File.17 焦り
大祐達が指示通りの捜査に向かうのを沙紀は見送った。そして彼等の気配が建物内から完全に離れたのを確認すると沙紀は、会議室を出た。そして地下の訓練施設へと足早に向かう。
(捜査が始まったばかりの今の内にやらくては…………)
そして一番奥にある自分専用の訓練部屋に入ると扉を施錠する。
「やってみるか」
懐から黒い玉を取り出す。これは船での事件の時に彼女が持っていた物と同じ玉だ。話によるとこの玉には、自分が恐怖心を感じた存在の一部を吸い取る力があるらしい。その存在に意識を乗っ取られそうな感覚を覚え始めた時に出会った人物から貰ったものでこれのおかげで大分その感覚が薄まり自分を保つことが出来たということだ。ただ、その人物の記憶が曖昧で顔も思い出せないとのことだった。その黒い玉を今回は左京に手に入れてもらった。大祐が会計をしている隙にメイドから手渡された物で自分の個人的な依頼品。
(自分で頼んでおいてなんだけど、どうやって手に入れたんだか)
この黒い玉に閉じ込められた存在を自分は知っている。徐々に戻りつつある記憶の中の自分がとても怯えている。すぐにそれを燃やし尽くせと警告を送っているのが分かる。だけど、それでは駄目なのだ。燃やし尽くすことは、本当の解決にはならないということも知っているから。
(今の内に失った力を取り戻せないと、絶対に後悔することになる)
沙紀の勘がずっと警鐘を鳴らし続けているのだ。覚悟を決めると黒い玉を部屋の奥へと力いっぱい投げつける。すると、その玉が割れ中から黒い気がゆらゆらとまるで意志を持っているかのように立ち昇る。
沙紀は、深く深呼吸をし、集中する。そして自分にかけられている枷を一つ外す。枷を外したことで自分の内側に通常の炎とは違うものが生じて暴れ出す。それを必死に抑えつけて自分のコントロール下に置く。瞳を閉じ集中した沙紀からは、紅い気が立ち上り、その周囲の温度が僅かに上昇する。
そして沙紀が瞳を開いた瞬間、黒い気が彼女に襲いかかる。その動きを読んでいた沙紀は、後方へと飛びその攻撃をかわす。そして早口で呪を唱える。
「我の血に宿りし、浄化の炎よ。その力を持って彼の気を浄化せよ!」
呪が唱え終わると同時に沙紀の手には紅い炎が現れ、その炎を沙紀は黒い気に投げつける。炎は、黒い気をつつみ込むとその気を焼き払う。そして、数十秒後にはその気は消滅してしまった。
「駄目。これじゃ駄目なのよ」
沙紀の口からは、溜息と供に自嘲的な言葉がもれる。そう、沙紀が炎に命じたのは、浄化であって消滅ではないのだ。
(このままじゃ駄目。これでは、皆を守れない)
沙紀は、焦っていた。記憶が戻りつつある今しなければならないこと。それは、一刻も早く浄化の力を使えるようにすること。
何故ならその力があればもしもの時の切り札にもなり、尚且つ皆を守る為の力になるのだから。
(…………焦っては駄目。焦ったら余計に力を使えない)
沙紀は、頭を振りもう一度集中し、再度黒い玉を取り出し訓練を再開する。ただ焦りからかその様子を黙って見守る二つの気配に気がつくことはなかった。




