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Side‡R  作者: 付焼刃 俄
19/42

霊害請負業 有限会社 アザーサイドコンタクト その七

  依頼者 : 加畠かはた光央みお

   職業 : 主婦 年齢:秘匿希望 

 家族構成 : 夫、娘との三人一世帯。夫は現在出張中。

        娘は十代の学生。宅は一戸建て。地鎮祭済

        み。周辺住民及び親類とのいさかいは申告さ

        れていない。

 発生場所 : 主に娘の部屋。

 依頼内容 : 数ヶ月前より娘である()()の身の回りで

        騒霊現象(ポルターガイスト)が突発。光央の見ている前でも

        同現象発生が申告されている。(ほう)(ぼう)の占い

        師や拝み屋の類いに解決を依頼するも効果

        を得られず。時間の経過と共に、光央、弥奈

        の両名は極度の疲弊からくる神経症の初期症

        状が認められる。


 なお、弥奈には自傷行為の行動化が見られるため。この案件は最優先に該当させる物とする。


 依頼書の文面を反芻した志空は、冷たい唾を飲み込んだ。喉に貼りつく粘い感覚に気持ちが悪くなる。仁美も俄に恐怖心を(あお)られたらしく、顔から一切の余裕が消えていた。

 (いん)(うつ)な沈黙の訪れに母親である光央が涙をこぼしだした時、猛雄が口火を切った。

「二階ですね。お母さん、娘さんの部屋へ案内して下さい」

 場数を感じさせる冷静な声だった。〝奥さん〟ではなく〝お母さん〟と呼び変えたもの、効果的に行動の動機を起こさせるためだろう。

「必ず解決します」

 全員の背中を押すように言い切った猛雄のその姿が、志空の目にとても頼もしく映った。

 涙を拭った光央が決然として歩き出し、後に続いた猛雄の背中に引っ張られるように志空と仁美はついて行った。

 ごつごつした作業靴の靴底をカーペットにを柔らかく包み込まれながら、二階の一番奥のドアの前に着く。

 ――嫌でも映画『エクソシスト』が想起される状況だ。

「弥奈ちゃん? 入るわよ?」

 恐る恐るとした呼びかけに返事はなかった。光央の頼り切った目が猛雄に送られる。

「開けてもよろしいでしょうか?」

 行政職員みたく半ば指示めいた猛雄の質問に、光央は頷くしかなかったようだ。

「どうぞ」

「失礼します」

 形ばかり誠意のこもった言葉が廊下に響き、ドアが開け放たれた。猛雄を先頭に四人でぞろぞろと部屋の中に歩み入る。

 室内は少女趣味なおもちゃ箱の中に迷い込んだのではないかと錯覚させられる装飾だった。あちこちに並べられたぬいぐるみやアンティークドールみたいな人形以外は、目に入る色が白とピンクしかない。最前の急激な精神の乱れに拍車を掛けられて、志空は軽い目眩めまいを覚えた。

 思わずこめかみを押さえそうになったところ、隣にいる仁美に袖をつままれて二回引かれた。振り向くと、仁美は一点を凝視している。志空はその目線を追った。見ると化粧台の姿見に痛々しいひびが走っている。罅の中心は穿たれて木目が覗けていた。

 床に散らばった反射率の高い破片と一緒にオルゴールが転がっている。どうやらそのオルゴールがぶつかって割れたらしい。

 部屋を見回すと、日本男児にとってはあるだけ無駄で、邪魔としか思えない天蓋付きベッドがあった。ベッドの上ではパジャマを着た中学生くらいの少女が三角座りをし、耳を塞いで縮こまっていた。

 彼女が弥奈のようだ。まくれた袖から折り重なるようについた傷や痣がのぞいている。

 ここは彼女の部屋だと聞いていたのに、志空には不思議とその持ち主が一番浮いて見えた。なんだかパーティードレスに無理矢理縫い付けられたアップリケを見ているようで、妙にちぐはぐな印象を受ける。

 猛雄が右手のモニターを一瞥した後、臆する事なく弥奈に近づいた。

 震えている小さな肩を、猛雄がノックをするように叩く。

「弥奈さん――弥奈さん」

 それでも彼女は顔を上げない。

 不意に猛雄が振り向いて歩み寄って来た。

「すいませんが〝モガミ〟さん。さっき何があったのか、弥奈さんから教えて貰って下さい」

「えっ?」

 志空は発声の条件を満たしていないおかしな返事をした。

「お願いします」

 と、ベッドに手を伸べられる。

 機械的なぎこちなさで歩を進めてベッドに近づく途上、志空は背後の会話が明晰に聞こえてきた。

「〝ウキタ〟さん、この部屋をくまなく調べてみましょう。当たりが出たらすぐに言って下さい」

「はい……い――〝イワクラ〟さん」

 危うくも偽名を間違わなかった仁美の後から、志空の挙措きょそ(あや)ぶんだらしい光央が声を上げる。

「あ、あの、その人、大丈夫なんですか?」

「光央さんは安心していて下さい。〝モガミ〟さんはプロです。何も問題はありません」

 ――なんか勝手な事言われてないか……。

 光央が手持ち無沙汰にドアの前で(たたず)み、猛雄と仁美が二人で部屋中を歩き回っている間、志空は〝見ざる聞かざる言わざる〟を雄弁に実行している弥奈に話し掛けた。

「弥奈さん、あの、さっきはどうなって鏡が割れたんですか?」

「…………」

「あのオルゴールがぶつかったんですか?」

「……………………」

「……えっと」

「…………………………………………」

 ――なんだこの子、まったくこっちに感心を示さないぞ?

 ただ不毛に時が流れていく……。志空が自分の無力さに心が折れそうになった頃――。

「OKです。一旦出ましょう」

 猛雄に肩をぽんと叩かれた。(かが)ませていた腰を上げると志空は背中に滑り落ちていく汗を感じた。意思の()(つう)が望めない会話という苦汁を飲まされ、心身共にはなはだしく疲労していた。

 猛雄が仁美と光央にも声を掛けて部屋を出る。階段に差しかかったところで光央が責っ付いてきた。

「どうなんですか? 娘は助かるんですか? 何が原因なんですか――」

「奥さん」

 嫌に深い声を響かせた猛雄は二秒ほど()(げん)を感じさせる間をあけ--。

「お茶の用意をしてくれませんか?」

 と、気の抜けたことを口にした。

「はっ? あなた、何を言ってるんですか!」

 もっともな怒りに声を上げる光央を、猛雄は落ち着かせるように諸手を振って抑える。

「私が飲むんじゃありません。まずは人を拒絶するほどに怯えている弥奈さんを落ち着かせなければならないんですよ」

 相手をするのが面倒だから、取りあえずの手遊びを与えているようにしか志空には見えなかった。でも、その説明で納得したらしい光央は素直に了承し、足早にキッチンへ向かった。

「それじゃあ、われわれもそれまでに装置の準備をしておきましょう」

 玄関ホールに響く大きな声で猛雄がそう言った。

 猛雄に促されて家の外に出る。石畳を逆行してバンまで辿り着いた。

 何も言わずに猛雄がバックドアを開ける。脳波計から「ピー、ピー」と電子音が鳴り響いた。何やらごそごそとやり始めた猛雄の行動が気になった志空は、彼の手許を見て――。

 その理解不能は動きに()(ぜん)とした。

 猛雄は何も無い空間を叩いたり擦ったりしていて、たまにツールBOXを開けたかと思うと、中身を()めつ(すが)めつしてからBOXに戻して蓋を閉じたりしていた。

「〝イワクラ〟さん、何をやってるんですか?」

 志空は思わず言葉に険を帯びさせた。

 ――まさか慌ててるんじゃないだろうな?

「〝モガミ〟さん、何をと訊かれましたか?」

 そんなもったいぶった前置きして、猛雄は簡素に答えてみせる。

「装置を準備するフリしているんですよ」

 だから、何故それをやっているのか? そこまで押広げて訊いているつもりだった志空は苛立ちを覚えた。

 そこに座席から愛子が顔を出した。

「……また虐めてるの?」

「私は誰も虐めてません。嘘を吐いて、人を困らせている悪い子を懲らしめようしているだけです」

 猛雄の台詞に引っ掛かった志空は咄嗟に訊いた。

「悪い子? どういう事ですか?」

 それを聞いた猛雄は(おお)(ぎょう)な溜め息を吐いてみせた。意図してやったと分かるモノだった。しかし、単に()()にしたのとも違う態度だった。

 何かに落胆してる。猛雄が吐いたのは、そう言った種類の嘆息だった。

 その時、後ろから仁美が遠慮勝ちに投げ掛けてきた。

「さた――じゃない〝モガミ〟さんは、弥奈さんの相手に戸惑ってた事もありますし、私も初めてこのような現場を体験して圧倒されてたましたから――その、自分の本分を忘れてしまっても仕方が無いとは思うんですが……」

 煮え切らない仁美の言葉の並べ方に、志空の混乱は限界に達した。

「だから! なんなんですか!?」

「私と〝ウキタ〟さんの脳波計が反応しなかったんですよ」

 頭のヘッドセットを指でつついた猛雄に侮蔑する目でもって見据えられた。

「あの家には、意志や思念を持っていて、物理的に干渉してくる幽霊はいらっしゃいません。精神症の初期症状をきたしているあの親子が作りだした雰囲気に圧倒されて気付きませんでしたか? 〝モガミ〟さん」

 そこまで言われてようやく志空は気が付いた。

 ――弥奈の部屋にも、弥奈自身にも、それ以前に宅内にも、無光体の無の字も感じなかった。

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