第7話 武器を求めて
「シン!」
声に振り向くと、マリアが駆け寄ってくるのが見えた。
「マリア」
「大丈夫? 怪我はしてない?」
心配そうにシンの身体に触れるマリア。
「大丈夫だよ。ロイドの方は、大丈夫じゃなかったけどな」
そう言うと、ロイドが脇腹を肘でつついてきた。――どうやら、カッコつけたいらしい。
「大丈夫? ロイド君」
「だ、大丈夫だよマリアさん。僕はこれでも毎日鍛えているからね!」
そりゃ、授業で毎日鍛えられているとは思うが……。
「そ、そう……」
妙に空回りしたロイドに、マリアが一歩退いたのが見えた。……残念だったな、ロイド。
「どうやら、無事みたいだな」
「先生……」
話していると、エステルがやって来た。
「どうしてここに?」
「そりゃ、あんだけ派手にドンパチやられたらな。可愛い教え子が心配になるのは、先生として当然だろう?」
言われて、何となく気恥ずかしくなる。エステルが本気で言っているかどうかは定かではないが。
「で、何者だったんだ?」
「クリューガー家の人間だったみたいです。ラウル・クリューガー……魔剣使いの、厄介な腕前の剣士です」
戦いながら感じていた。ラウルは、本気ではなかった。――シンがどの程度やれるのかを試しながら、遊んでいたようなものなのだろう。
「魔剣のクリューガー家、か。一族揃ってかどうかは分からんが、厄介なのが敵に回ったな……」
ため息をつくエステル。彼女が「厄介」と言うとなると、相当厄介なのだろうと思わされる。
「クリューガー家って、英雄の生まれた家系じゃない……何で、そんな」
驚くマリアに「家柄とかは、関係ないさ」と答える。ロイドも気にしていたようであるが、英雄であったのはその当人だけであり、その家族や末裔は関係ないのだ。
ロイド達の考え方を(捻くれているとは思うが)逆に考えれば、悪人の末裔は悪人、となってしまう。そんなことは、無いのだ。少なくとも、シンはそう信じている。
「そうだな、シンの言う通りだ。英雄の子孫が英雄である、なんてことはない。英雄本人とその子孫は、別の人間だからな」
「それでも、英雄の子孫である以上、恥じない生き方をすべきです!」
そう主張するロイドに「君は誰だい?」と尋ねるエステル。……そういえば、この二人は初対面だったか。
「――申し遅れました。私の名前は、ロイド・クルム。『四番目の英雄』の末裔です」
「あぁ、クルム家の。――私はエステル。シンの先生みたいなものだ。……で、その英雄の子孫である君は、自分も英雄と同じように生きるべきである、と?」
「そうです」
ロイドがそう答えると、エステルは苦笑した。
「……何が、可笑しいんですか?」
ムッとしているロイドに「あぁ、すまない」と謝るエステル。
「君の生き方を否定するつもりはないよ。……ただ、その生き方を他人にも強いるのは、どうかと思うけどね」
「何故です? 英雄の子孫として恥じない生き方をするのは、当然ではないですか」
「――それは、お前の『当然』であって、他の人間の『当然』ではないからさ」
思わず、口を挟んでしまう。
「英雄の子孫が英雄と同じように振る舞うべきなら、悪人の子孫は悪人のように振る舞うべきなのか?」
「それは、極論だ。誰もが善き行いを心がけるべきだ。悪人の子だからといって、怠惰に生きて良い訳ではない」
「それは、英雄の子孫にも同じことが言えるんじゃないか? 英雄の子孫だからといって、英雄のように生きなくても、良いんじゃないか?」
「同じではない。英雄の血筋は、そんなものではない!」
「そう思っているのは、一部の英雄の子孫だけさ」
ロイドが睨んでくる。ロイドは、純粋過ぎる。……頭が固いとも言えるが。
「こんなところで言い争っていても、仕方がないだろう。――ただ、ロイド君だったか……シンの言う通り、英雄の子孫が英雄と同じように生きる必要は、私も無いと思うよ。もちろん、善き行いってやつは心がけるべきだ。でも、それは英雄と同じことが求められるべきということには、ならない」
「僕が間違っている、と?」
「君が自分自身にそれを課すことは、間違いとは言えないさ。――ただ、それを他人に強いるのは、間違いだね。人それぞれ、生き方もそれぞれだ」
エステルに言われ、ロイドは黙った。彼も馬鹿じゃない、色々と考えているのだろう。
「英雄なんてのは、何かを成した後に、周囲の人間がそう思えば良いだけのことだよ。それを成したのは、その当人だけだ――家族や子孫が、英雄である訳ではない。その生き方を縛るのは、どうかと思うけどね」
そう言って、エステルは苦笑する。
「ロイド君は立派だと思う。ご先祖様に恥じない生き方をしようって、頑張っていて……。でも、誰もがロイド君のように生きられる訳じゃないと、私も思う」
「マリアさん……」
マリアに言われたのはショックだったのか、ロイドは膝をついてしまった。
「誰かに『お前はこういう人間だ、こういう人間なんだ』と決めつけられるのって、辛いことだと思うの。――そうじゃない、って本人が思えば思うほどに」
そう言って、マリアはシンの顔を見た。
「それで人生を狂わされた人を、私は知っている。――それは、あってはならないことだわ。ロイド君に、そういうことをしてほしくない」
ロイドは、無言で俯いていた。
「まぁ、『死者に釘打つ』なんてのは、なかなか容赦無いし……そこまでにしようか?」
エステルが苦笑しながら止める。
「とりあえず、無事であることに感謝しようじゃないか」
エステルにそう言われ、シンも「その通りだ」と苦笑した。
☆ ☆ ☆
学院は今回の件でしばらく休校という形になった。職員に多数の怪我人が出たこと、施設にも多大な被害が出たことを受けての決定だ。その間、シンは改めてエステルに指南を受けようとしたところ、「特に教えることはないけどね」と言われてしまった。
「焦る気持ちは分からないでもないが、焦って身につけたものなんてのは、大抵役に立たないものさ」
「それでも、俺は強くならなければならないんです」
「付け焼き刃の何かで強くなれるほど、世の中は甘くはないぞ?」
朝食後のお茶を飲みつつ願い出たが、エステルは首を縦に振ることはなかった。
「英雄の武器を持った手練れ相手に、技だけで対抗できることなんて、たかが知れている。そんな奴相手に、焦って身につけた技が役に立つと、本当に思うのか?」
そう言われてしまい、シンは口をつぐんだ。――反論、出来ない。
「――そこで反論したら、私はお前の先生であることを辞めていたよ」
苦笑するエステル。――試された、ということだろうか?
「焦るな、と言っても無理なのは分かっている。――それでも、私は言う。『焦るな』」
エステルは、真剣な表情をしていた。
「――バークリー家の話は、したことがあったな?」
そう問われ、シンは頷いた。
バークリー家。レイナード皇国で、今では忌み嫌われる一族の名。かつて、皇国を裏から支えていた一族……。
「国を守りたい……その気持ちは、間違いじゃなかった筈さ。でも、やり方が問題だった。だから滅んだ――いや、滅ぼした」
悲しそうな顔をするエステル。そこに、普段の彼女から感じる強さは無かった。
「結果を急いだバークリー家は、焦りすぎて自らを破滅に導いた。――私は、お前にそうなってほしくはない」
シンの手を取るエステル。彼女は、震えていた。
「もっと、自分を大事にしてくれ。私は、お前が心配だ……」
「先生……」
彼女に、家族はいない。バークリー家も分家は影を潜め、本家筋の人間はエステルのみとなってしまったという。――シンと同じで、彼女は幼い頃に家族を失ったのだ。
「お前には、私の持つ技の殆どを教えてきたつもりだ。身体も心も鍛えてきた。……本当なら、もう少し時間が欲しいとは思う。でも、焦ったところで何の解決にもならない。今は、出来ることを精一杯やろう」
「出来ること……」
今、シンには何が出来るだろうか。
「今のお前に欠けているのは……色々あるが、中でも『武器』が大きい。お前の武器を探そう」
武器。あの魔剣とやり合える、武器。
「お前にやった剣、あれは無銘だがそれなりの業物だ。しかし、魔剣を相手にするのは、少々厳しすぎる」
英雄が使った魔剣――実績のある武器相手に、吊るしの剣では相手にならないし、下手なオーダーメイドでも同じことだろう。
「英雄の武器と対等な武器。それを、お前は持つ必要がある」
シンの脳裏に、チラリと一振りの剣の名前が浮かんだ。
「何か思いついた、という顔をしているが……たぶんお前が考えているのは『あの剣』だろう? ――流石に、それは無理だ」
言われて、それもそうだと思い直す。厳重に保管されている、レイナード皇国内で――いや、世界でも最強クラスの剣。それが手元にあれば、ラウルに対抗できるかもしれないと思ったが……たしかに、現実的ではなかった。
「鍛冶屋に心当たりがある。今日はそこに行こう」
「鍛冶屋、ですか?」
そう尋ねると、エステルはニヤリと笑った。
「『英雄』達の武器を鍛えた、名工達の工房さ」
☆ ☆ ☆
ローグ西端。そこにあるのがシュバルツ・クラフトという工房だった。
「社長は居る?」
「おぉ、エステルじゃないか。久しぶりだな! 何年ぶりだ?」
出てきたのは筋肉ムキムキマッチョマン、爽やかな笑顔の中年男性だった。
「シン、こちらはここの社長、ラルフ・ローゼンベルグさん」
「はじめまして。シン・レイナードです」
「ラルフ・ローゼンベルグだ。よろしく」
差し出してきた手を握ると、いかにも職人、という手をしていた。
「今日はどうした?」
「この子の剣を作ってもらいたくて。予算はたっぷりとあるので、何とかならないかな?」
両手を合わせて頼み込むエステル。
ラルフは少し考え込んだ後、「『英雄』の剣を鍛えるってのは、なかなか荷が重いな」と答えた。
「僕のことを、知っているんですか?」
最初の挨拶での反応は、『ノーマル』だった。だからこそ、ラルフがシンの正体に気がついていたと知り、驚いた。
「まぁ、『噂は扉を閉めても聞こえてくる』ものさ。だが、俺は自分で見て、感じたものしか信じない。……まぁ、そういうこった」
気恥ずかしくなったのか、そう言ってラルフは頬をかいた。
「で、どんな剣をお望みなんだ? 俺を頼るってことは、吊るしの剣じゃ駄目ってことだろ?」
ラルフはそう言って壁に飾られている剣を指す。どれも美しい仕上がりに見えたが、あの魔剣と戦うには心許無く感じた。
「魔剣を折れるような一振りが欲しいかな」
エステルがそう言うと「おいおい、魔剣だって?」とラルフが呆れた。
「お前さんが言うってことは、『いわく付き』の方じゃないってことだろ? 古代文明の遺産相手にやれるような剣が欲しいって言うのか、お前さん達は」
「まぁ、『英雄』だからねぇ……。で、社長に頼むしかないって思った訳。やってくれる?」
「簡単に言うけどな……まずは、使い手の実力を知りたいな」
言われて、シンは一歩前に出た。
「何をすれば?」
「そうだな……コイツを使って、俺とやり合ってくれ」
ラルフが手にした剣をシンに手渡す。
長さは標準的な、見た目普通な両刃剣。ただ、壁に飾られていたものとは質が違うように感じられた。
「俺は、これだ」
ラルフがそう言って手にした剣は少々長めの、刀身が大きめな両刃剣だった。――いや、その剣には刃が無かった。
「こいつを折るつもりで来い」
構えるラルフ。その構えは堂々としたもので、彼が剣士としてかなりの実力者であろうことを感じさせるものだった。
「本気でやらないと、負けるかもよ?」
エステルの忠告に頷き、剣を構える。
(握りがしっくりくる……)
まるで、ずっと使っているような一体感を剣に対して感じる。これなら、振り回せるという直感があった。
「いきます」
踏み込み、斬りつける。ラルフの剣を折るつもりで振った一撃だったが、軽くいなされてしまう。
「悪くない。――だが、良くもない」
反撃。その大きさに対して違和感を感じるほどの素早い一振り。バックステップで避けるが、間一髪だった。
「こいつは刃が無い練習用みたいなもんだが、当たれば痛いぞ?」
確かに、当たればそれなりのダメージを受けそうな一撃だった。改めて集中し、剣を構え直す。
(無駄があったんだ、さっきのは。もっと、研ぎ澄ませるんだ。鋭く、速く……)
呼吸が浅くなる。世界から音が消えていくような感覚――一撃に、全てを込める。
「ハァッ!」
上から振り下ろす一撃。――手応えは、あった。
「見事だ。……まぁ、合格点てところだな」
ラルフの剣は、真っ二つになっていた。
「悪くない。どうやらエステルに師事していたようだが、その『癖』を除けばしっかりした技術はあるようだし、武器をモノに出来るセンスもある。ただ――」
そこで、ラルフは言葉を濁した。
「社長、何を感じた?」
エステルが、その言葉の先を促す。
ラルフは、シンに何を感じた?
少し考え、ラルフは「まいったな」と顎をかいた。
「お前さんじゃ、俺の剣は活かせない」
その言葉を、シンは呆然と聞いていた。