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Side‡R  作者: 付焼刃 俄
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霊害請負業 有限会社 アザーサイドコンタクト その弐

 志空に続いて仁美も靴を脱ぎ――志空がテキトーに脱ぎ散らかした事を仁美に指摘されて、黙って揃え――、上がり框に立った。「どうぞ奥に」と言いながら背中を向けた猛雄が鍵を閉めた。その行動がいささか不安感をあおる。

 猛雄の先導を待って、後ろから付いて行く。廊下の一番奥の襖、キッチン兼ダイニングを通って、奥の間のリビングに入ると、

「社長、実習の方が見えました」

 スマートフォンをいじっている博生がソファーに深く腰掛けていた。

「おお、早いな。八時までまだ十五分はあるのに」

 仁美にとっては社会人としてあるまじき言葉だったのだろう。顔を見たら強張っていた。

「おはようさん。まあ、そう堅くならずに座ってくれ」

 博生は向かいのソファーを手でさした。それから猛雄に出迎えの礼を言った後、食器の洗い掛けを言いつけた。「はい」と即効性のある返事を残して、猛雄がキッチンに戻って行く。

 志空達が座るのを待って、博生は「驚いただろう」と言い、仁美が大きく頷いた。

「はい、驚きました。ビルの内装ってこんなに変わるんですね。かに道楽みたいです」

 ――そこじゃないだろ!

 でもそれで志空の調子が戻ってきた。

「見た事の無いサービス体勢に大混乱ですよ。なんでここまで人目を忍んでるんです?」

「営業経過で見えてきた不可抗力でな。改善に次ぐ改善でこんな形を取らざるを得なくなった。社名も何度か変えたなぁ」

「なんでですか? お客さんに来て貰えなかったらお仕事にならないんじゃ――」

「う~ん……ここに来て貰っちゃ困るんだよ」

 あっけらかんとした博生の言葉に志空と仁美は揃って顔に疑問符を浮かべた。

「私達が相手にするのは依頼者よりも、依頼者を困らせている霊害な訳なんだが。霊害を引き起こしている幽霊の情報源は、ほとんどの場合が生きている連中とそう変わら無いんだ。でも、たまに人の思考を読み取れる奴がいてな――」

「そっか、顔や名前を知られるのは危険だ〝ミイラ取りがミイラになる〟」

 思わず呟いた志空を見た博生は嬉しそうな顔をした。

「その通り。不用意に依頼者と顔合わせしたら、その記憶を探られる危険性があるからな。そうなったら不意を突けなくなるし、こっちも危ない」

 高校時代の苦い思い出が呼び起こされて、志空は座りが悪くなった尻を落ち着け直した。

「だからオーナーの許可を得て、こんな風に事務所を構えてる次第だ。幸いネット環境があれば日本中に看板を掲げられるこのご時世、客寄せにはそんなに困らない。まあ、ある意味もう会社はミイラになってる。情報の中にしか実体の無い、文字通りに幽霊みたいな会社だからな」

 博生は手の中のスマートフォンを振って見せる。自社サイトらしきページが表示されていて、(おごそ)かなフォントで社名が掲げられてあった。

「作業時にはこの予防の延長で顔も隠すし名前も変える。場合によっては服装や体型もな」

 キッチンから足音がした。猛雄だと思って振り向いた志空は、彼ではなかったその人を見て(ぎょう)(てん)した。

「社長、おはようございます」

 博生が挨拶し返した男性は小柄で、(れん)(びん)に胸が苦しくなるほど痩せこけていた。それ故に年齢の判断がつかない。声も蚊が鳴いたようで、担いでいる登山用の大型ザックの方が、その身体の生物的主体を成して見えた。

「クリーニング屋から作業着を受け取ってきましたんで、クローゼットに戻しときますね。他になにかやる事ありませんか?」

 「その前に、挨拶して行け」と博生が志空達に顎をしゃくった。

 ――そんなの後回しで良いから早く荷物を下ろさせてやってくれ!

 猛雄の時と大して変わりない自己紹介を交わしている間中、志空は今にも彼の足が折れるんじゃないかとはらはらしっぱなしだった。

 彼、雨海うかい(ただし)を指差しながら博生が備考を付け足す。

「雨海はこんなナリでも年に三回は富士山を登る『なんちゃってアルピニスト』でな、実に頼れる持久力の持ち主だ」

 この身体で登るのだから、そのストレス度合いたるや本職のそれに匹敵するだろう。照れ笑う忠を見ながら志空はそう思った。

 博生から風呂掃除を言いつけられて忠はリビングを出て行った。

 何事か思案していた仁美が難しい顔して口を開いた。

「それにしても、科塚さんの話を聞いた後になると、先ほどの柳部さんの言動は少し軽率な気もしてきますね。あんな(はく)(ちゅう)堂々と『霊害』なんて単語を使うなんて――」

「モラル思考な一般人の方なら、この格好とその単語を聞かせれば『物狂い』だと思ってさっさと退散してくれるんですよ。霊害、災害、病害を問わず、その怖さを知っている人間にしか苦しみは分かりませんからね」

 忠と入れ替わりに猛雄が戻って来ていた。それに気付いて仁美はおたおたしたが、その場の全員から優しい無視をくらった。

 「ところで――」と猛雄が博生に訊いた。

「社長、そろそろ愛子さんを起こしてきましょうか?」

「いや、寝かしといてやってくれ。そのうち起きてくるだろう」

 「そうですか」とほっとしたように言い、踵を返そうとした。

「それじゃあ、細かい説明は柳部にしてもらうかな。私は洗濯物を干してくる」

「えっ? 社長、そっちは俺がやりますよ」

 首を振った猛雄の顔が初めて感情らしい感情に歪んだ。嫌がるというモノではあるが……。

「お前の教育研修でもある。仕事は教えられるようなって初めて熟達するもんだ」

 リビングを出て行く博生の背中を、面倒事を押付けられた子供の目で見送った猛雄は、座高測定をするような姿勢でソファーに座った。その服装と共に使用目的の調和を欠いて見えた。

「えっと、よろしくお願いします」

 と、会釈した猛雄は徐々に表情を動から静にシフトさせて滔々と説明し始めた。

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