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第5話 闇に堕ちた英雄の血

 入学式当日のトラブル(?)はあったものの、シンはその後の学院での生活を順調に過ごしていた。浴びる視線が少々鬱陶しいものであったが、それも気にしなければ何も問題はない。


「さて、今日のお弁当は自信作なんだ」


 ――そう。たとえ、ありえない状況に陥っていたとしても、それを気にしなければ何も問題はないのだ。……きっと。


「シン、今日のサンドイッチは美味しいと思うの!」


 何故だろうか。静かに昼食を摂りたい昼休み、シンはほぼ毎日二人の女生徒に挟まれて中庭で時間を過ごすのが恒例となっていた。


「おい、また『英雄』さんが両手に華だぜ」

「良いねぇ、『英雄』さんは」


 聴こえていないとでも思っているのか、聴こえていても何もされないとでも思っているのか。二人の男子生徒がそんなことを言いながら横切って行く。


(今度会ったら、地味な嫌がらせしてやる……)


 心が狭いなんて思われたくない。世界はそのバランスを保つべきなのだ。だから、今不幸なシンの分、横で嘲笑っていたあの二人は不幸になるべきなのだ。そうあるべきだ。


「さぁ、私の手料理を堪能するんだ」


 リーゼロッテ――リーゼがそう言って右側からシンの口元にチキンソテーらしきものを運ぶ。


「今日のサンドイッチは、チキンとチーズが美味しいのよ!」


 やたら元気なマリアが、左側からサンドイッチをシンの口元に運ぶ。

 ちょっと待て。口はひとつしかない。


「弁当なら、いつも持ってきているって言ってるじゃないか……」


 そう言って辞退しようとすると、腕を掴んでリーゼが引き留める。


「成長期の男の子は、しっかりと食べないと駄目だよ」


 見た目以上の、柔らかい感触を身体に押し付けてリーゼがチキンソテーを食べさせようとする。それを見て、マリアが反対側からシンを引っ張り、サンドイッチを口に押し付ける。


「シンには私のサンドイッチがあるから大丈夫です!」

「おやおや、名家のご令嬢ともあろう君なのに、少々はしたなくはないかな?」


 苦笑するリーゼに、マリアは顔を赤らめる。口でリーゼに敵う人間は、少なくともこの学院内にはいない。それはシンもマリアも例外ではない。――その結果が、この状況なのだから。


「しかし、君と行動を共にして思ったが、君からは英雄的な何かをあまり感じないね」


 食後に保温ポットから紙コップに注いだお茶を飲みつつ、リーゼはそう言った。


「リーゼロッテ会長に比べれば、普通の人間でしょうね」

「駄目だよシン。私のことはリーゼと呼んでくれないと」


 関わってくるようになってわりとすぐに、リーゼロッテは自らのことを『リーゼ』と呼ぶよう、シンに求めた。それはマリアには求めず、その時から彼女は『シン』と呼ぶようになっていた。


「歴代の『英雄』の逸話などを集めると、常日頃からどことなく『英雄』らしさを感じさせる立ち居振る舞いが見られたとされているんだ。――でも、君はそうじゃない。まだ自覚がないからか、それとも他の理由があるのかな?」


 いたずらっぽく笑うリーゼ。こういう時、彼女は真剣に研究者として探求している訳ではないことを、この半月程で学んでいた。


「どうなんですかね。自覚がない、という点は否定しようがないですけれど」

「そこは否定しても良いんじゃないかな?」


 笑うリーゼ。


「でも、確かにシンは強いのに、あまり強そうに見えないんですよね」


 マリアの失礼な感想に「おいおい」と思ったが、それで自分が損する訳でもないので省エネのため、ツッコミは入れないでおく。


「達人の雰囲気、みたいなものを感じないということかな? ……ふむ、それは言えているかもしれないね」

「何というか、普段は可愛い猫さんが、アッという間にネズミに飛びかかる時くらい、差があるんですよねぇ……」


 例えに少々、気が抜ける。


「猫、か。それは良い例えだ。確かに猫っぽい」


 リーゼに、何故かウケている。


「そう、猫っぽいんですよ! 気まぐれですし……」


 何か言いたげなマリアの視線を無視し、空を仰ぐ。今日は良い天気だ。雲ひとつない。


「平和だな……」


 誰に言うでもなく、シンはそう呟いた。



☆ ☆ ☆



 午後の授業は戦闘系実技。実技は総合の授業と選択の授業があり、今日は選択授業である。シンは剣術の授業を選択していた。


 授業といっても、教えるというよりは『慣れろ』という側面が強く、基礎的な部分は教員から指導があるが、そこからは実技訓練による習得に重きが置かれる。


 何度目かの模擬戦。その相手を圧倒し、シンは休憩する。実際のところ、疲れるほどの動きはしていないが。


「シン・レイナード」


 声をかけられ振り向くと、そこにはロイドが立っていた。


「俺と勝負しろ!」


 これが始めてではない。毎回、この授業の時には挑まれている。その度に負かしているのだが、なかなか諦めてはくれなかった。


「そろそろ諦めてくれると、俺としては楽なんだが」

「諦めない限り、負けではない――クルム家の家訓だ!」


 また、それは面倒な家訓を残してくれたものだ。


「彼女を不幸にする君を、僕は黙って見過ごす訳にはいかない。――今度こそ、君を倒す!」

「……何の話だ?」


 頭が悪い訳ではないだろうに、たまに彼の言うことはよくわからない。


「まぁ、諦めてくれないんじゃ、やるしかないか……」


 ため息混じりに木剣を構える。両手で柄を握り、正眼に構える。オーソドックスな構えだ。ロイドも似たような構えを見せる。


「始めようか」


 シンの一言で、ロイドが跳びかかってくる。その速さは、この授業を受けている生徒の中ではずば抜けていると言っても良いだろう――もっとも、シンを除けば、だが。


 縦に振り下ろされるロイドの剣を、剣先でいなす。立ち位置を入れ替わるように彼の横をすり抜けると、振り向きざまに横薙ぎの一閃をお見舞いする――が、ロイドはそれを受け止めた。


「やるじゃないか」


 先日までだったら、これで決まっていた。


「何度も同じ手でやられてたまるか」


 そう、シンはこの手で何度もロイドを撃退してきた。分かっていても止められなかった、それが先日までのロイドなのだ。


(元々悪くなかったが、ここ数日で結構『伸びた』かな……?)


 シンはそんなことを考え、苦笑した。もしかしたら、エステルもこんな風にシンの相手をしているのだろうか、と。


「何がおかしい?」


 少しムッとしたように、ロイドが言う。


「いや、ちょっとした思い出し笑いだ。気にするな」

「そう言われても、何か気になるがな……」


 釈然としないままのようだが、気を取り直し剣を構えるロイド。シンもそれに応える。


 ロイドの打ち込みを、最小限の動きでさばく。徐々にその打ち込みに『キレ』が生まれるのを感じ、シンは内心楽しくなっていた。


(最初は退屈なだけかと思ったけど、案外楽しめそうだ)


 そんなことを思っていると突然、爆発音が聞こえる。


「何だ?」


 剣を止め、ロイドが爆発音のした方角を見る。


「事故か?」

「煙が上がっているぞ!」


 生徒達がざわつく。教員が「静かに! 状況を確認する」と、その場から離れる。

 そして、二度目の爆発音。


「シン・レイナード……今の、わかったか?」


 ロイドが、緊張した面持ちで尋ねてくる。


「ああ……あれは、魔術による爆発だ」


 爆発の瞬間、魔力を感じた。暴走や事故ではない、明確な破壊の意思を伴った魔術のように感じられた。


「テロか、それとも……」


 ロイドが、チラリとこちらを見てくる。――言いたいことは、よくわかる。


「どちらにせよ、厄介な状態だってのは変わらないな」


 面倒だったが、このままにしておく訳にもいかない。シンは木剣をその場に放ると、爆発のした方へ歩き出した。


「おい、何をする気だ?」


 慌てたようにロイドが制止する。


「関係あるにせよ無いにせよ、あれが終わらないと帰れないだろう?」

「まさか、止めるつもりか? 教員に任せておけば良いだろう、ここには優秀な戦闘技能を持った教員が多いのだから」


 ロイドの言葉に、シンは苦笑した。


「英雄だ何だと言っておいて、いざこういう事態になったら他人任せか?」


 その言葉に、ロイドが苦い顔をする。


「まぁ、己の未熟さを自覚しているというのは、大事なことさ。厄介なのは、己の未熟さを自覚しないで争いの中に飛び込む奴だと、俺の先生も言っていた。そのことを恥じる必要はないさ」


 それが嫌味にしかならないことをわかった上で、シンはロイドにそう言ってやる。ちょっとした仕返しのつもりだった。


「……だが、未熟でも、やらなければならない時は、やらなければならない。それが、剣を握った者の義務だ」


 そう言ったロイドの顔は、何かを決意した顔に見えた。

 やれやれ、困ったことだとシンはため息をつく。


「犬死には、何の意味もない。――勝手に死んだ奴が、満足するだけだ」

「満足するかどうかじゃない、そうあるべきだと、僕は言っているんだ!」


 胸ぐらを掴んでくるロイド。その必死な表情を見て、シンは「分かった、もう何も言わないさ」とロイドの手を退けた。


「勝手にしろ。俺は、俺の邪魔をする奴は全て排除する。それに巻き込まれて、文句を言うなよ?」

「自分の行動には、自分で責任を持つさ」


 そう告げるロイドに「邪魔だけはするなよ?」と言うと、シンは今度こそ爆発のした方向へ歩き出した。新たな爆発音が、そちらからは聞こえていた。



「どういうことだ、これは……」


 驚愕したロイドの言葉に、シンは内心で同意していた。そこには、倒れている数人の教員達がいた。


「学院の教員が、こんなにやられるなんて……相手は、いったいどういう奴なんだ?」


 その疑問はシンにもあった。これまで退けてきた何者か(組織?)の刺客と較べて、ここの教員達は劣るという程でもないと感じていた。シンにとってはそれほど強いと思えなくても、確かな実力を持った『戦士』達なのだ。――それが、呆気無くやられているのだから。


「その疑問は、すぐに解決しそうだな」


 シンの視線の先には、一人の少年が立っていた。十代後半くらいだろうか。シン達と、それ程年齢が離れているということはなさそうだった。


「学院の生徒じゃ、なさそうか……?」


 ロイドの呟きは、おそらく着ている服が学院の制服ではなく、上下とも漆黒の服だったからだろう。それだけでは学院の生徒ではないと断言はできないが、おそらく彼の希望的観測というやつなのだろう。


「シン・レイナードだな。……何やらオマケが付いているようだが」


 オマケ扱いされ、ロイドがムッとしたのを感じる。


「俺を知っているということは、学院の生徒かどこぞの刺客の二択ってところか? 随分と派手なご登場じゃないか」


 苦笑しながらそう言うと、少年は「地味なのは性に合わなくてね」と笑った。


「俺はラウル・クリューガー。お前を殺しに来た」


 少年――ラウルはそう言うと腰に提げていた剣を抜く。ひと目で業物とわかるような、漆黒に輝く剣だった。


「ラウル・クリューガーだって……? まさか、あのクリューガー家の?」


 何やら驚愕しているロイド。


「……どのクリューガー家だ?」


 思い浮かばずにそう言うと、ラウルは苦笑していた。


「オマケは気付いたようだが……しっかりと自己紹介しておこうか。俺は三番目の英雄、ミカエル・クリューガーの末裔、ラウル・クリューガー。魔剣を受け継ぎし者だ」


 そこまで言われて、思い出す。三番目の英雄、ミカエル・クリューガー――魔剣を操り、人々を苦しめた『魔王』を討ち取ったという、伝説の英雄だ。その子孫は代々、彼が使った魔剣を受け継いでいるという話をエステルから聞いていた。


「魔剣のクリューガー家、か」

「『十三番目の英雄』に知っていてもらえたとは、光栄だな」


 そう笑うラウル。彼がそのクリューガー家の子孫であるならば、おそらくではあるが、彼が構えるあの剣はその魔剣であるということになる。シンとしては、笑えなかった。


「魔剣てやつは、二通りある。魔力的な力を秘めたものと、曰くつきのものと。そいつは、どっちかな?」


 丸腰で戦うには、前者はありがたくなかった。その考えを読んだか、ラウルは笑いながら「どちらかな?」とはぐらかした。


(どちらにせよ、奴から感じる威圧感とあの剣の雰囲気……素手じゃ、厳しいかな?)


 苦笑する。笑えない状況だったが、笑うしかない。


「――シン・レイナード、ここは退くべきだ。死んでしまっては、何も成せない」


 ロイドはそう言うが、退かせてくれるような相手には思えない。背中を見せた瞬間、やられる――そう確信できた。


「悪いが、『あの日』から俺は、目の前の『壁』は、叩き壊す主義なんでね……」


 降りかかる火の粉は、払わねばならぬ――そうしなければ、何も守れない。


「シン、お前のことは色々調べさせてもらった。なかなか同情する生い立ちだが――俺に殺されて、その人生を終えてくれ」


 殺気。その顔は笑っているが、ラウルから感じる殺気は、心臓を掴まれているかのようだ。


(本気で、マズイかもな……)


 かつて英雄を支えた武器と、実力者が手を組んでしまったら厄介どころの話ではない。こちらに武器があれば、という問題ではないのだ。生半可な武器では、何の助けにもならない。


「英雄の子孫として恥ずかしくないのか、こんなことをして……!」


 ロイドの叫びにも似た問いを、ラウルは鼻で笑った。


「ミカエル・クリューガーは、俺ではない。クリューガー家もまた、俺ではない。――俺は、俺の望むままに生き、剣を振るう。何も恥ずべきことはない」

「お前は、狂ってる……」


 ロイドの言葉に、ラウルは「価値観の違いだな」と一蹴した。


「これまで、何人もの英雄が予言され、その都度、歴史に名を残した。だが、その中に『世界を変える』などと予言されたものはいない。――俺は、そんな『十三番目の英雄』を討ち、予言に無い世界を見てみたいのさ」

「勝手なことを言ってくれる……だったら、こんな回りくどいことをしないで、俺だけを狙えば良いだろう」


 そう、ラウルが教員達を相手にする必要はなかったのだ。シンを討ちたいというのであれば、シンだけを狙えば良い。だが、ラウルは無駄に暴れ、結果として教員達を相手にした。


「取って付けたような理由で誤魔化すなよ……アンタは、ただ暴れたいだけだろう? その力を使ってさ」


 そう指摘すると、ラウルは笑った――禍々しい笑顔で。


「なかなか賢いみたいだな、シン・レイナード。その賢い頭で、俺を楽しませることが出来るかな……?」


 片手で剣を構えるラウル。

 このままでは、やられる。そんな絶望的確信が、シンにはあった。


 二〇一四年、初投稿です。シンも大苦戦ですが、作者も大苦戦だったり(苦笑)。

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