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Side‡R  作者: 付焼刃 俄
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霊害請負業 有限会社 アザーサイドコンタクト その四

 文字通り暗黙のやり取りの隣から、仁美の母性を(かも)した声が聞こえてくる。

「おはようございます、明無さん。でもその格好はちょっと、ね――」

 猛雄の怒りを秘めた叱咤が仁美を追い抜いた。

「愛子さん! あまり小言は言いたくないんですが、二人は実習と言えども仕事中なんです。集中力を欠くような真似しないで下さい!」

 最後に大きく溜め息を吐いた猛雄に向かって、

「挨拶しただけじゃん」

 と、拗ねた声を出した愛子は廊下の奥の方に歩いていった。保羅もその後に付いていく。

「おはよう雨海さん」

「おはようございます明無君。あっと、山凌さんも居るのかな?」

『おお、()(にん)かご苦労だな』

「うん、おはようって言ってるよ。シャワーもう使える?」

「ちょうど終わったところだよ。どうぞどうぞ」

 途中で忠と鉢合わせしたらしくそんな会話が聞こえた。

 ――聞こえてないと思って、明無さんも結構いい加減な事を言うもんだな……。

 数拍おいてバケツとモップを担いだ忠が歩いてきた。猛雄を見て悲しそうに眉を歪ませる。

「さっきの声……。柳部君、そんなに怒らなくても良いんじゃないかな? 明無君に悪気なんてどこにもないんだしさ」

「そんな事より八時三十分からミーティングですよ。それまでにゴミ出しをお願いします」

「ああ、そうだった」

 語勢を正しても猛雄がつんけんしてるのはニュアンスで丸分かりだった。言われて仕事を思い出したらしい忠は早足にフロアを出て行った。

「失礼しました。えーと、最後にこれなんですが。これが――」

 なにやらハンディークリーナーのような機械が倉庫の陰から覗けた時――。

 廊下の奥からシャワー音と鼻歌が聞こえてきた。

 猛雄が絶句する。

 どうやら脱衣所の扉を閉め忘れているらしかった。

 猛雄はそこから二、三度持ち直そうとしたが、装置の説明をする言葉が上手く出てこず、その回数だけ肩を落とした。

「……取りあえず下りましょうか?」

 という志空の()(きょう)(あん)に、やる方なしといった(らく)(たん)を浮かべながら猛雄は応じた。


「愛子さんが出向かなくてもこの案件は俺一人で大丈夫です。事足ります」

「いいじゃんわたしも行く!」

 テーブルの上には人数分のお茶――保羅の分も合わせて七つ――と、印刷された依頼書が幾つも散らばっている。

 猛雄が持っている『最優先』と赤ペンで走り書きされた数枚を手の甲で叩いた。

 三階のリビングでミーティング中、首にタオルを引っ掛けて下りてきた愛子は、初めて会った時と同じ服に着替えていた。

 昨日の内に実習に適した案件が選出されており、猛雄をリーダーに、志空と仁美の三人で行く事になったところで、愛子が同行をねだったのである。

「この場合、愛子さんが来たんじゃあムリ・ムダ・ムラの3Mに引っ掛かるんですよ。それに悟成さんの霊媒顧問としてのポテンシャルも見れないでしょうが」

「絶対邪魔しないから、ね。良いでしょう」

「……柳部君、連れてってあげたら?」

「ダメです! 雨海さんは黙ってて下さい!」

 猛雄の道理の通った言い分。

 だだをこねる愛子。

 愛子をフォローする雨海。

 それを何処吹く風と保羅は丸まって茶色い団子になっている。

 稚拙な言い合いに成り下がったミーティングに、仁美は呆れた様子で博生に訊いた。

「あの、いつもこんな感じなんですか?」

「まあ、こんなもんだ。でも今日は愛子の奴、いつになく強情だな」

 仁美から意味深な細い目線を送られて、志空はうるさそうに手で払った。

「ダメなモノはダメです」

「〝へじ〟さん――この間、助けてあげたのに……」

「――っ! いや、愛子さん……。もう俺は〝へじ〟じゃありませんよ」

 猛雄がカチンときた顔になった。

「へじ?」

 なんの事か分からない志空と仁美が首を傾げていると、

「この前使った偽名だ」

 と、博生に説明された。

「そうだよぉ。あの時は危うく死ぬところだったんだからさ――」

「あれは雨海さんの所為でしょう! それにあの事故は頭骨の持ち帰りを大目に見る事で話が済んだはずです」

「頭骨じゃなくて保羅だよ!」

「あっ! ああ……そうでしたね。すいません」

 頭骨と言われたからか、いきなり頭をもたげた保羅が猛雄を睨んだ。

『手前が腹に据えかねたのは、他の何よりこの男だ。いい加減に口を閉じんのだったら――』

 途端、テーブルの湯飲みが小さく震えだした。

『なにがあった知らないけどやめてくれ! 頼む!』

 不穏な雰囲気を出し始めた保羅を志空は切実に止めた。

 保羅が『ふんっ』と鼻を鳴らし、

『さぁてな、ここからの彼奴の出方次第だの』

 湯飲みの震えが治まった後も、しばらくはそんな取り留めのない言い合いが続いた。

 頃合い――。

 時計に目をやった博生が大きく「ぽんっ」と拍手を打った。

「仕方無い。柳部、今日はお前が折れろ」

 猛雄は信じられないと言うように目を見開いた。

「でも、社長この案件は――」

「いいから、連れて行ってやれ。これ以上くっちゃべってたら、クライアントとの約束に遅れる。私と雨海は予定通り予備備品の整備をしておくから、何かあったら連絡してこい」

『やった! ごね得ごね得!』

 志空の方へ嬉しそうに響かせてくる愛子の声に、保羅が意見を重ねた。

『変わった数奇者も居たものだ』

『保羅、スキシャってなに?』

『ん? 愛子そのモノの事だな』

『なんだそりゃ?』

 保羅の答えの意味が分からず、志空が寸評を飛ばした。

 すると、嫌にけちった返事が返ってきた。

『……未熟者』

 ――なんだそりゃ……?

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