蘭のつながり
人生で初めて女性に自分から話しかけた。もちろん母親と妹は抜いてだ。彼女は可愛らしくピンクのイメージで発する発言に僕は惹かれた。
「はじめまして」
思わず声をかけた。しかし時間も時間。
「今日はもう寝るからまた明日の二十時。ここにいるから話しかけてください」
彼女はそういうとおやすみなさいと一言言ってその場を後にした。明日の二十時。何もなかったこの日常にとてもきれいな蘭の花が咲いた。
「はじめまして」
昨晩と同じ部屋で彼女に語りかけた。彼女は相変わらずのピンク色だ。
「あら昨日の。初めましてというのはなにかおかしい気がするわ」
彼女は少し時間をかけてそう言った。話し方も上品でまさに想像以上に素敵な方かもしれないとこの一言で感じた。
「いつもここにいるのですか?」
女性に話しかけるのなんて本当に初めてで何を話せば良いのかなにもわからない。そして敬語も不自然になってくる。彼女はふふふと笑うと困ったようになんででしょうねと意味ありげに答えた。そして一言
「私は待ってるの。私だけのヒーローを」
彼女がそういうと僕は自分では意識していなかったが、なぜか待ってましたとでも言うようにすぐに発言してしまった。
「僕はなれる?」
そして一度部屋を出て肩書きをヒーローに変えた。彼女はくすくすと笑うと
「私はあなたを待っていたのね」
といった。そして僕はヒーローを演じることになった。毎日二十時。それが僕と彼女の密会の時間。ヒーローは一人を愛してはならないのだ。それが僕のヒーローに対する意識だった。一国の王に激怒した彼も、心中に失敗する彼も、親友を裏切った彼も自己満足のヒーロー像があったに違いない。
「お前それ告白だろ」
昼ご飯を食べながら友人に彼女のことを相談した。彼は案の定大きく笑った。
「どこが告白なんだよ」
ハンバーグを口に運びながらそういうと彼は僕の目をじっと見ながら
「彼女のヒーローって恋人のことだろ? てか、お前のことだから相手男だったりしてな」
と茶化すように言ってくる。僕はそれはないよと一言だけ言って無心にハンバーグを食べた。
「こんばんは」
彼女との会話も何回か繰り返し、大きな部屋から二人だけの個室へと移動した。会話は毎回たわいもない話で、僕はヒーローを演じ続けた。今日は男に絡まれていた女性を助けただとか老人の荷物を持ってあげただとか小さいことではあるが彼女はすごくほめてくれた。彼女と話す時、僕は俺になる。その方が強い気がしたからで特に深い意味もない。彼女は自分を私と言っていたが、僕の中ではわたくしという読みにしか聞こえなかった。彼女は清楚でお嬢様で長い黒髪が似合う淡いピンクなイメージだった。
「実は明日引っ越しがあってここには来ることができないの」
彼女はさみしそうにそう言うと続けて
「でも明後日には来ることができるわ」
と言った。そしてそのあとまたたわいもない話を続け、日が変わる頃にお互い部屋を後にした。
「まだ彼女と会ってんの?」
昼休み。久しぶりに彼は彼女とのことを聞いてきた。初めて彼女のことを話した時以来になる。僕から彼女の話をすることがなかったために彼女の話を彼とすることはなかった。
「毎日だよ。でも今日は引っ越しがあって来られないらしい」
そういうと彼はふーんとだけ言って彼女との話は終わった。その日の晩はあの部屋に行かずに学校の課題をするとすぐに床に入った。引っ越しなんてしたことがないのだから、深い事情などわかるはずもない。
次の日二十時。彼女は約束通り例の部屋にやってきた。しかし、引っ越しの疲れがあると言って一時間ほどすると部屋を出て床についてしまった。
次の日も次の日も彼女との会話は一時間ほどで終わる。それまで楽しく何時間も話していたのが嘘のようだ。僕のヒーロートークも日に日にネタ不足となり今ではヒーローだというキャラ設定も忘れてしまった。
ある日、二十時を少し過ぎたころ。テレビを見ていると時間を過ぎてしまった。
「今日は遅かったね」
と言う彼女。それは少し寂しそうで、少し嬉かった。
「ヒーローは遅れて登場するもんだろ?」
そう言うと彼女はクスクスと言ったように笑うと
「久しぶりにヒーロー登場だね」
と言った。それから見ていたテレビの話を三十分ほどすると彼女が突然話さなければならないことがあると切り出した。
「明日からここには来ないわ」
僕は思っていたほどのショックは受けなかった。潮時だろう。そう感じるだけだ。
「そっか。理由は、聞かないほうが良い?」
そう聞くと彼女は、少しの沈黙の後、話始めた。
「あなたと話していても楽しくなくなってきたの」
大体予想はついていたけれどそう言われると少し胸が痛んだ。
「そっか」
それしか言えなかった。彼女とはもう終わりだなんて考えたが、そもそも何も始まっていない。僕は力強く机をたたくと、じゃあねとだけ言って部屋を出た。これは僕が悪かった。嘘から始まった話もそうだ。僕は彼女のヒーローにはなれない。やっぱりそうだった。僕は顔も知らない彼女を好きになっていたのだ。最後にまたヒーローになれて良かった。
彼女のことは何も知らない。ピンクの蘭はすでに枯れていた。いくら長持ちするとしても、枯れたらそれで終わりだ。ドライフラワーにするのが難しい花に僕は手をだしてしまった。今度は枯れないLANの花を探すことにしよう。そう思いキーボードをたたくとまた違う色で名前も変えて違う部屋を探し入る。
「はじめましてこんにちは」
彼女に出会えたことで僕は女の子に話しかけることの容易さを知った。ビジュアルなんて関係ない。この環境は僕にとって最高で最強。彼女に出会えたから僕は自信を持つことができた。ここから少しずつ成長していこう。顔さえ見えなければなんだって言える。
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