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ショート・ショート(1〜10)

SS03 「手の平を太陽に」 

作者: 花迺屋 風天

 午後から共同開発中の新製品に関する会議があったのだが、急に用件が入ったので、そちらを優先させることにした。

 過去に扱った案件に関することで、僕しかわからないことであり、連絡さえうまくいけば短時間で対処できるだろうことであり、なおかつ、午後からの会議に僕が出る必要性が少なかった……いや、全くなかったからだ。

 会議に来る相手先の会社に負けないように人数だけは揃えたいということで、開発班の僕までが駆り出されたのだ。もし、製品に関する質問が出ても、説明役として同僚が出席している。僕の仕事はもし質問が出たときに、それをサポートする役。おそらく、コピーを配ったり、それを読んでいるふりをしたり、上司の顔の似顔絵を落書きしたり、ホワイトボードに張られた資料が逆さまではないか監視する役なのだろう。

 ……少なくとも、この前の会議ではそうだった。


 そんな訳で上司と同僚に説明し、僕は用件を済ませることにした。用件は予想通り手早く終わったが、第一会議室に向かおうとして、ふと立ち止まった。問題はこれからどうするかだ。今日の会議が長引くだろうことは最初からわかっていた。共同開発なのに、相手も我が社も喧嘩腰だ。まるで喧嘩中の熊の檻に入るようなもの。まだ終わっていない以上、入らないわけにもいかないだろう。だが……。


 ……少し、休んでもいいか。


 僕はコーヒーを自動販売機で買い、廊下のソファーに座った。これでも普段は真面目に仕事をする人間で通っている。少なくともそう見られるように頑張っている。少しくらいサボっても罰は当たらないだろう。缶に貼られたキャンペーンのシールを剥がした後、周囲に目をやる。皆、忙しそうに働いている。

 本当に必要な仕事をしているのは、そのうちの何割だか。

 シールはメモ帳に貼っておくことにした。


 寝不足だったわけではないが、少し眠ってしまった。気がつくなり、時計に目をやる。どうやら20分程度眠ってしまったようだ。背中に冷たいものが流れ、一瞬で眠気が吹き飛ぶ。

 だが、ギリギリ、許容範囲だろう。遅れた理由を上手く説明しないとな。

 手に持ったままだったコーヒーを飲み干し、第一会議室に入った。

 第一会議室は我が社でも一番広い会議室であり、四角く机を並べた状態で30人は座れる広さがある。ここを会議の場所に選んでいるのも相手の企業に対する見栄だ。

 こっそりと会議室に入った僕は奇妙な光景を目にした。

 そこにいた全員が両手を上げていたのだ。

 顔は前を向いているのに、両手だけは天に向かって突き出している。指先も真っすぐに伸びていた。


「ど、どうかしたんですか?」

 僕は上司に近寄って小声で尋ねた。何処かに拳銃を持った強盗(何か取るものがあるのかは不明だが)がいて、手を上げさせられているかもしれない。だが、上司は黙ったまま、前方に座った相手先の社員を見つめ……いや、睨んでいた。

 誰も何も言わないので、とりあえず一番端の席に座った。それから1時間、会議室にいた全員は何も話さなかった。僕がいなかった間に何かあったというのだろう? 皆と同じように手を上げるべきかずっと迷っていた。場の雰囲気を壊すと良くないのではないかと思い、手を上げかけた時、時計が5時になった。

「続きは、また次回にしましょうか」

 責任者である企画部長が唐突に口を開き、皆が一斉に動き出した。僕は呆然と皆が会議室から出て行くのを眺めていた。……両手を中途半端に上げながら。

 

 残っていた仕事を片付けると社を出たのは9時過ぎになった。いつもと変わらない帰宅時間なのだが、今日はひどく疲れた。仕事の効率も何もあったものじゃない。

 ……あれは何だったんだ。

 帰りしなに上司から声をかけられた。次の会議にも来るように、と。

 勿論、出ますよ、と答える。

 地下鉄はそれほど混んでおらず、席に座ることができた。

 周囲を見回すと、他の乗客たちが無言で僕を凝視していた。

 全員の両手が真っすぐに天へ伸びる。

 僕はため息をついて目を伏せた。


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