File2. 居酒屋 海里<2>
「お待たせしました。どうぞ。スペシャル海鮮丼定食です」
「わぁ、ありがとう。美味しそう。いただきます!」
運ばれたてきた定食を見て沙紀の目はキラキラと輝いていた。お肉も好きだが親父さんが吟味して仕入れた海鮮料理はここの売りでもある。普段なら昼間の限定なのだが特異課で予約が入っているとお酒が飲めない沙紀専用としてふるまってくれるのだ。
「どうぞ」
満面の笑みで海鮮丼を頬張る沙紀を見て杉浦は自然と笑みが浮かぶ。烏龍茶をテーブルに置くと杉浦は、近くに腰を下ろした。
「そう言えば、花の方は大丈夫なの?」
「花はどちらかというと日中がメインなので。それに接客は妻がメインですから、私は裏で仕込みをするだけです。親父さんも昼間は来なくていいとおっしゃってくださって」
「まぁ、本来働き口がある人間は定期的に顔を出して面談するだけだものね」
「はい。ただ色々と情報を得るには同じ境遇の方々と交流を得ていたほうがいいですし。まだまだ、能力をコントロール出来ない若い方々のお手伝いくらいはしたいなと思いまして」
「まぁ、それも社会貢献よね。でも、一族の方は大丈夫なの?」
沙紀の問いかけに杉浦は、少し気まずげな表情をする。
「実は今回の件もありまして、私は完全に一族から破門されました。妻と娘はまだ一族の人間となりますが、私は特例名簿からも完全に削除されました」
「えぇ? それじゃあ、今は一般の能力者の扱いになるのかしら…………。特例名簿からの削除って聞いたことないけど」
「はい。一族と疎遠になる道を選んでも基本的には鬼籍に入るまでは削除されることはありませんから。ただ、今回は一族の上の方で大分問題になったらしいです。全くの別人と当主代理が確認済みの案件を前当主のお付の立場の人間が異を唱えたわけですからね」
「噂に惑わされた人間がどうなるかっていう見せしめか。まぁ、私の周りが静かになるならそれでいいけど。…………杉浦、実は例の事件の報告書を確認したんだけど。屋敷の人間からは、睡眠薬が検出されているのよね? 肝心な当主夫妻の遺体からは検出されていないようだけど」
「はい。ただ、検出された薬はあくまでも睡眠薬に似た何かとだけ聞いています。一族の人間、特にお屋敷で働く人間は薬への耐性は強いです。一般に出回っている薬ならまず効きません。状況から考えて飲料水からではないかという結論になったと聞いております」
「本当にそれが真実かはもう分からないか。…………こんな事を聞くのはおかしいと思うけど、私の家族の記憶に弟達がいないの」
「…………それは仕方ないことかと。かなりの早産だった関係で長く入院されていました。あの事件の直前から屋敷で生活され始めたばかりでしたし、奥様がかなり神経質になっていた関係で屋敷の者もお姿を見かけたことはありませんでした。時折、泣き声が聞こえるくらいで…………」
「産後鬱? そんな状態なら写真とかも残っていないわよね」
「お写真ですか?」
「うん、赤ん坊だし難しいかもしれないけど特異研で成長後のモンタージュを作ってもらえないかなと思ったの。何パターンか作成出来たら施設関係の記録から当たろうと思ってたのよ。赤ん坊なら何処かに捨てた可能性が高いと思って」
犯人もさすがに産まれたばかりの赤ん坊まで手をかけてはいないのではないかというかなり可能性の低い希望にすがってみたかった。姉の行方不明に関しては、自ら姿を隠しているという可能性の方が高いと思っているので、捜索は後回しでも大丈夫な気がするから弟達から捜索しようと沙紀は考えている。
「でも、施設関係ならもう既に警察や一族が捜査済みかと。…………あぁ、海外に養子縁組されている可能性がありますね」
「うん。国内での縁組なら既に捜査済みでしょうけど、海外にまで目を向けていないと思うの。あの方法は最近まで知られていなかったんだから」
「分かりました。妻なら奥様が出産された病院等知っているかもしれません。それに破門はされましたが友人はまだ多く一族内におりますので、探ってみます」
「あまり無理しなくてもいいから。いざとなったら情報屋の友人を頼るから。…………杉浦、呼ばれてない?」
店の厨房口から数人の若い従業員が何やらバタバタとしている。一人は、手に電話の子機を持ちどこかへ連絡している。
「もしかして、倒れたんじゃない?」
先ほど見た無茶苦茶な飲み方をしていた大学生の姿が沙紀と杉浦の脳裏をよぎる。
「それでは、失礼します。どうぞ、ごゆっくりしてください」
「ありがとう」
杉浦が大学生達がいた席へ走っていくと同時に外から救急車のサイレンの音が近づいてくる。お店の入口から救急隊員の声が聞こえ始めた頃、特異課の他の面々も何かが起きたことに気づく。
「あら? 何かあったのかしら?」
「皐月ちゃん。飲み過ぎは駄目だよ。じゃないとああなるからね」
田丸相手にお酒を飲み続けていた皐月を諭すと、何かを思い出したのか皐月は鼻で笑った。
「あら、あんな無茶な飲み方しないわよ。子供じゃあるまいし」
「あぁ、あのガキ共か。ちょっと見てくるわ」
何が起きたのか気づいた田丸は立ち上がると騒ぎを確認する為に座敷から出て行った。タロはというと全く気づかず寝ているし、いつの間にか課長も壁に背を預けて寝ている。
「うちの酔っ払い達は、平和だね」




