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「…………あつい」
寝苦しい夏の夜。少女は、その暑さから目を覚ます。体にかかっていたタオルケットを引きはがしながら、目をこする。いつものように右手を探るが、探し求める存在はいなかった。
「…………タロ? …………お姉ちゃん?」
いつも自分の側で眠る相棒である愛犬も隣の布団で眠っている姉の姿もなかった。部屋を見渡すがその姿は見受けられない。部屋の出入口である扉が少し空いている。もしかしたら、急な任務で姉は出かけるのかもしれない。それなら見送らなければと思い、少女は立ち上がり扉を開け母屋へ続く廊下へと進んだ。母屋へと進みながら庭先へと目を向けた。
(…………音がしない)
少女が住んでいる家は、家というより屋敷と呼ぶに相応しい、現代では珍しい日本家屋であった。そして母屋と離れを繋ぐ廊下の前には、大きな池と日本庭園が広がっている。そしていつもなら、夜になると鈴虫の鳴き声と庭に植えられた植物が風にそよがれる音が聞こえるはずなのだ。しかし、この夜は何も音が聞こえずただ無気味な静寂が広がっていた。
(…………怖い。怖いよ、お姉ちゃんはどこ?)
少女は、何かに押されるように、だんだんと早歩きから、小走りへと足取りを変化させながら先へ、先へと急いだ。居間の明かりが見えるころには、すっかり息はあがっていた。 ヒューヒューと息が乱れる中、居間の扉を開くと衝撃から息が止まる。
「ひいっ………」
そこには一面の赤い水溜まりが広がっていた。そしてその中央には見覚えのある男女が倒れていた。
「………ちち…………はは?」
少女は、血で染められた居間の床を踏みしめ、倒れた男女の元へと近づいて行く。そして膝をつきその場に座りこむとおそるおそる男女の顔を覗き込んだ。
「なっ、何で?…………ちち、はは、起きてよ」
少女はもう事切れているであろう父母の体をその小さな手でゆすりながら、呼び続けた。必死に呼び続けたが返事は無く、ただ呆然とその光景を見入るしかなかった。そして、どれくらいの時間がたったであろうか、少女に近づく一つの人影があった。
その人影は、大きく男性のようで、その手には血で染められた日本刀が握られている。男は少女に気付くとその刀を振り上げ、少女に気付かれないようにそろりそろりと近づいた。そして、少女にめがけその刀を振り下ろそうとしたその瞬間、体に強い衝撃を受けてたたらを踏む。男は態勢を立て直すと少女と自らの間に立ちふさがり牙をむく大型犬と、玄関から複数の人間の足音と声が近づいてくるのに気づく。
「ちっ、しかたない」
男は、犬を蹴り上げて壁際へ吹き飛ばす。そして刀を少女の首筋へと当て耳元にささやく。
「命は助けてやる。だがこの先何が起ころうと何もするな。これは、制裁だ。もし他の家族の命を助けたいなら大人しくしていろ。そう、何が起きても」
そして男は身をひるがえすと夜の闇の中へと消えていった。残された少女は、男が言った言葉を反芻する。
「これは制裁。制裁だから、何もしちゃいけない。何かしたら家族が殺される…………」




