霊害請負業 有限会社 アザーサイドコンタクト その九
「一体何をしているんですか!」
突然、猛雄の怒鳴り声に鼓膜を殴られた。
志空は夢現の境で足場が無くなる感覚を味わい、びくっと身体を硬直させる。
保羅は『煩いのが来た』とでも言うように安全地帯の頭骨に引っ込んだでいった。
愛子と弥奈がくっついているベッドに猛雄は駆け寄った。二人を乱暴に引き離して、弥奈の細い肩を両手で掴んで揺すりだす。
「弥奈さん、弥奈さん、大丈夫ですか! 意識はありますか!」
虚空を眺めて澱んだ色をしていた弥奈の目に見る間に光が戻る。
「気を確かに持って下さい。大丈夫ですか?」
という猛雄の安否を確認する声に、弥奈は小さく何度も頷いた。
弥奈の様子を見て心底安堵したのか、猛雄は大きく息を吐いて肩を落とす。それから、愛子と志空に目を向けた後、自身を落ち着かせるためだろう深呼吸をする。
「〝モガミ〟さん、確認は済んだんですか?」
「――あっ、はい!」
もう平素の口調に戻っている猛雄に志空は答えた。
急に痛み出した手の甲に目を落とすと少し青ずんでいた。よほど強く抓っていたらしい。
――じゃあ、今のは現実なのか?
「では帰りましょう。我々の方も終わりまし――」
「いーーー! い! 一体何をしているんですか?」
いきなり、母親の光央が奇声を上げながら部屋に飛び込んできた。ベッドの上で弥奈に寄り添う猛雄に目をむいて突進する。
「奥さん、落ち着いて下さい。今、娘さんが引きつけを起こしていたので――」
「弥奈ちゃんに触らないでーーー!」
頬を叩こうとする光央の意思を察知した猛雄は、振り上げられそうになった手を掴み止めた。
「落ち着いて下さい、娘さんはもう大丈夫ですから」
猛雄の聖職者然とした声に乱心を怯ませた光央は、取りもあえずというように弥奈に向かい合った。
「弥奈ちゃん、大丈夫なの? へんな事されなかった?」
娘の頭を大きく二回掻い繰った光央は、額をくっつける勢いで光央は目を合わせた。気が動転しているとは言え、子を成した女性特有の落ち着きが光央の行動には無かった。
自分のオモチャが壊されそうになったので癇癪を起こした子供と言った方がしっくりくる。
光央の相手を仕兼ねているような、そのすべてを諦めているような、正気はあってもうつおのような双眸をした弥奈はただ頷き続けていた。
「かわいそう……」
いつの間にか志空の隣に居た愛子がぽつんと言った。
見やったその顔は憂いに翳っている。
「明無さん、さっきのって――」
「その娘は何なんですか! 誰なんですか!」
志空の言葉は光央に遮られた。矛先を向けられている愛子はしかし、反応らしい反応を見せない。
ベッドから降りた猛雄が悠々と口を開いた。
「彼女はウチの霊媒顧問です。娘さんが引きつけを起こしている事に気付いた〝モガミ〟さんが連れてきてくれたんですよ。彼女はそういった介抱の心得もありますから」
ついさっき怒鳴り声を上げたのに、よくもまあ状況に即した嘘を奏でるモノだと志空は思った。
「そうなんですか? 何でもいいわ。弥奈ちゃんが無事なら……」
娘を相手に親の冥利をまっとうしている光央に、猛雄が事務的に言った。
「差し出がましいようですが。お二人は一度精神科で受診なされる事をお勧めしますよ。それでは解決料の支払いをお願いします」
「あなたこの状況を見てよくそんな話ができますね!」
雰囲気に水をさされた光央が金切り声を上げる。
猛雄は粛々諄々と告げた。
「奥さんの胸の内、大変お察しします。ですが、それがウチの方針ですので御理解頂きたい。我々は医療機関でもなければ、公を守る警察官でもありません。一介の霊害請負会社です。問題を解決したならば、依頼者の世間体を悪化させないためにも、あなたの人生の価値を下げないためにも、速やかに立ち去るのが望ましいと思われます」
猛雄の言い分を聞いても、光央は釈然としない面持ちだった。それは志空も同じで、何をどう納得したら良いのか腑に落としかねていた。
「お幾らなんですか?」
「二十万円です」
「良いご商売ですのね!」
「いえいえそんな、ありがとうございます」
光央の罵声に〝立て板に水〟で応対する猛雄。
金銭的やり取りが投げつけられるように終了する。
「精神科でしたらこちらの病院は信用できますよ。それと、こちらが領収書です」
猛雄が病院のメモと領収書を切って渡そうとしたところ。
「要りません。そんな物が見付かったら人生の価値を下げそうですので」
光央が嫌みったらしくはね除けた。
「では、これで引き上げます」
猛雄に目で指示され、志空と愛子は部屋を出ようとした――。
「……お母さん、私、コウジ君に会いたい」
弥奈が初めて意志を持った言葉を発した。
だが、その意志はすぐに否定された。
「弥奈ちゃん、あんな粗暴な子と付き合っちゃだめって言ってるでしょう」
「分かった?」と返事を一方に縛ったニュアンスで光央が訊き……弥奈は黙って頷いた。
「そんな親子関係おかしいでしょう!」
これが原因だと理解した志空は、考えるより先に口が動いていた。
――この子は母親に縛られてるんだ。俺とはまた違った視点から親に虐げられてる!
「なんですか? もうあなた方の仕事が終わったんでしょう? さっさと帰って下さい」
「まだ、この家の問題は解決していません。母親であるあなたが変わらない限り――」
「ちょっと〝モガミ〟さん」
冷静から冷血に変わった猛雄の声音と共に、志空の肩に手が乗せられた。肩甲骨の辺りに親指が食い込んで、その激痛から志空は身動きが取れなくなる。
「奥さんの言う通りですよ。我々にはこれ以上依頼者の個人的な事情に踏み込む権利はありません。大人しく帰りましょう」
志空は猛雄を睨みつけたが、さらに握り込まれて激痛が増大した。
「「はい」と返事をして下さい」
あからさまに答えを強制してくる猛雄に殴りかかろうと志空は心に決め――。
「ありがとうございました」
その言葉で、志空の衝動は崩れた。激痛が意識の端に押しやられ、声の主に顔を向けた。
「さっき、声を掛けてくれてありがとうございました。……帰って下さい」
弥奈の最後の言葉に志空は「はい」と返事をした。
バムッ――。
かなり強めにバンのバックドアを閉じた猛雄が湯気でも立ちそうな声で言った。
「さっさと乗って下さい。一旦事務所に戻りますよ」
「えっ? あ、あの、続けて数件ほど回るんじゃあ」
仁美がおずおずと質問した。猛雄が志空を一瞥してからそれに答える。
「ウチの営業方針を守ってくれなければ無理です。はっきり言って仕事になりません。それに、この後の案件も、ここと同じようなモノですので、私一人で事足ります。
明日は幽霊相手の案件を選んであります。ですので、今日はもう結構です。こんな依頼もあると、イメージを付けて貰えれば良いと、初めから思っていましたので――」
志空は猛雄の言葉を遮った。
「よく分かりましたよ。だったら早くそっちに行って下さい〝イワクラ〟さん」
猛雄は怪訝そうな顔する。
「それは、どう言う意味ですか?」
「俺が居なければいいんでしょう。歩いて戻りますから、どうぞお仕事を楽しんで下さい」
猛雄は腕を組んでバンに凭れ掛った。
「そうしたいのは山々ですが、その申し出は受け入れられませんね」
「どうしてですか!」
今なら保羅と同意見の会話ができると志空は思った。
「私には〝モガミ〟さんが信用できないからです。また加畠家に行くとも限りません。なので連れて帰ります」
「そんな事しません!」
声を大にした志空を見て、猛雄は溜め息を大にして吐いた。
「あなたはさっき私を殴ろうとしたでしょう。そんな人の言い分が信用に値しますか?」
「やっていない事のあげ足を取らないで下さい」
「経験則からくる直感でしてね、目を潤ませている人間は暴力衝動を爆発させ易いんです」
そう説破してから猛雄は「さっさと乗って下さい」と言い、先に仁美と愛子をバンに乗せた。
それでも志空が強情を張っていると、バンのエンジンが唸った。
猛雄が運転席の窓から顔を出す。
「今、社長に連絡したら、「そっとしておいてやれ」と指示がありました。お望み通り、先に行かせて貰います」
言うが早いかバンは走り出した。
何となく遠ざかっていくバンの後部を見ていると、今度は愛子が顔を出した。
『志空さん、ほらっ、持ってて』
志空に向けて響かせた言葉と一緒に、愛子は何か白い物を振りかぶった。
慌てて飛んできた物をキャッチする体勢になったが、いかんせん飛距離が短くて走る嵌めになる。
取り落とすと思った志空は飛び込んだ。
――痛ってぇ、なんだこ――。
「れっ?」
志空の手の平に収まっていたのは頭骨だった。数瞬の間があって、頭骨から送られてきた情報が志空の視覚に反映される。
丸まった無光体が現れた。
『なぜ手前まで……。おい小僧、どうしてくれる!』
志空の手を下敷きにして丸まっていた茶団子が、猫のみたく俊敏に身体を跳ね上げて四つ足を立てた。
『責任取って連れて帰れ!』
大口を開けたそいつに、『かぁっ』と大口で威嚇される。
志空は確かに保羅を持たされたのだった。
――南無三……。




