りがふわりと広がる。
紅茶の香りだ。
淹れたらすぐに、席で待つお客さんに持って行く。
「お待たせしましたー」
お客さんが座っている木の長テーブルに近づく。
彼ら二人は、訓練の後ですぐここに来たのか、紺色の制服に鎧を身に着けたままの上、土で頬が汚れていた。
そもそもここは騎士団領の城。
ここは普通の部屋だった所を改造した『喫茶室』だ。なので壁も床も灰色の石造りで、綺麗に均してはあるけれども味気ない。
なぜこんなところで喫茶店の真似事をしているか。
それは彼らが着替えもせずに、ここへ急行した目的を提供して、お小遣い稼ぎをするためだ。
「お、来た来た」
年長の騎士が、嬉し気にカップを持ち上げる。
見習いらしい少年は、お茶の匂いを嗅いで不思議そうにしていた。
「甘い香りですね。赤茶の色も綺麗ですけど……」
おそるおそる、少年も口をつけはじめた。
最初の一口を飲んで「あ、おいしい」とつぶやく。
そう言ってもらえてうれしい。
なにせ『この世界』には紅茶がなくて、試行錯誤してそれらしい味を作り出したんだもの。
にやけそうになりながら、キッチンの方へ引っ込んだら、お茶を飲んだ少年が変化に気づいたようだ。
「なんだろう、すっとする……。あれ? 疲れてたはずなのに……」
「わかったか? 騎士団にこんな喫茶店がある理由が。この紅茶っていう飲み物は、薬にもなるんだ」
少年が「えっ!」と驚いた。
「怪我を治す魔法はあっても、気力の回復をする魔法も薬もないですよね?」
「あの紅茶師が作ったものだけに、そういう効果があるらしい」
「そういえば紅茶師、って何ですか?」
「この茶を作れる、ここの店主の職名だ」
紅茶師という単語に、まだ気恥ずかしさを感じる。
私が自分でそう名乗ったんじゃないの……。
ワケあって職業を登録することになった時に、どの職業も当てはまらないから作ったもので。
「そういう珍しい能力があるから、騎士団おかかえなんてやってるんだよ」
キッチンに逃げ込んでも、二人の声が聞こえてくる。
うう、騎士団の人って声が大きい……。
この変な能力がついた原因のせいで、私は騎士団に保護されて、今は騎士団専属お茶係になっている。
そこへ、別の騎士見習いさんがやってきた。
「いつも通り、執務室までお願いします」
「わかりました」
私は気を引き締める。
この不定期喫茶店も大事だけど、本業はもっと大事。そちらに声がかかったのだ。
私は既に沸かしていたお湯で新しいお茶を入れ、カップが滑らないように工夫したお盆の上に乗せ、一階上のとある部屋へ向かった。
ノックをすると、金髪の青年が扉を開けてくれる。
「今日もありがとうユラさん。入って下さい」
「失礼します」
促されて中に入ると、ソファーセットへと向かう。
そこには既に二人の青年達が座っていた。
彼らは騎士だけど、鎧を身に着けていない。執務をしていたからだろう。
制服の色も藍色に近い。紫の強いその色って、けっこう着る人を選ぶのだけど、彼らの誰もが、負けないぐらい顔立ちの良い人ばかりだ。
長い黒髪を首元で結んだ騎士さんが、私に小さく会釈してくれる。
金髪の騎士も座ったので、私は三人の前にお茶を置いて行く。
真っ先にお茶を置いたのは、右からから斜めに金糸で刺繍された水色の肩帯を身に着けているので、特別な地位にいることが一目瞭然の人だ。
銀の髪、紫の瞳を見れば、誰もがこのシグル騎士団の団長、リュシアン様だとわかるだろう。
お茶を出された三人は、無言のまま口をつける。
私はちょっと緊張した。
やがて団長様が、一言だけ口にする。
「……いつも通り、いい味だ」
評価にほっとした。やはり集団の長に気に入られることは大事だ。
一息ついたところで、黒髪の騎士イーヴァルさんが私に切り出す。
「あなたを呼んだのは、いつも通り、出動の要請のためです」
その言葉に、緩んだ気持ちを引き締める。
私は騎士団でお茶屋さんをしながら、騎士達と出動もする。
そうして密かに、ゲームに良く似たこの世界の、大半が荒野になるかもしれない未来を回避しようとしていた。
……戦闘職じゃないんだけどね。私なりにがんばるしかなくて。
そう、ここは異世界でゲームに酷似した世界だ。
前世の私からすると、ということになるけれど。
思い出したのは、つい数か月前のことだ。