File.23 血の海の記憶
ワン、ワン、ワン。
どこかで自分を呼ぶ声がする。あの子の声。自分に忠実な友の声が。その声に誘われるように沙紀の意識が覚醒する。
「ここは、どこ? それに怪我したはずなのに」
攻撃を受けて出血したはずの自分の体にどこにも怪我がない。体を起こすとそこは銀行ではなくどこかの屋敷の庭だった。そしてわずかに自分の体が白く発光していることに気がつく。
「もしかして、実体じゃない? 意識だけがどこかへ飛ばされたの?」
何かの力で飛ばされたのなら、帰るすべもこの場所にあるはず。とりあえず、屋敷内を探索してみるしかない。
「それにして静かね。…………泣き声?」
耳をすましていると風に乗って子供の泣き声が聞こえた。一旦、この泣き声の主を探すことにした沙紀は、屋敷の庭を通り建物へ近づくことにする。それにしても広い屋敷だ。庭の木々の間を抜けると大きめの池が見えてくる。その屋敷の廊下を泣きながら進む少女の姿が目に入った。
「彼女に声が届くかしら?」
今の自分は完全に幽体だ。だが、少女の様子もどかおかしい。何かに怯えている様に見える。
「とにかく声をかけてみるしかないわね」
沙紀は少女の元へ駆け出す。沙紀は庭を突っ切ると廊下へ上がる階段を探す。すると母屋と思われる建物と離れを繋ぐ場所に登れそうな箇所を見つけた。
「もう、随分と広い屋敷ね! あっ、待って!」
廊下へ上がりもう少しで少女に追いつけそうな距離になった瞬間、彼女は廊下を走り出し母屋へと続く扉を開け放ち中へと姿を消した。沙紀が彼女を追いかけようとスピードを上げると廊下と母屋へ繋ぐ場所に透明な壁が出来上がる。
『そちらへ行ってはならぬ! まだ、早い!』
どこか懐かしさを感じる女性の声に足が止まるが、屋敷の中から少女の小さな悲鳴が聞こえたのでその静止を振り切り壁の近くまで走った。幽体である自分なら進めるかもしれないと思い、沙紀は壁へと手を伸ばす。しかし、指先から何かの力にはじかれる。
「駄目なの? 彼女の様子だけでも…………」
壁の向こうの視線をやるとそこへ広がっていたのは、赤い赤い血の海。少女はその血だまりにしゃがみ込んでいる。少女の視線のその先にあるの男女の遺体。
ドクン、ドクンと沙紀の心臓が大きな鼓動を打つ。それと同時に全身から血の気が引いていく。その凄惨な光景を見て感じた。自分は知っているこの光景を。そしてあの血だまりに倒れている、男女を。
「…………ちち……………はは」
(そうだ、これは過去の記憶。あの子は、わたし。これが失ってしまった自分の過去なの?)
『これ以上は、駄目だ。さぁ、もう一度眠れ』
先ほど聞こえた女性の声とは別の男性の声が聞こえるのと同時に暖かい温もりを感じた沙紀は、再び意識を落とした。そんな彼女を抱き上げると男は、自分達のテリトリーへ繋がる道を開き姿を消した。




