第8話 『相棒』と『覚悟』
「誤解しないで欲しいが、お前さんの実力不足とか、そういうことじゃない。……『合っている』か『合っていない』か、という問題だ」
ラルフはそう言うと「ちょっと待ってろ」と奥に引っ込んでしまった。
しばらく待つと、手に布に巻かれた長い何か――形状からして、剣らしきものを持ってラルフは現れた。
「待たせたな。ちょいと、こいつを探していてな」
そう言って布をめくるラルフ。中から現れたのは一振りの剣――いや、刀だった。
「これは、刀……?」
シンが思わず口に出すと、ラルフは満足そうに微笑んだ。
「その通りだ。ヤマト王国辺りで主流の片刃剣、『刀』だな。……とは言っても、こいつはちょいとコチラ風にアレンジしてあるがな」
「社長が作ったのかい?」
エステルがそう尋ねると、「いや、俺じゃない」と首を横に振った。
「コイツは旅に出ている弟が鍛えた刀さ。身内贔屓無しに、コイツはちょっと凄いものだと俺は思っている」
差し出されたその刀を、シンは受け取る。促されるまま、鞘から刀身を引き抜く。
「これは……」
引き込まれる。そんな言葉が似合う刀だと、シンは感じた。
「切れ味に関しては、刀ってやつはかなり重要視される。……まぁ、手入れもせずに斬りまくっていたら、刃毀れして使い物にならなくなるがな。――だが、しっかりした実力者が正しく使えば……刀は恐ろしい武器になる」
刃を見る。この刃は、切れる。そう感じた。
「お前さん、刀の方が得意だろ?」
言われて驚く。たしかに、シンは武器の中では刀の方が扱いやすい。それを、先程のやりとりの中で見破られたというのか?
「驚くことはないさ。社長は私が刀を得意としていることを知っているし、刀の扱い方も下手な剣士よりも知っている。――お前の剣の扱い方を見れば、わかるさ」
「武器の扱い方を知らないで、どうして良い武器が作れる? ウチの工房にいる連中は皆、ある程度の武器の扱いが出来る連中さ」
胸を張るラルフ。たしかに、先程のやりとりで感じたラルフの実力は相当なものだった。
「刀に関しては弟の方が得意なんだが……間が悪いことに、旅に出てしまっているんでな。コイツで我慢してもらうしかないだろう」
「弟さんの作品なんでしょ? 良いのかい?」
「アイツが商品として置いて行ったんだ。売り物である以上、売るのが当然だろう?」
「それなら、まぁ……。で、おいくらなんだい?」
「そうだな、これくらいでどうだ?」
ラルフが紙に書いて提示してきたのは、一五〇ギル。工場勤めの月収が二〇ギル辺りだから、七ヶ月と少しといったところか。
「……高いのか安いのか、分からない」
工場勤めの月収と比較してみたものの、シンにはイマイチわからない。
「まぁ、ここの物としては安い方だね。――五〇〇ギルとかのやつに比べたら、だけどね」
五〇〇! それに比べれば、確かに安いと言えるだろう。比べれば、だが。
「まぁ、包丁や土木用とかなら、ある程度安くもするが。生き死にがかかる武器だからな、それなりの材料、技術を用いるんだ。安売りは出来ないさ」
職人のこだわり、なのだろうか。……シンには、あまりピンとこなかったが。
「修行中である弟の作品、オーダーメイドではないという点から、まぁ一五〇辺りが妥当だろうな。――とは言っても、それでも俺が作るよりも良い刀であることは確かだ。それは、社長として俺が保証する」
「安いのは、実力があってもまだちゃんとした職人ではないから、ということですか?」
「そういうことだな。『ウチのブランドとして値段を付けられるかどうか』、ってことさ。良い出来かどうかというよりも、まぁ内部事情的な問題だと思ってくれ」
よくわからないが、シンとしてはちゃんとしたものであればブランドなどどうでも良い。
「これにします」
改めて刀を見る。エステルから譲り受けた剣も悪くはなかったが、この刀程ではなかった。この刀は、シンの心強い相棒となる――確信があった。
「試し切り、してみるか?」
ラルフが側に置かれていた丸太を指す。シンが頷くと、彼はその丸太を試し切りのための固定台と思われる台に固定し、「コイツでやってみてくれ」と促された。
鞘から刀を抜き、鞘を側のテーブルに置く。
ひとつ、深呼吸。
オーソドックスな、両手での構え。正面に切っ先を向け、頭上に掲げる。
一閃。縦に振り下ろした刀は、丸太を一刀両断した。
「なるほど、良い腕だ」
ラルフがニヤリと笑いながら丸太を確認する。――断面は、綺麗な状態だった。
「使ってみた感想は?」
聞くまでもないだろうが、という顔でエステルが尋ねてくる。……わかっているなら、わざわざ聞かなくても良いだろうに。
「軽すぎず、重すぎず……柄を調整すれば、もっと自在に振り回せるかと」
ラルフの剣と同様、手に馴染むのだが、それでも僅かに気になる部分はある。――オーダーメイドではないのだ、当然だと言えた。
「そいつに関しては、サービスだな。細かく調整しよう」
「助かります」
鞘に刀を納め、ラルフに渡す。
「ひとまず、これで武器は手に入ったな」
そう言って肩を叩いてくるエステル。
「これで全部解決、って訳じゃないですけどね」
思わず苦笑する。
忘れてはならない。武器が手に入ったところで、それで勝てる条件が整った訳ではない。パズルのピースがひとつハマった……それだけだ。
「とりあえず、これからの戦いにおける『相棒』が出来たのはホッとしましたけどね」
ラルフがシンの手を確認しつつ刀の柄を調整している間、エステルは「ついでだから」と、自分の刀を研いでもらっていた。
「そういえば、久しぶりにその刀を見ますけど……先生は、何でその刀をあまり使わないんですか?」
以前から疑問だったことだ。エステルは弟子であるシンと同様に、刀を得意武器としている。ところが、その刀をエステルはあまり使わない。剣か素手、ということが多いのだ。
「ん? 何で、と言われてもな……」
困った、という顔でエステルが天井を見上げて首を傾げる。
「あまり使いたくないから、と言ったら……おかしいか?」
苦笑しながら言う。
「おかしくはないですけど……得意武器を使わないのは、何と言うか……不自然かな、と」
「それは、『おかしい』と感じているってことじゃないか? ……まぁ、私もそう思うよ」
研ぎ終わった刀を職人から受け取り、エステルはその刀身を眺めていた。
「――私はね、この刀で兄弟弟子達を斬ったんだ。兄弟子二人と……実の弟でもあった弟弟子を一人、ね」
それは、初めて聞かされる話だった。
「話してなかったんだな、その話」
今まで黙っていたラルフが、口を開く。
「まぁ、話しやすい話でもないだろう? 何となく、言い出し難かったのさ」
「ラルフさんは、知っていたんですか」
「まぁな。短くない付き合いだからな」
そう言って苦笑するラルフ。
「……話を戻すけど、私はこの刀で兄弟弟子達を斬った。その決断に間違いがあったとは思わないが……悔いがない訳ではないんだ。それ以来、何となく刀を握る気がしなくてね」
「意外とデリケートだろ、コイツ?」
「意外と、ってのは酷いな社長」
笑い合うラルフとエステル。シンは、その中に入ることは出来なかった。
「コイツは、私の相棒だ。最後に命を預けられるのは、コイツだけさ。……でも、同時に私の『後悔』の一部でもある」
シンにとって、強い存在である筈のエステル。その『弱さ』を垣間見て、シンは何とも落ち着かない気持ちになる。
(俺は、先生に自分の理想を押し付けていたのかな……)
師としてのエステル。強くて、シンを導いてくれて……完璧とは言わないが、弱みなんて持たない、そんな人間。――そう、思っていた。
「幻滅した?」
そう言って寂しげに笑うエステル。
「いえ……少し、意外だっただけです」
「意外、か。……お前にどう思われていたのか、少し気になるところではあるな」
そう言って笑うエステルは、いつもの彼女に戻っていた。
「私は、お前に武器を持てと言った。――初めてお前に剣を持たせた時、私が言ったことを覚えているか?」
忘れる筈がない。エステルにボコボコにされた後、諭すように言われた言葉だ。
「『戦いの中で生きるには、強い武器が必要だ。しかし、武器を持つには強い心が必要だ』、でしたね」
エステルは満足そうに頷いた。
「そうだ。刀を握ることに躊躇いを持つ私が言うのも何だが……武器を持つ人間は、強い心を持たなければならない。その最大の理由は、武器を使うことで己の心を壊してしまう可能性があるからだ」
「己の、心……」
壊れたしまった自分に、これ以上壊れる『心』があるのだろうか?
「――ある者は、人を斬ったことで心を病み、殺人鬼となった。――ある者は自らの『罪』に耐え切れず、己を殺した。……私は、お前にそうなって欲しくはない」
己の『相棒』を見つめるエステル。刀を通して、何を見ているのであろうか……。
「武器は、相手を傷付ける。それが真実だ。――でも、それ以外の『何か』があるのも確かなんだ。それを求めて、武器を手にする者も少なくない」
「よし、これでどうだ?」
ラルフから刀を渡され、握る。――手に吸い付くように刀はシンの手の中にいた。
「夢を見すぎて、道を踏み外す奴も多い。――絶望して、全てを投げ出す奴もな」
そう言ってラルフはシンに鞘を手渡す。
「そうだね、社長の言う通りさ。武器は武器なんだ。それ以上でも、それ以下でもない。武器は、武器として扱わなければならないんだ。変な言い方だけど、武器は『魔法の道具』じゃないんだからね」
エステルの言いたいことは、何となくわかる。武器は、夢を叶える便利な道具などではないのだ。
「武器がどういう結果をもたらすのかってのは、使い手次第だ。エステルの言葉を借りれば、『道具』がどういう結果をもたらしてくれるかは、使い手次第ってことさ。道具そのものの力じゃない」
「魔剣になるも聖剣になるも、使い手次第ってことですか」
「まぁ……そういうことでも良いか。とにかく、どんな優れた武器も、使い手次第では災厄をもたらす何かになるってことだ。悪いのは武器ではない、いつだって、使う者さ」
「武器職人としての責任とかは、感じたことあるの?」
何となくまとまりかけたところに、エステルが横槍を入れる。彼女らしいと言えば、らしかったが。
ラルフは「そうだな、感じたことが無い訳じゃない」と言うと、壁にかけてある武器を見渡した。
「俺達の鍛えた武器で、戦争が行われ、人が死ぬ。それは善悪関係なく、な。それに心を痛めたことが無い訳じゃない。悩んだこともある。――だが、結局俺は武器を鍛える。俺が鍛えた武器を壊すために、な」
意外な言葉にシンは「え?」と口に出してしまう。
「意外か?」
「それは、まぁ……」
「だよな。だが、それが俺が職人として己を鍛えている理由のひとつだ。そして、それがひとつの戦争を終わらせるための力になると信じている。もっとも、使い手次第だがな」
そう言って苦笑するラルフに、シンは告げる言葉を持たなかった。
「社長は変わり者だからね」
「人を変人みたいに言うなよ」
笑っている二人に、シンは自分との差を感じる。何が違う、とハッキリとは言えない。ただ、人としての差のようなものを感じさせられた。
(壊れただけでは、駄目なのか……?)
全てを壊してでも、この世界を変えてやろうと思っていた。でも、それだけでは駄目なのではないか? そんな疑問が頭を過る。
「武器を持つ以上、『覚悟』が必要だ。覚悟の無い奴は、武器を握るべきではない。……エステルを信頼し、お前さんの目を見た上でお前さんを信頼してこの刀を渡すが、その『覚悟』が無いならコイツは諦めた方が良い。――お前に、その『覚悟』はあるか?」
その問いに、シンは考える。自分の『覚悟』――それは、何だ?
「俺の、覚悟……」
刀を見つめ、考える。思い返す。
「俺の『覚悟』は……」
考える必要なんて、ないではないか。
あの日から、シンの戦う理由はひとつだ。
「この世界を壊して、新しい世界を切り開く――その結果、魔王になろうとも」
それだけでは足りないのかもしれない。だが、そこがシンにとってのスタート地点なのだ。
「これだけは、譲れない」
シンの言葉に、しばし唖然としていたラルフだったが、やがて声を上げて笑い出した。
「こいつは、面白い『英雄』だなぁ、エステル!」
言われ、エステルは肩をすくめた。
「ホント、問題児な教え子だよ」
その言葉を聞き、ラルフはさらに笑った。
「世界を変える、か……。その刀でどんな世界を見せてくれるか、楽しみだな」
「期待しないでください」
口を尖らせて言うと、エステルに笑われた。
「ホント、お前は面白い奴だよ、シン」
エステルにそう言われ、シンはため息をついた。
「まぁ、良いですよ。……よろしくな、『相棒』」
無銘の刀。今日から己の『相棒』となった刀に、シンは改めて決意を固める。
「俺は、この刀で世界を変えてみせる。――出来なければ、死ぬだけさ」
誰も、その言葉を笑うことはなかった。ただ、エステルはそっとため息をついていたのを、シンは見逃さなかった。