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次男:勇二の章2

 書斎で一晩を明かし、翌日の未明。

 俺は自分の腹が鳴る音で目を覚ました。


「こんなときでも腹は減るんだな……」


 苦笑混じりに呟いて、重い体を起こす。書斎を抜け出し、痛む左足を引きずって隠れながら、食料庫と思われる小屋に移動した。

小屋の中には小麦のふくろに混じって、果物が山になって置いてあった。俺は空腹の前になすすべなく青いリンゴをつかみ取り、盛大にかぶりついた。硬い。酸っぱい。甘さもそれほどでもなく、妙なえぐみがあった。まだ熟れていないんだろうか?


 それともやはり、ここが過去だからリンゴの品種改良も進んでいない、とかか。


「香りだけはちゃんとリンゴなのにな……いてっ」


 左足を押さえてうずくまる。足の痛みは引くどころか、昨日から徐々に痛みを増してきている気がする。きっと骨にヒビが入っているんだろう。腫れ方も尋常じゃなく、足首が膨れあがっている。


「この足もやばいな。添え木とか、要るのかな」


 足を撫でつつ、俺が三つめのリンゴをかじっていたとき、倉庫の窓の外を小さな影が通っていった。


 慌てて物陰に隠れてうかがってみれば、それは城主の娘だった。確か名前はレイラだったか……。この名前、どこかで聞いた気がするんだが、いまいち思い出せない。彼女を見たのは食堂で長いテーブルに座っていたのを見て以来だが、見事な金髪の少女は見まちがえようもなかった。


 彼女は倉庫の横にある井戸をのぞきこみ、何事かを叫んで、その反響を楽しんでいるようだった。彼女の声はぐわんぐわんと反響して、倉庫の中まで響いてくる。


 それが、この城で目覚めたときに見た夢の叫び声と重なった。

 そのとき、急につるべが落ちてきた。


「あぶ……!」


 思わず叫びそうになるのを押しとどめる。

 レイラの頭すれすれをかすめたつるべは、しばらくののちに派手な水音をたてた。

 レイラはそれが面白かったようで、きゃはきゃはと笑っている。


  ――きゃははは……


 その声がエゼルブルグ城で妹たちと一緒に聞いた、笑い声を思い出させた。まったく一緒の、甲高い笑い声だ。あの時は風に乗ってきたように聞こえたが、今回は違う。

 俺はごくりと喉を鳴らした。


「まさか……、あの城のオバケが生きてる時代に飛ばされたってことなのか……?」


 慌てて携帯電話を取りだし、兄貴のメールを確認する。



 『一人目は三代目領主の娘レイラ。幼い頃に井戸へ落ちて死んだらしい』



 全身がぞわりと総毛だった。


 領主の手紙にも娘のレイラとあった。三代目領主の娘、レイラ。

 彼女が井戸に落ちて死んだのが、この城の城主の血統がはじめに途絶えた原因だという。


 もしも、今のこの異常な状態がエゼルブルグ城の悪霊の呪いだというのなら。


「……なら、もしかして、あの子をあの井戸から救ったら……」


 あの子を救えば、きっとこの時代から解放されるんじゃないだろうか。

 俺は倉庫の窓にかじりつくようにして彼女の様子を確認した。つるべは落ちている。今なら、あの夢のように井戸に落ちる心配はない。


 俺がじっと見ていると、彼女はふと井戸から顔を上げた。

 召使いの洗濯女が桶を抱えて水を汲みにきたのだ。彼女はレイラに何事かを言い、井戸から離した。

 レイラはひらりと桃色のドレスを翻し、ぱたぱたと駆けていった。


 俺はその姿を見送りながら、決意した。

 あの子はきっと、あの井戸のせいで死ぬ。

 だから、その前に手を打とう。



         ◆



 しばらくの後、レイラはまた井戸をのぞきこみにやってきた。

 上体を乗り出すようにして井戸をのぞきこむ。


 その頭上で、キシリとつるべの滑車が鳴った。


 キシリ、キシリ、キシリ。


 キシリ。


 ――けれど、つるべは落ちない。


 なぜなら俺の手によって、壊されてしまったからだ。

 井戸の底には、落ちたままのつるべがぷかりと浮かんでいるだろう。

 少女は湖面に何を見たのか、にこにこと笑っている。


 そのとき、ざわりと空気がざわめいて、まるで時間が止まってしまったかのような違和感をおぼえた。


 ふと見下ろせば、床に絵筆で描いたような、子供っぽいドイツ語が記させている。

 そこにはこう書かれていた。

 


 ――あの子の過去を変えたね。

 それでも君は帰れないよ。僕がつかまえているからね――



 くすくすくすくす――


 笑う少年の声が、遠く聞こえてきた気がした。

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