File2.誘拐
「おっ、お兄ちゃん。どこ?」
幼い少女は、街灯一つない薄暗い路地裏を泣きながら歩いていた。まだ5時を過ぎたばかりだというのに、不自然な程に人の気配がない。少女が住むホームの先生には、『決して夜は、外を出歩いては行けません』と言われていた。それでも少女には、どうしてもその約束を破らなければいけない理由があった。
それは、昨日の放課後の出来事。
小学校の門をくぐり1人で、ホームへと歩いていた時だった。突然、見知らぬおじさんに声をかけられたのだ。スーツを着た真面目そうな人。初めは怖かったが話すととても優しかった。
歩きながら色々な話をした。学校の事、ホームの事、家族の事。少女には、数年前に別れたきりの兄がいて、いつも会いたいと思っていた。でも、それは出来ないということを役所の人やホームの先生が分かりやすく話してくれたけれど納得は出来ない。そう言うとおじさんは言った。「お兄さんに会いたくないかい?」と。
「無理だよ。先生も駄目だって。大人になるまで」
「大丈夫だよ。それに私がここに来たのは、君のお兄さんに頼まれたからなんだよ。はい、これ」
手渡されたのは、1通の手紙。白い封筒の表に『あゆみへ』と書かれている。裏返すと兄の名前があった。急いで封を破り便せんを取り出す。手紙には、兄の近況と自分を心配する言葉が書かれている。それでも100パーセント信じる事は出来なかった。最近、この地区で子供の誘拐がたくさん起こっているから。それも狙われているのは、自分と同じホームで暮らす子ばかり。なので、おじさんに気づかれないように手紙を持つ手に力を込める。すると兄が手紙を書く光景が頭に浮かんだ。
(これは、本物)
「…………どうすればお兄ちゃんに会えるの?」
「明日、ここにおいで」
おじさんはそう言って1枚のメモを手渡してきた。そのメモには、簡単な地図と時間が書かれている。
「いいかい? 誰にも言っちゃ駄目だからね?」
「うん。分かった」
そういった経緯からあゆみは、一人で歩いているのだ。呼び出されたのは、再開発地区のはずれにある教会。時々、奉仕作業で訪れる場所の一つ。いつもは、昼間に皆と来るのでこんなに怖い場所だとは思ってもみなかった。それでも、あと少しで教会の建物が見えるはずである。
(あっ、明りがついてる。牧師さんもいるんだ)
教会の門灯に明りが灯っているのが見えたあゆみは、教会へ向かって一目散に駆けだした。すると扉が少しだけ開いており中から光が漏れ出ている。
「お兄ちゃん!!」
扉を押しあけ中に入ると中央の祭壇に立っている少年の姿が目に映る。あゆみの声が聞こえたのか、少年がゆっくりとこちらを振り返り始めた。
その直後、あゆみはバリバリという音と体を襲った衝撃で意識を失いその場にくずれ落ちた。