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黄金の鐘は雨の中でしか響かない

リリルア

(私も人々に倣って、こう呼ぶとする。彼女もその方がきっと喜ぶだろうから。)

は、今山間の緑が綺麗な村に、水甕を運ぶべく登山中だ。甕は煮炊きによく用いられる、骨を入れる人も多い。ただリリルアはそれが飾られるのが好きだった、ただの水が入っているのがいい、大好きな商品だ。

人はこれを届けると悲しい顔をするし、出先でお香の匂いが鼻を刺すのは定石だ。でも水を入れて家に飾るとすると、それは「ひんやりとした感触の心に、茹で卵を剥くみたいにして触れてあげる」のに似ているとリリルアは感じた。ただそれは人々の習慣があってこそのものかもしれない、それに支えられるからこそ幻想が色を帯びて彼女を癒す夢の世界がある。願いが叶えば願いは潰える。そう考えると身も蓋もない。いつかリリルアは夢のために現実へ身を落とすことで折り合いをつけた。

つまるところこういうことだ。

見つめれば冷たい風が聞こえる、覗けば優しい風の匂いがする。それは彼女の夢だが、職業柄そうもいかない、と。


「私は実用品なんて捌いたことはないつもりなのに…」


独り言だった。

ぶんぶんと顔を振ってみた。


「こんなことじゃいけません!」


リリルアはそれで商売が成り立たないことを人一倍知っていたし、そんなことで全て良かったとしたのなら、金銭概念はいらない。ともすると商売とは別の触れ合いを探して、商売を続ける節が彼女にはあったのだろう。

とりあえずそのところへの目一杯の反抗が、常に特別な用事を持たないことだった。ただ必要なものを然るべき人へ、届けたいと思う時に足を運ぶ。それだけなのです。


振り切ろうとした空は、雲ひとつない晴天だった。



小一時間ほど歩いただろうか、曇天の空模様だ。

雨が降り出したのは、山頂を越えた下山の途中、もう少しで村が見えてくるはずといったときのことだった。

商人にとって雨はいつも困る、荷物は重くなるし商品がダメになってはしょうがない。後者の問題は今日は気にならなかったが。

今度の雨は激しく山の天候にしては長引きそうだな、リリルアは長い旅人の嗅覚でそう悟った。頭上の雲はもちろん、切れ切れと遠い空にだって、幾重にも重なった雲の形が見て取れる。それを平べったく吹き去ってくれるような風も吹いていない、なかなかに標高のある山の下山中途では当然のことか。それでも憂鬱になる。珍しいからだ、山で長く激しい雨はそう見ない。

雨宿りの場を探さなければ。

季節は初夏、昔はこいつを梅雨と呼んだらしい。この辺りは四季の色の濃い国だ、彼女のちっぽけな足には泥にまみれた草や石が痛い。水がかかっていると、より一層踏みしめた跡が強い感触を持って現れる。土の匂いが濃い、葉を絞ってしたたらせたような切れ味のいい臭み、


「好きになれない。」


自然の牙で傷ついた心と体は、口数を少なくして隠すことにしている。リリルアはまた呟く。道中では歌ったり踊るように歩く彼女も、こういう状況では神経を使って鋭くする。独り言にだってそういう気風は顕著に出てくる。

「山の教会はあなたの心の境界、過ぎたところを曲がれば。」

そんなふざけた看板の見えたのはつい先ほどだ。張り詰めた気持ちの旅人が通る道に親父ギャグとは、呆れたものだ。しかも明確でない、どんな人間が立てたのか興味もある。目的と怒りがかぶって体が走っていく感覚は珍しくない。旅人の感覚かーー

走った。


鐘が鳴った。ぐおーん、カランコロン、かーん、カーン。かぁん。。。


"そっと、足を、留めた。雨?雨…雨?…雨。梅雨の香りに誘われて窓の外へ息を吹き込めば、白いけぶりが浮かぶような。気がするんだ。気がする。ああまた吹き込まなければ、消えてしまったんだ!でも息が切れた、もうダメだ、もう見えない。"


(ところどころ、リリルアの感じた感覚はただの記述で表せない。私は"で囲んでここに記すことにしよう。)


「濡れてしまえば、濡れるなんてこと、気にはなりません。あなただってそんな時、泥にでもなれるでせう。」


雪崩みたいな雨は土に刺さって、包まれる。そんな風に雨が言いました。


この世界で自然の話すことは珍しくない、話しかけることができるとなると特別な職業となるのだが。対話できるのがエルフという種族、語りかけるのが舞踏家、憎まれるのが呪術師。こう整理して説明しよう。


大方上流階級に奴隷とされるのがエルフ、捕縛は難しいしリリルアでさえ目にしたことはないが娯楽にも金儲けにも、幅が効く。だからお偉いさんのしたいこと、気分に応じて天候は変わるし、その影響で商品の需要も思うがままだ。これは能力の有無に関わらず血筋によってある地位を受け持った人間が、エルフの力によって繁栄できるという構図を証明する。

そもそものところ、上っ面「禁忌種族」として今や指定されたエルフの伝説は心優しい少年がエルフと契りを結び堕落の一途をたどったというところで途絶える。禁忌と言えば人々の恐れを煽るし、それが貴族の望むところだろう、自分の道具はどんな人間にも手出しさせない。

自然と対話しすぎるエルフはその怒りを買って破裂死するなんて民謡もあるものだから、かつて繁栄し世界を思うままにしたと言われるエルフが絶滅に追いやられているのも当然と言えよう。彼らは一人の少年の優しさと、それに釣られ無残にも裏切られた少女によってその栄華を奪われてしまった。今は「エルフ」と言えば妖精など幻想の類か、奴隷だという印象が強い。それだけと言ってもいい。リリルアは耳が痛くなるほどそんな伝承を歌として、戯言として聞いてきた、結論は優しさこそ破滅の一歩目、だ。大きすぎる力はいつか金蔓にされて仕舞い、ということだ、例えそれが人民の目にどれだけ美しく映ろうとも。


他の二つもそんなものだ、舞踏家は中立ということで見栄えはいいが伝説にはなり得ない。ただ人の望むままに踊るだけ、それで人は満足する、あたかもそれが天に届いているかのようのその踊りは人を誘惑する。昔はエルフのような力を持った舞踏家も、いたかもしれない。ただ今は人の欲望のままに踊る傀儡だ。

呪術師は自然の恨みを買う分、人の幸せには寛容である。エルフ、舞踏家、呪術師。純粋過ぎれば角が立つ、金に悼されれば流される、人に寄り添えば残らない。


「昼に道を聞かば夜に死することも可なり。」


こんなことわざは、リリルアにだって身近だ、あまりにも有名すぎる。


ーーもう一度鐘が鳴った。


リリルアの頭の中でただ鳴っていたのは黄金の鐘の音だ。いや、装飾の色は銀色であったっておかしくはないのだが、その音色はつつましやかな金色であった。

そんな色がこんな雨の中に響くのだ。リリルアは無性に怖くなってしまって、なんだかそこら中の木々まで今に襲いかかってくるような気がした。不自然なものが五感に入り込むということは、恐怖を煽る。ただリリルアはそういう恐怖心が好きだった、そこへ飛び込んで行けば最後には幸せと一緒に抜け出せる。

と、思っていたのだが、そんな気がしたところ、すぐに消えてしまった。ただ鐘の音を美しいと感じた、興味が湧いた、それだけのことだった。


鐘が鳴った。


三つ目の鐘が鳴って、初めて、しかしひどくゆっくりと、リリルアは鐘の音の方へ足を伸ばし始めた。疲れたような足取りで、初めて神社の鳥居をくぐるみたいな気持ちがした、紫陽花の上に走水、遠い空は青空で、真夏のそれに雷の音が響いたのだった。雨はまだ降りしきる。


「魂が先なのか、肉体が先なのか、獣の匂いがしー風ーーー手を空に、、、、ごらん。どうにもならない自分で、、う、何かは分からないーだろーけれー、きっとーーやってみてごら。。。」


泥まみれの石ころがそう言ったのだと思う、誰か、もう鐘の音に惹かれたリリルアにそれを判断する理性は残っていなかった。鐘の音を聞いてから、自然の中のノイズばかり聞こえる。リリルアに特別な能力はないから、今の憧れに支えられて自分と波長の合う言葉が途切れ途切れに聞こえるばかりだ。なんだか懐かしい言葉だった、うわ言のようにリリルアは復唱した。


「手を空に。残してみよう。きっとやれる、やってみる。。。」


そんなことも満足に言い終わらないうちに木造扉の匂いがした。また鉄でできた装飾の匂いが鼻についた。泥と雨にずぶ濡れのリリルアは、服を着てなくたって同じ風だっただろう。彼女はもう雨宿りなんてどうでもいいさという時に、目の前に現れた教会の扉に手をつけたのです

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