ぶち壊すったらぶち壊す!
『お前のルートだけは絶対にぶち壊す!』からの続きです。
「せいかく わるそうな かおだな」
ーー何言ってんの!? 鷹臣坊ちゃんおBAKAなの!??
余りにも不敬な言葉を声に出せず、少し離れた所から天使の顔をした小さな暴君を見守っていた侍従は真っ青になった。数秒後、更に青ざめる事になることも知らずに。
「そちらは、かおだけは おきれいですわね」
幼くも眼光鋭いご令嬢の視線が天使を貫けば、一体何を言っているのかと言いたげに鷹臣の眉が動いた。二人の視線が交差する。
「あなた、おかあさまに かんしゃなさったほうがよろしくてよ」
遡ること一月ほど前。神宮寺の当主夫人はその類稀なる美しい顔を赤らめて微笑んでいた。まるで女神のように。
「九条のお嬢様も来て下さるそうね。お会い出来るのが楽しみだわ」
神宮寺と九条。
規模は神宮寺が大きく、血筋は九条が上。相手に不足が無い処か申し分のない条件の、ほぼ頂点に立つ家だからこそ数少ない、互いに益となれる間柄である。
「産まれたのが弟でなく妹で助かったと、ご当主が溢す程の姫だそうだ」
「あんなに優秀な後継がいらっしゃるのに? まあ……それは」
神宮寺は一人っ子、九条には綾乃の上に継嗣となる歳の離れた長兄がいるーーー神宮寺の奥方はとても身体が弱く、次の子は望めまい。後継となる男子を産んだ時点で既に大手柄だがーーーとなれば、話も早い。
その家柄から、確定でない以上そうそう言葉には出来ないが、両家ともに期待していた。
将来の伴侶となるかも知れない……寧ろなるべきとされている二人の顔合わせを。
残念ながら、身体の弱い夫人は催しの前日からベッドに伏している。
そして今、密かに二人の邂逅を見守る周囲はフリーズしていた。
神宮寺の坊ちゃんによる、幼い令嬢に対する余りに非道い仕打ちに震えていた侍従はまた、別の意味でも震えていた。
何故なら、理不尽に侮辱され泣いてしまったご令嬢をどう慰め、九条へどう謝罪すべきか考えていたのが、今や二人で睨み合いである。
それどころか小学校に入る前とは思えぬ皮肉を投げ付け、射抜くような強い視線で挑みかかっているのだ。
それはまさかの緊急事態を知らされた神宮寺、九条両家の当主が駆けつけるまで続いた。
九条綾乃の冷ややかな視線を放つ瞳には蒼い焔が幻視されるほど。神宮寺鷹臣の熱い視線を送る瞳には燃え盛る紅い炎が揺れるよう。
「おれは じんぐうじたかおみだ、わすれるな」
「わたくしは くじょうあやのですわ、そちらこそおわすれにならないよう」
その名乗りは、お互いを対戦相手として認めた宣戦布告にしか見えなかった。侍従には彼らの背にそれぞれ龍虎が背負われているようにさえ見えたと言う。
ただし表面上だけ穏やかに引き離された鷹臣側はその後、赤い頬のまま「さしづめキャピュレットとモンタギューか……」と呟き、たった数分で胃に穴を空けそうになった侍従に信じられないものを見る目で見られていた。
「聞いているのか鷹臣!」
九条の令嬢に暴言を吐いた鷹臣に対し、幼い子供相手にしては些か厳しく尋問じみたお説教が始まっていた。
其処らを走り回る腕白小僧同士ならば良かっただろう。下手に立場があると、ただの喧嘩ではすまない。そして相手の家格や関係性もそうだが、幼いとは言え女性に対する侮辱でもある。
当主としてのみならず、父親として、男として、神宮寺朔臣は精悍な風貌をいっそう厳しくしていた。
鷹臣は元来気が強く我も強い、少々荒っぽい所もあるが、やんちゃ坊主なくらいが良い、と微笑ましく見られる程度。自ら己より弱い者を虐めるような性根では無い筈だった。
しかし、その見方が誤りであったならば、此処で然りと見極め、矯正の道筋を造り、人を害するような傲慢は捨てさせねばならない。
だが肝心の鷹臣は夢見心地で、話などさらさら聞いていない。
「あいつが おれのうんめいのおんな……」
「……うん?」
「おばあさまがいっていたのは……あいつなんだ。うんめいのおんなはせいかくのわるいあくじょだと」
「お、お祖母様……? 本家のお祖母様で間違いないのか?」
そも、本家のーー母方のーー祖母しか、鷹臣にとってお祖母様と呼べる人間はいない。朔臣の父母は既に儚く、朔臣は神宮寺家に婿入りしている。
「だが、おれはうつくしさも、せいかくのわるさも、そのすべてをあいするだろう。そして、おれはうんめいのあいをかちとる!」
鷹臣は父親の狼狽した声すらも耳に入らない様子で、朗々と語り上げた。夢に夢見るお年頃か。騎士に憧れて玩具の剣を翳すようでもあるが、幼くもその容姿と迫力はまるでシェイクスピアの舞台か何か。
「おれのあいのみならず、おとこのかいしょうとどりょう、りきりょうがためされるのだ!」
「誰か……誰か早くお祖母様にお繋ぎしろぉぉぉお!」
鷹臣の勉強机の上、誕生日に祖母から贈られた『こどものためのシェイクスピア全集』『白黒つけないおとぎ話』など、豪奢なハードカバー絵本が輝いていた。
一方その頃九条家。
「おけしょうさえかいきんされたら、わたくしだってあまあまエンジェルフェイスになれますわ……!ヤマトナデシコのへんしんまほうをなめないことね……!」
鏡に映る自分を睨み付けながら、引き続き結構気にしている綾乃であった。
汚い言葉や告げ口、裏で悪口を吐くなどと言う品の無い言動、慎みの無い行動は、付け焼き刃とはいえ綾乃の令嬢的プライドに関わる。
綾乃は言いたい事を令嬢的オブラートで幾重にも包んだ上で、如何にあのお坊ちゃんが気に入らないかを事細かに両親に語った……筈なのだが、今回の件では婚約は進まずとも白紙にはならず、将来的に婚約する可能性は消えていないらしい。執事の爺や調べである。
あの様子ではあちらの坊ちゃんも文句を付けた筈なのに。不仲の二人を番わせても両家に利益があるなら、子供を犠牲に致しますのね!大人って汚いですわ!
ーーと、綾乃は前世一度大人になったこともあったのにも関わらず怒り狂っていた。
まあ、すっかり子供の視点で子供として育てられたせいで、大人しくはあるが大人らしさは殆ど無いのだが。
「またなにか いわれたら、こんどはめいよきそんでりっけんさせてやりますわ」
ふんす、と気合いを入れてから、これは令嬢らしくないわね、と咳払いをする姿はなかなか堂に入っていた。
「あやの、か……」
当主が祖母や九条に連絡を入れる為に右往左往しているのを目にも止めずに鷹臣がそっと呟く。
勝ち気で男勝りと言うよりは、まるで御伽噺の絵本に出てくる女王のようだった。何処か気品があり、気高く、人を寄せ付けないーー孤高すら感じさせる。
「きっと……おれがおまえのこころをとかしてみせる!」
勘違いである。
早い話が、鷹臣はお姫様より女王様が好みと言う渋いお子様であった。勿論SとかMとかの話ではない。
姫にはまず間違いなく王子が現れるが、女王は最初から最後まで一人ぼっちなのが常である。それは勿論、悪行による自業自得である事が多いのだが、そうなる前に誰かが女王の側にいてやるべきでは無かったのか?
一人だけ仲間外れにされて呼ばれなかった魔女に、予めきちんと理由を説明して別に招待していたら。
首を切れと叫ぶハートの女王を、伴侶である王は何故諫めてやらなかったのか。
白雪姫の美しさを妬んだ女王に、私にとっては貴女が一番美しいと、誰かが言ってやれば。
ただの綺麗事だろう。しかし幼い鷹臣は真っ直ぐに信じていた。
怪我をしていた犬も懸命に世話をしたら懐いてくれ家族になれたし、暗い顔をしていた子供に毎回話し掛けたら笑ってくれるようになり友達ーー余談だが、この友人こそ原作で鷹臣の片腕となる男であるーーにもなれた。
厳しい視線を鷹臣に向けていた綾乃。
何が気に食わなかったのか、視線に気付いた時には既に睨まれていたのだ。
もろ好みの美少女に思わず頬を染めたおませな鷹臣は、その険しく鋭い視線に女王の影を見た。
勘違いだが。
鷹臣はまだ幼いが、男子である。元は母親似の天使じみた顔も、一度力めば父親の面影を現して割と険のある顔立ちになる事を知らない。
自分の脳内にあった印象をぽろっと言葉にしてしまったことを覚えていない。また、説教も上の空な為に未だ気付けていない。
思った言葉を口に出さずにいられれば。それともせめて、美しいと……そちらの言葉を表に出せていれば。
二人の行く先はもっと変わっていたのだろう。
しかし、それも今となっては詮無きこと。
「このばあい、おれはきしやおうじではなくおうさまをめざせばいいのか?」
「おとめのじゅんじょうをきずつけた つみぶかいおとこにてっついを……!」
今のところ、二人の歯車はさっぱり噛み合わぬままであった。
ただ愚かなヒーローへの復讐……ではなく、ダブル勘違いコメディでした。
連載よりシリーズでぽつぽつかな、と思っています。
読んでいただきありがとうございました!