エピローグ なにかを明らめないかぎり、決意などできない その壱
志空が目を覚ましたのは救急車の中だった。
周りにいる救急医療班が慌ただしく心拍数や呼吸数のチェックしている。断続的に聞こえる電子音が、自分が生きている事を教えてくれていた。
付き添いは仁美だけでらしく、愛子の姿は無かった。
目だけを動かして周囲を見回していると、仁美がその長身を乗り出してきた。
「悟成さん、気が付きましたか?」
不謹慎な含み笑いでそう言われ、頭を撫でられた。
志空が少しむっとすると、携帯電話の着信音が車内に響いた。
ズボンのポケットからバイブレーションを感じた志空は、なんとか動いた手で電話を取り出す。その様子を見ていた周りの医療班は少し驚いていたが、志空はお構い無しに二つ折りのそれを開いた。
――知らない番号だ。
手を伸ばして、仁美に電話を手渡す。
志空の行動に困惑したのか、仁美は通話ボタンに指をそえただけでおろおろしている。
「あ、あの、出ればいいんですよね?」
数秒後にようやくそう訊かれ、志空はうなづいた。
通話ボタンを押した仁美が携帯を耳に当てる。
「はい、万道――、いいえ、悟成の携帯電話ですが」
実に完成された敬語が仁美の口から流暢に踊り出てくる。感心したらしい医療班達が少し聞き入っていた。
しばらくして、嫌に何度も何度も感謝の言葉を述べた仁美は、送話口の向こう側に厳かな一礼をして通話を切った。
そして、弾けるような笑顔を志空に向けてくる。
「悟成さん、おめでとうございます! 内定ですよ!」
仁美がきゃいきゃい言うと、なぜか周りで作業する医療班の方々にまで肩を叩かれて喜ばれた。
――何だかなぁ……。
数日後――。
退院した志空は、その足で内定をくれた会社を訪れていた。
着慣れているはずのリクルートスーツが少し大きい気がしてしっくりこない。気を抜けば肩の位置がずれくらいブカブカになっている。
押ボタン式の自動ドアを開けて、志空は一直線に受付へ歩を進めた。ずんずん近づいていくと、受付の若い女性にどんどん怯えた顔になっていった。
カウンターに立った志空は出来る限りの丁寧語を用いて、先日面接をしてくれた面接官を呼んでくれるよう頼んだ。
すると、横にあるエレベーターの扉が開き、ちょうどその人が出てきた。
白髪で恰幅の良い狸顔の中年男性だ。
――これも何かからの執り成しかな……。
「すいません!」
志空の声に振り向いた面接官はこっちを見るなり目を剥いた。
「先日は面接を担当して頂いてありがとうございました」
続けて志空は名前を述べる。
「悟成さんですか!? どうしたんです? 随分とやつれてしまった様ですけど」
「これは、その――ちょっとした不可抗力でして……」
「ひょっとして、事故にでも遭われましたか?」
「…………まあ、そのようなモノです」
志空の憔悴した顔に、面接官は怪訝そうに眉を歪ませる。
「ところで今日は何か用向きでも? 入社日まで会えないと思ってましたけど」
「今日は――、これを」
志空は本当に申し訳なく思いながら、胸元から茶封筒を覗かせた。
それだけで訳知り顔になった面接官は、軽く鼻から息を抜いてうなづくと、志空を応接室へ案内してくれた。
事務用の白い長机を挟んで向かい合って座る。
面接官は口火を切った。
「どう言う事ですか? 最近は内定辞退の申し出なんて、郵送で済ますのが一般的なのに……」
志空は椅子から腰を上げ、両手をテーブルについてから頭もつけた。額に不慣れな感触と冷たさを感じる。
「大変、申し訳ありませんでした」
面接官は驚いたらしく、椅子が軋む音が聞こえた。
志空は声を感情任せに荒らげたりせず、極めて落ち着いた語調で述べ立てていく。
「御社の面接を受けた際に返答しましたあの言葉は、ほとんどが嘘です。御社が第一志望ではありませんでしたし、業務内容に興味を持ってなんていませんでした。ただ、生活の安定を欲しただけの利己心のみで作り上げた出鱈目です。俺が御社を選んだ理由は、自宅から近い事と、経理の募集を行っていた事を検索ワードにして、それに当てはまった求人票を上から順に当たったからです。御社に骨を埋めようなどとは、毛ほども思っていませんでした」
「ぷっ――、そのようですねぇ」
面接官は吹き出した事を謝ってから続ける。
「ですが、そんなのは弊社の面接を受けた人のほとんどに謂えるでしょう。それに、私は別にそれを卑怯だとは思いません。就活の生き残りを賭けた擬態だと理解しています」
志空は頭を上げるように言われ、当然の質問をされる。
「その上で、あなたは何をしに来たんですか?」
志空は素直に本命の疑問を投げかけた。
「どうして、世間に忌み嫌われている〝霊学〟出身の俺を雇おうと思ってくれたんですか?」
面接官は事もなげに響かせた。
『私もREI能者だからですよ』
驚く志空の顔を見た面接官は、腕を組んで背凭れに身体を預けた。そして、親しみを込めた笑顔を向けられる。
『もっとも、それだけありませんがね。最近は困った事に履歴を詐称するなんて頂けない者が増えていましてね。
今回の面接では、採用枠六人に対して二十五人の面接を行いましたが、その内の十人以上が詐称していました。犯罪を犯した訳でも無いのに、自分の過去を否定するなんて、まったく世も末です。
他校の〝霊学〟出身者も何人かおられましてね、それが、悟成さん以外の全員が詐称を行っていたんですよ』
『そうだったんですか』
志空の響かせた念話を受け取った面接官は関心の声を上げた。
「これは凄いですね。こんなに澄んだ響きは初めてです」
志空は賛辞へのお礼を言ってから訊き返した。
「でも、それだけで採用した訳じゃないでしょう?」
「勿論です」
面接官は組んだ腕を机に置いて嬉しそうに言った。
「悟成さんは、私の個人的な採用基準に合格しました。だから採用したんです」
どこか語弊があり、さらには要領を得ない答えに志空は首を傾げた。
面接官は話を続ける。
「私はREI能力というこの体質から、嘘をついている人間は眼を見れば見分けられるんですよ。私の送った念に対して無意識に反応する光彩の動きでね。ですので、面接担当や営業をやっています」
「じゃあ、俺にもREIを使ってたんですか? 全然気付きませんでした」
「それも熟練の成せる技です。今回、面接に来たREI能者は十二人。その中で、悟成さんの心の透明度は抜きん出ていました。それが一番の採用理由です」
面接官はさらに続ける。
「弊社では、多くのREI能者が勤務しています。これからの時代において、この能力は絶大な魅力を秘めていると断言する社長の意向で、REI能者は優先的に採用するようにしているんです」
おもむろに立ち上がった面接官に、志空は両手で持って握手された。
「『今話してみても、私は面接官として、悟成さんの将来性をひしひしと感じました。あなたなら大歓迎です。是非、我が社へ来て下さい』」
面接官の嘘偽りの無い思いが、そのまま言葉にされている事を志空は悟った。
そう、本当にその人材が欲しいのなら、最後の判断を任せたりはしないのだ。本気で雇いに来るはずなのである。
志空が就職活動中に求めていたモノは、まさにこれだった。
――だからこそ、はっきりこう言わないとな……。
「『本当に申し訳ありません。御社の真摯な御心、誠に痛み入ります。ですが、私がその御心に応えられないかもしれないという曖昧な志を持っている以上、どうしてもお受けする訳にはいかないんです』」」




