REI:研究と技術の間の相互作用 その十
「ムカつくってマジで、俺がバイトやってるカラオケェ、幽霊っててさぁ。次の俺のシフトでそいつ祓う事になったんだよ。ったく面倒くせぇ」
「マジで、女? どんな顔してんの?」
学生らしき男が携帯を取り出して、恐らくアプリで撮った写メを隣の友人に見せた。
「なんだよこれ、ガキじゃん。つまんね」
志空と仁美がスーパーマーケットから出たところで、地べたに座り込んだ二人組がそんな会話をしていた。
その前を仁美が横切った後、「背ぇ高ぇなぁ」という寸評が背中越しに聞こえた。
時計の長針と短針みたいな高低差で二人は並んで歩いていた。懐の寂しい志空はタイムセール品の惣菜を数点とビールが入った袋を引っ提げている。
――スカウトなんか初めてされたけど、何でだろう? 全然嬉しくない。確かに避けていた職種ではある……でも本当にそれだけが原因なのか?
志空が黙って考え事をしていると、
「明無さんて、天使みたいな子でしたね。なんかこう、ふわふわしてるっていうか」
急に仁美が訳の分からない事を言い出した。
ニュアンス的に言って好感の持てるモノでは無い。だからと言って何か思案している抑揚とも違う。と、マネキンみたいな表情をした顔に書いてあった。志空がどう答えたら良いのか判断仕兼ねていると、高圧的に問い掛けられた。
「悟成さんはああゆう子が好みなんですか?」
「……どうかしたの? 万道さん」
「別にどうもしてません。でっ、どうなんですか?」
――ああもう、さっきの奴らの所為だ。無責任な感想を口に出すなよな! 人間ってのは性別に関係無く、いくつになってもどこか子供の部分を残してて、良くも悪くも繊細なんだよ!
「なんて答えたら、万道さんは喜ぶの?」
「そんな訊き方ずるいです。それと質問で返さないで下さい」
戯けてみたら、すっぱりとはたき落とされた。関西圏のイントネーションでも淡々としゃべり、仁美は感情を見せようとしない。だがそれが如実に憤りを表していた。
――だからこそ、はっきりこう言おう。
「うん、好きだよ。ああゆう子」
「えっ?」と不安げな声を上げて見下ろしてきた。百七十センチ未満の自分の所為なのだが、志空はいつもながらこの身長差に若干屈辱的なモノ感じた。
「でも恋情は無いよ。ガキの頃の勘違い以外で誰かに恋心を抱いた事なんか、俺には無い」
「……そうですか」
志空の言葉の意味を理解したらしい仁美が声を落とした。
「そうなんだよ。俺って、さっき見た通りの無鉄砲だろう? だからまだ、そのための覚悟なんかできない。それにガキの頃からよく夢に見るんだ。愛する人達を自分の失敗から手酷く傷付けてしまう、ってそんな夢。それが結構リアルでさ、そう言った気が湧かないんだ。俺」
空気を和ませようと意識して志空は口調を軽くした。
然しもの仁美もそれに気付かない無感覚では無い。
「あの……ごめんな――」
「じゃあ、俺はここで」
明るく言って志空は駅に足を向け、振り返らずにホームに上がる。
ちょうど到着した小豆色の車体に乗り、深緑のシートに身体を沈ませた。
すぐに発車した車内は、心地好い慣性力の成す脱力効果で船を漕いでる人達で溢れていた。
――あんな質問しておいて、謝ってなんかくれるなよ。怒り抜いたらいいじゃないか……。
夜陰に満たされた車窓は、後方に過ぎて行く景色を覗かせず、陰鬱な鏡となって志空の顔を一層暗く映し出していた。
「俺には、そんな事言われる魅力は無い」
と、志空は呟いた。
さっきのやり取りの最中に、ほんの一回分だけ脳内で伝達された迷妄と言える幻想を、頭を振っては完全否定する。
――万道さんが俺に気があるなんて、自意識過剰過ぎる思い込みだ。いちびんな馬鹿!