霊害請負業 有限会社 アザーサイドコンタクト その六
現場と表現された場所は、閑静な住宅街の一郭にあった。畑が近いからか、このブロックだけ妙に土地の仕切りが広く区切れている。遠くで車の走行音が響いてくるだけで、生活音すら聞こえず、バンを降りた三人の足音が道に大きく鳴り渡った。
三人とも作業帽を目深に被り、花粉対策用マスクに作業用ゴーグルという、とても怪しい三人組に成り下がっていた。
「それじゃあ。〝ウキタ〟さん。脳波計の電源をこうやって入れて下さい」
「はい」と頷いた仁美が、猛雄のやる通りに、こめかみを挟むブリッジ部のスイッチを入れた。「ピー、ピー」と電子音が二つ重なって響き、猛雄がバンの中に居る愛子に言う。
「分かってますね。愛子さんは車で待っていて下さい。それと狐君もですよ。脳波計が反応しますから」
「はーい」
『さっさと失せろ! 貴様の面を見てると虫唾が走る』
愛子のいじけた声と、保羅の痛烈な響きが重なって返ってきた後、ドアが閉じられた。同時に二人の脳波計の音もやむ。〝知らぬが仏〟だな、と志空は思った。
猛雄がバックドアを開けるとまた電子音が響いた――保羅に反応したのだろう。
猛雄はツールBOXの一つを取り出して閉める。
「〝モガミ〟さん、依頼書の再確認をして下さい」
志空はファイルを開いて、家の表札と依頼書の名前を交互に見やる。立派な家だ。随分と贅を尽くしてある住宅を目の前にして、志空はちょっとの間口が開きっぱなしなった。
「はい、二の五の三。『加畠』さん――間違いありません」
猛雄がファイルを受け取って、ルールであるリーダーの最終確認をしてから、時計を一瞥する。約束の十分前だった。
「中に入ったら私の指示に従って下さい。では行きましょう」
猛雄が趣向を凝らした門柱のインターホンを押した。五秒の間もあけずに家の者が応答した。
「はい!」
「すいません。お約束の工事に参りました」
「すぐに開けます!」
門が自動で開いて、「どうぞ」とスピーカーから声が掛かる。
芝生に埋もれる飛び石の上を五、六と歩いて行く。広くて装飾の煩い庭だ。
観葉植物にはトピアリーが施され、その下にドワーフやキノコ、リスなどの陶器類のオブジェが置かれている。見ていて脳に疲労を感じる庭だ。
玄関にたどり着くと、見計らったように扉が開いた。
防犯用のドアアラームが、名曲『エリーゼのために』を奏で始める。
扉のから奥さんらしき人が顔を出し、泣きそうな表情を浮かべて志空達三人を招き入れた。
「お待ちしておりました。お願いします」
屋内に通される。目にした内装に、志空のマスクに隠された口は塞がらなくなった。
高い天井から吊り下げられたシーリングファンからは、柔らかい明かりと風がそよぎ、掛け時計を初めとする高価そうな陶器の置物や観葉植物のドラセナなど、家の内を飾る調度品が、品良く肩を並べられていた。
西洋式の土足がOKらしく、奥さんと思しき女性は家の内なのに余所行きの服装とブランド物らしいパンプスを着熟して、『玄関ホール』と呼ぶにふさわしいこの空間に立っていた。
十分すぎるほどの暖房と、自分の暑苦しい格好に汗を感じた志空は作業着のジッパーを少し下ろした。
――テレビか映画でしか見た事ないぞこんな家……。
一番近い位置に居た猛雄に、奥さんがしゃにむに詰め寄って縋り付いた。
「うちの娘をどうか助けて下さい」
――こんな台詞もテレビか映画でしか聞いた事ないな。
猛雄は隔絶とした距離を感じさせる丁寧語で応対した。
「落ち着いて下さい、そして、安心して下さい。あなたが依頼して下さった加畠 光央さんで間違いありませんね?」
「はい」
「連絡したアザ―サイドコンタクトの者です。私は本件の担当責任者のイワクラ。このような装いでの訪問、今一度ご理解頂けるのでしたら――」
猛雄が銀行員のような手付きで依頼書のファイルから一枚の紙切れを引き抜く。
「まずは、基本料金を頂戴できると有難いです」
領収書だった。志空にはなんだか目を疑う数字が書き付けてある気がした。
「は――はい、それはもちろんです」
「お改め下さい」と光央が封筒を取り出した。猛雄が手早く開封して中身を確認する。どう見ても万札が十枚以上あった
――十三、十四……十五万? 俺のバイトの月給より高けぇ!
ぼったくりじゃないのか? と心配しているのは志空だけらしく、仁美は平静そのものだった。そう言えば仁美はネットでこの会社を調べたと言っていたのを思い出す。
――相場が定まっていないマーケットとは言え、対処できない人相手に阿漕な商売するもんだな……。
「ありがとうございます。十五万円。確かに頂戴しました」
猛雄は確認が終わると、その場で領収書に宛名を書き付けて光央に手渡した。さっさと封筒を上着の内ポケットにしまい込むと、用意していたみたいな言葉を口にする。
「問題の部屋はどこですか?」
光央が二階を指差した瞬間――。
ガラスが割れる衝撃音が響いた。そして後を追うように、
「おかぁああさぁあーーーーーーーーーーん!」
今しも四肢を引き千切られている最中のような少女の絶叫が二階から降ってきた。