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第6話 二人の差

「そらそらっ! 俺をもっと楽しませてみろ!」


 ラウルの剣捌きは、ロイドとは比べ物にならないくらい速い。質は異なるものの、その速さはエステルと同等と言っても良いだろうとシンは判断した。それはつまり、一瞬足りとも気が抜けないということである。


(これだけの力量の相手に、丸腰ってのはハンデありすぎだろう……!)


 いつまでも避けられるものではない。状況を打開するためにも攻めに転じる必要がある。しかしながら、ラウルの攻めがそれを許さない。


「シャイニング・ブリッド!」


 一瞬で構成した魔術式を展開し、発動させる。敵を撃ち抜く、光速の弾丸――しかし、放たれたそれは、ラウルの前で消え去った。


「魔術を、消した……! まさか、解呪ディスペルを……?」


 ロイドが驚いているが、シンはラウルが解呪――魔術消去を行った訳ではないことを、理解していた。ラウルは、魔術式を展開していなかった。


「解呪じゃない……その魔剣、魔力吸収系の能力だな?」


 シンの言葉に、ラウルはニヤリと笑った。


「正解だ。こいつは、受けた魔術を吸収し、攻撃エネルギーに変換できる魔剣さ。――こんな風にな」


 振るわれた魔剣から黒い光が放たれ、ロイドが吹き飛ばされていた。


「ロイド!」


 慌てて駆け寄ると、まるで剣で斬られたかのような傷がロイドの胸にはあった。


「咄嗟に闘気でガードしたつもりだったが、ぶち抜かれたみたいだな……」

「喋るな。……傷は、深くなさそうだな」


 思わず安堵する。


「闘気を操れるってことは、治癒力向上とかも出来るか?」

「得意って程じゃ、ないけどな……」

「じゃあ、しばらくそれで耐えてくれ。――俺は、あいつをどうにかする」


 ロイドをそのまま寝かせると、律儀に待っていたラウルの方を向く。


「シン、奴は強い……無理せず逃げろ……!」


 ロイドの忠告に、シンは身構えながら「そいつは、たぶん無理だ」と答える。――ラウルは、逃してはくれない。――きっと。


「さあ、続きを始めよう……」


 楽しそうに笑うラウル。


「そんなに楽しいか、戦うのが……」

「戦いが楽しいんじゃない。楽しい戦いが、好きなのさ」


 そう言って笑うラウルに、シンは寒気を感じた。――こいつは、狂っている。シンとは別の狂い方の……。


「シン・レイナード。お前の総てを俺にぶつけてみろ。俺を楽しませてみろ。お前の命の輝きを、俺に見せてみろ……!」



 剣を構えるラウル。笑ってはいるが、感じる殺気は凄まじい。隠す気のない、殺気。


「俺は、サーカス団の道化師じゃないんだがな……」


 術式を構成しては消す、という行為を繰り返す。それにラウルが反応していることを確認し、フェイントのためにそれを繰り返す。


「なかなか、面白いことをしてくれる。それだけの術式を構成しては消す……なんて面倒臭いことを瞬時にやれるってのは、かなりの腕前だな。さっきのやつも、なかなか速かった。剣士の弟子になったという話だったが、魔術士として修行したのか?」


 余裕の表情。こちらの動きを全て抑えきってみせるという自信か。


(こっちの情報をどれだけ知られてるんだ……?)


 奴は、「剣士の弟子になったという話だったが――」と言った。エステルに弟子入りしたことは、一部の人間しか知らない筈なのだ。それを、奴が知っているということは――。


(裏切り者……いや、裏切られるほどの関係なんて、無かったか)


 そう思うと、苦笑してしまった。


「随分と余裕じゃないか」

「余裕って訳じゃ、ないけどな」


 距離を取ると、同じだけ縮められる。

 駄目だ、この距離は奴の間合い――領域テリトリーだ。


「ファイア・ストーム」

「無駄だ」


 火炎の渦が掻き消され、魔剣が黒く輝く。無駄弾は、相手の得にしかならない。魔術くらいしか対抗手段がない中、その魔術すら逆効果になってしまっては、打つ手が無い。


「どうした、他に何か無いのか?」


 圧倒的な差。奴にはあって、自分には無いもの……しかし、それを今ここで言っても仕方のないことである。戦いは、待ってはくれない。――そう、いつだって。


「シャイニング・ブラスト!」


 得意とする光熱波。だが、やはり通用しない。魔剣の餌となるだけだった。


「そろそろこちらから行くか。お前の魔力を喰った魔剣の力、とくと味わえ」


 振るわれる魔剣。咄嗟に術式を構成し、構える。


「リフレクト・ウォール!」


 目の前に現れる光の障壁。魔剣から放たれた光がぶつかり、砕け散る。


「相打ち、ってところか。なかなかやるじゃないか」

「厄介な魔剣だな、それ……俺にくれないか?」


 そう軽口を叩くと、「これは俺のお気に入りなんだ」と断られる。


「後手ばかりというのも、面白くないな。今度はこちらから攻めていこう」


 先程まではそちらの攻めばかりだったろう、と思いつつ、斬りこんでくるラウルを避ける。速い――先程までよりも、速い。


「だいぶ身体が暖まったな」


 そう言って嬉しそうに笑うラウル。先程までのが準備運動だとしたら、随分と迷惑な準備運動だ。


「サンダー・ストライク!」


 雷撃。ラウルを狙うのではなく、その足元――地面に当てることで魔剣に吸収されるのを避ける。その目論見は当たり、雷撃の衝撃で弾けた足元に、ラウルの動きが鈍る。


(間に合え……!)


 瞬時に距離を詰め、ラウルの懐に飛び込む。右腕に闘気を集中させ、それを右の掌底に込めて打ち込む。


(入った!)


 確かな手応え。ラウルの鳩尾に叩きこまれた掌底は、その衝撃で奴の内蔵にダメージを与えた筈だ。


「ぐっ……!」


 呻くラウル。よろけつつも膝蹴りを放ってくるが、それをバックステップで躱す。追撃の一振りもさらにバックステップで躱し、距離を取る。


「なかなか……面白い一撃だ」


 苦しみながらも、笑うラウル。――奴は、本当にこの戦いを楽しんでいる。


「掌底から闘気を相手に叩きこむ技か……突き抜ける威力で、内臓をやられそうだな」

「あまり、効いてはいないみたいだけどな」


 喋れる筈がない。苦しんではいるが、今の一撃は極めて有効な一撃では無かったということだ。


(先生に打ち込まれた時は、しばらく動けなかったけどな……)


 考えられるのは、闘気で反発させたか……あるいは、自らの身体の中の闘気の流れを変えたか、である。前者は瞬時に行うのは至難の業であるが、後者はさらにその上をいく。


 手応えに反発の感触は無かったように思える。――だとすれば、奴が行ったのは後者ということになる。


(バケモノめ……)


 魔術も駄目、闘気を用いた技も駄目。勝つための――いや、負けないための手立てが、思い浮かばない。――いや……ひとつだけ、あった。


「逃げろ、シン……!」


 ロイドの声。本当に、そう出来るのであればそうしたい気分になりつつある。


「逃げたって、何も変わらないだろ……」


 気持ちを引き締める。――そう、逃げたって、何も変わらない。何も、変えられない。


「負けなきゃ、俺の勝ちだ。だったら、やれることは全部やらないとな」

「面白いことを言う。だが、そう言うのであれば、もう少し俺を楽しませてくれるということかな?」


 笑うラウル。……バケモノめ。


「俺の、『とっておき』を食らわせてやる」

「楽しみだな」


 どこまでも余裕なラウル。その笑みを、止めてやりたいと思った。


 術式構成。基本はシャイニング・ブラストと同じ。だが、それに少しアレンジを加えてやる。エステルに「こんな馬鹿げたものを思いつく奴は、そうそういないぞ」と呆れられた『技』――素手のシンにとって、それが今の『とっておき』だった。


(絞れ……もっと、コンパクトに、強く、鋭く……無駄を省け、洗練させろ!)


 術式に流す魔力を意識し、それとは別に闘気の流れをイメージする。

 魔力と闘気は、元を辿れば根源は『生命力』とでも言うべきものだ。ふたつを分けるのは、それが魔術という『現象』を引き起こすための『着火剤』であるか、それ単体で効力を発揮する『エネルギー』であるかの違いだ。しかし、その根源は同じであるから、両者を同時に使い分けるというのは困難である。それを、シンは実現させて『技』とした。


(チャンスは一瞬……いや、そもそも無いチャンスを掴むしか、俺には残されていない)


 いつでも放てるように構えつつ、ラウルの動きをみる。――来るなら来い、とラウルは剣を下げて待っていた。


「……その余裕、後悔するなよ?」


 大地を蹴り、疾走する。右手に闘気を集中させ、ラウルの振り下ろした剣を避けつつ、その懐に飛び込む。


 ラウルの余裕が生んだ、僅かな隙――その勝機、逃す手は無い。


「シャイニング……バースト!」


 先程の掌底、あれにシャイニング・ブラストを纏わせ、闘気による貫通力とともに、魔術による外的破壊力を付随させる――闘気を防いでも、魔術によるダメージは防げない。その逆もまた然り。


(ふっ飛べ……!)


 ラウルは、衝撃に耐え切れず吹き飛んだ。



 終わった、と思った。だが、吹っ飛んだラウルはゆっくりとではあるが、起き上がった。


「くっくっく……魔術と、闘気の技の融合とは……なかなか、思いつくものじゃない」


 とっておきの一撃だった。それを食らって、ラウルは立ち上がった。


「バケモノめ……!」

「バケモノ、か。まぁ、普通の肉体ではないから……ある意味では、正解かな?」


 肉体強化の何かしらを施された、ということか。それなら、人間離れした打たれ強さも納得が出来る。――受け入れがたいものだったが。


「俺をここまで楽しませてくれるとは……お前で二人目だ、俺にこんな楽しい戦いを与えてくれたのは。――だから……お礼に、今度は俺の『とっておき』をみせてやろう」

 そう言って笑ったラウルは、術式を構成した。その術式は、見たこともないものだった。しかしながら、その構成と練られている魔力から予想される威力は、恐ろしいものだった……。


(避けたら、ロイドが巻き込まれる……)


「これで終わりか、次があるか……さあ、お前は『どっち』だ?」


 ラウルの中で、魔力が膨れ上がる――。


「ヘル・フレイム」


 漆黒の業火が、シンに向かって膨れ上がる。その炎が到達する前に、シンは術式を構成し、展開する。


解呪ディスペル!」


 漆黒の炎が霧散する。――ギリギリで、間に合った。


「――解呪だと……? ヘル・フレイムを、解呪した?」


 呆然としているラウル。しかし、やがて笑い出した。


「この一瞬で、ヘル・フレイムの術式を見極めた? ……面白い、実に面白い!」


 笑い続けるラウル。


「相反する術式で魔術を無効化する――それが、解呪だ。魔術を扱えるものなら誰にだって扱える魔術、それが解呪だ」


 そう言って、ラウルは先程シンが放った技に用いた術式に相反する術式を一瞬展開し、消した。


(しっかり見られていたってことか……)


「だが、実戦ではそう簡単なことじゃない。何故なら、相手が魔術を使うその一瞬で、術式の構成を見極め、反する術式を構成しなければならないからだ。――それが、見たことも無い術式なら、尚更だ」


 そう、ラウルの言う通り、解呪はそこが問題だった。解呪というのは魔術の一種ではあるが、細かい区分に当てはめると『反魔術』というものに該当する。それは、『魔術』と対になるものであり、『現象』を引き起こす魔術に対して、それを打ち消すものが『反魔術』なのである。

 発動する魔術が何か分かっていれば、それに対して用いることは簡単であるが、何が使われるか分からない状態で解呪を使うことは出来ない。


「術式構成の速さと、術式を把握する能力……そのどちらもが優れていないと、出来ない芸当だ。俺も、何人もの魔術士と戦っているが……こうして実戦で扱う奴を見るのは、二人目だ」


 そう言って笑ったラウルは、魔剣を腰の鞘に収めた。


「良いものを見せてもらった。ここで楽しみを終わらせるのは、少々勿体無い」

「……見逃してくれるってことか?」

「そうだな……素手で俺をここまで楽しませてくれたんだ、万全の状態ならもっと俺を楽しませてくれるかもしれない。……そう思うと、『次』に期待したくなった」


 いきなり仕掛けてきておいて、何て言い草だ。そう思いつつも、ここで退いてくれるならありがたいというのが実情だった。


「次に会う時までに、しっかりと準備しておいてくれ。その時に、俺を楽しませることが出来なければ……その時は、すぐに死んでもらうぞ」


 何度も浴びた殺気。だが、今度のそれは、最も鋭く、シンの心臓を掴んだ。――奴は、本気だ。


「全力で抗え。そして、俺を楽しませてくれ――」


 そう言い残し、ラウルは驚異的な跳躍力で飛翔し、闇の中に消えていった。



☆ ☆ ☆



「大丈夫か、ロイド」

「死なない程度には、何とかな……」


 傷を見ると、血は止まっていた。


「ヒーリング・ライト」


 治癒の光で傷を癒やす。あくまでも術を受ける者の回復力を補助するだけなので、致命的な傷には使えない。今回は、深手ではなかったので間に合った。


「英雄の子孫が、あんなことになるなんて……」

「誰の子孫かなんてのは、関係ないさ。その時、そいつのいる環境と、そいつの本質で決まっちまうもんさ……」


 手当てを終えると、シンは立ち上がる。


「これから、どうするんだ……?」


 起き上がったロイドに尋ねられ、「さあ……どうするかな?」とつぶやく。


 ラウルとの差は、大きい。奴は戦いに慣れているように思えたし、強力な武器を持っている。そして、武器に頼らない己の力を持っている。対して、シンにはラウルのようなバケモノじみた肉体はなく、武器もない。


「差は、大きいな……」


 駆けつけてきた学校関係者達を見ながら、シンはため息をつく。


 どうやら、世界を滅ぼす前に……まずは生き延びねばならないようだった。


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