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第4話 ライバル?

 リーゼロッテの考え通りなら、すでにこの世には『脅威』が存在していることになる。そして、それをシンは打ち倒すことで『古き世界』を終わらせる、と。


「倒すべき相手が、訳わからない存在というのは、ちょっと辛いですね」


 そう言って苦笑したシンに、リーゼロッテは「これまでの英雄に比べると、君は色々なところで苦労を強いられるな」と同情されてしまった。


「しかし、君が『英雄』であるのであれば、『古き世界』は人々のためにならない存在だと解釈することが出来るんだ。君には頑張ってもらう必要があるね」


「その『人々』が誰を指すのか、分からないですけれどもね」


 シンは自分が感じた疑問を口にした。それを聞いたリーゼロッテは「君は面白いところに注目したね」と嬉しそうに笑う。


「私は素直に、一般大衆がその『人々』に当たると考えている。これまでの『英雄』と同じ立場であれば、という前提でね。しかし、それに根拠はない。だから、君が言うように、誰にとっての『英雄』か、というのは実は重要なことだね」


「……リーゼロッテ会長は、シンのことを、どうお考えですか?」


 それまで黙っていたマリアが、不意に口を挟む。その顔は、真剣だった。

 尋ねられたリーゼロッテはマリアの顔を見ると微笑み、彼女の頭に手を置いた。


「そんなに怖い顔をしなくても良いよ。私は、少なくとも彼に害を及ぼす者ではない。それだけは信じてもらって良い」


「『それだけは』、とは?」

「ふふふ……好きなんだね、彼のことが」


 突然のリーゼロッテの言葉に、マリアは「ふぇっ……!」と、妙な声を出した。


「わ、わたしは……!」


 慌てるマリアを、リーゼロッテは「よしよし」と宥める。……何だ、これ?


「まぁ、害は及ぼさないけれど、完全に味方という訳でも無い、ということだよ。研究者として、私は物事を正しく、公平に見なければならない。つまりは、そういうことさ」


 そう言って笑うリーゼロッテを見て、シンは彼女のことを少しだけ信頼してみようと思った。敵ではないが、味方でもない――そうハッキリと言う彼女のことを、シンは好ましいと思ったのだ。


「話が脱線したね。話を戻すけれども、私は君の考え方というか……思考が予言には配慮されているのではないか、と考えているんだ。つまり、君がどういう方向に歩いていくか、予言はそこまで含んだものである、とね」

「俺の思考、ですか?」


 リーゼロッテは頷いた。


「君が、世界を滅ぼすほどに何もかもを恨む人間であれば……君のことは、『魔王』として予言されていたんじゃないかな。しかし、私が得ている限りでの君の情報から判断すると、君はそういうタイプではない」

「母親を殺した奴をこの手で殺した奴が、ですか?」


 マリアが息を呑んだ気配を感じる。リーゼロッテの反応を伺うと、彼女は「ほぅ……」と、微かに驚いたものの、すぐに微笑んだ。


「それは手元に無かった情報だね。……だけど、許容範囲内だ。私の考えに変わりはない」

「何故?」

「君は、目の前の現実を変えるためには何をすべきかを考える人間だから、だよ」


 微笑んでいるリーゼロッテ。その顔が、少しだけ腹立たしい。何故そう思うのか、よくわからないが、とにかく腹立たしく感じた。


「貴方が推測する『シン・レイナード』という『英雄』は、理不尽に母を殺され、殺した相手を惨殺し、その現実ってのを変えるために世界を救う、と? ――お伽話の『英雄』ですね、まさに」


 自嘲気味に笑うと、マリアが袖を引っ張った。――彼女は、泣きそうな顔をしていた。


「何でお前が泣きそうになってるんだよ……」

「だって……」


 昔は――母が死ぬまでは、マリアの泣きそうな顔なんて、見たことがなかった。あの時から、シンは彼女の笑顔よりも、泣きそうな顔を見ていることの方が多いように思える。


(きっと、俺がそうさせているんだろうな……)


 分かっているのだ。それが、八つ当たりのようなものだと。彼女は何も悪くない。ただ、巡り合わせのようなものが、あまりにも悪すぎた。――いや、そう理由づけて、シンが彼女から逃げているだけなのだ。


 あの時、傷付けてしまった、彼女に……シンは、もう素直に彼女を見ることができなくなっていた。


「まぁ、今日はこのくらいにしておこうか。ゆっくりする訳にもいかないが、焦ったからといって上手くいくものでもないしね」


 そう言って「それじゃあ、また日を改めるよ」と去ろうとするリーゼロッテを、シンは「待ってください」と呼び止めた。


「俺は、『英雄』になると思いますか?」


 シンの問いは、今更なものだったのかもしれない。予言はその誕生を予期し、占いによってシンを『十三番目の英雄』であると確定させたのだ。『英雄』になること、それがシンの運命の筈なのだから。それでも、聞きたくなってしまったのだ――彼のことを、新しい視点で見てくれる人物に。


「……それが君の望む姿かは分からない。でも、君は『英雄』になると、私は考えているよ。『英雄』に関する予言は外れたことがないしね。それに――」


 そこで言葉を切り、リーゼロッテは苦笑した。


「君は……君の心は、間違いなく『英雄』のものだよ。私は、それを知っている」


 リーゼロッテの言葉に引っかかりを覚えるが、そのまま「それでは、また」と去っていく彼女を、シンは止めることが出来なかった。止める言葉が、今のシンには無かった。



☆ ☆ ☆



「今日は、入学祝いをしようとお父様が言っていたわ。……来て、くれるかな?」


 そろそろ帰ろうと、その場を離れようとするとマリアが不安げな表情で尋ねてくる。


(何がそんなに、不安なんだよ……)


 イライラする気持ちに蓋をし、とりあえず今夜は特に予定がないことを思い出す。ジェラルドからの誘いであれば、断らない方が良いだろう。


「特に予定はないな。お伺いすると、ジェラルドさんに伝えてくれ」

「うん!」


 急に元気に頷くマリア。どうにも調子が狂う。


「シン・レイナードだな!」


 突然、大声で呼び止められる。その声に聞き覚えはなく、振り向いて顔を見るが、見覚えもなかった。

 金髪碧眼、細身の長身――シンよりは、背は高そうだ。制服姿から、学院の新入生男子だろうとは予想できたが、それ以上の情報は得られない。


「今日は一体何なんだ……」


 やれやれ、とため息を吐く。リーゼロッテの件で疲れているのに、今度は何だと言うのだろうか?


「ロイド君」

「……知り合いか?」


 そうマリアに尋ねると、彼女は頷く。


「中等学校の同級生よ。とても優秀で、剣術部の部長をしていたの」

「学業成績では君には敵わなかったけれどね、マリアさん。――先に自己紹介をちゃんとしておこう。僕の名前はロイド・クルム。『四番目の英雄』、セバスチャン・クルムの血を引き継ぎし一族の者だ」


 そう名乗った彼――ロイドは、全身に自信を漲らせているかのような立ち姿でシンを睨んでいた。


「悪いが、初対面で合っているよな?」


 一応、確認する。


「ああ。こうして会うのは初めてだ」

「だったら、何の用だ? アンタにそうやって睨まれる覚えは、特に無いんだけどな」


 苦笑しながらそう告げると、ロイドは「覚えはない、か」と苦笑した。


「『十三番目の英雄』というのは、ひとつの恨まれる理由にならないかな?」

「――それは、随分と勝手な理由だな」


 中等学校で優秀だったとマリアは言うが、かなり猪突猛進タイプの人間に見える。知識と理性は、イコールではないということだろうか?


「まぁ、僕もそれだけで君を排除しようなんて、馬鹿なことは考えないさ」


 そう言いながらロイドは歩みを進め、シンとマリアの間に割って入る形で立ち止まった。


「……で?」


 話を促すと、ロイドは「やれやれ……」とため息を吐いた。


「君の存在は、マリアさんを不幸にする。それが、僕には許し難いね」


 一瞬、呆然としてしまう。……何を言い出すかと思えば。


「――それで、俺にどうしろと?」

「彼女から離れろ。そして、二度と関わるな」


 まるで、エステルが大好きな恋愛小説の修羅場のようだ。違うとすれば、登場人物の内の一人は、この状況を真剣に捉えていない、ということだろうか。


「アンタに指図されることじゃないな。俺は、利用できるものは全て利用する――そう、決めたんだ」


 シンの言葉に、ロイドがあからさまに不快そうな顔をする。


「――彼女を、利用するつもりか?」

「必要ならな」


 ――嘘じゃ、ない。シンが、この馬鹿げた世界と戦うために必要であれば、何でも利用する。『英雄』として予言されてはいるが、自らの力だけで世界をひっくり返せるだけの何かが出来るなんて、思ってはいない。だから、利用できるものは利用する……それが、シンの決意のひとつだ。


「……君は、彼女の側に居るべきじゃない」


 ロイドから、闘志を感じる。シンを倒そうという、明白な『敵意』。隠そうとしないその『敵意』に、シンは思わず苦笑してしまう。


「……何が、おかしい?」

「いや……アンタ、素直な良い奴なんだな」


 そう言うと、馬鹿にされたとでも思ったのか、ロイドは不快そうな表情をみせた。


「本当に君が『英雄』であれば、それを人々に証明してみせろ。『呪われた英雄』ではなく、人々を救う『真の英雄』として」

「随分と無茶なことを要求されている気がするな」


 そういえば、『狂信者の人間証明』という昔話があったが、まさにあれだ。狂った狂信者であるとされた男が、人々に理性のある人間であると証明せよと迫られる。様々な方法で自分が狂信者ではない、と証明しようとするが、男の言葉を信じる者は誰一人としていなかった。


「まるで、『狂信者の人間証明』だな。……負けが見えている戦は、やりたくないね」


 苦笑しながらそう言う。


「『英雄』の血を引いているからって、アンタが正しい人間であるという証明にはならない――アンタが正しいと、俺に証明してくれよ」


 シンの皮肉に、ロイドは何かを言いかけたが、口をつぐんだ。


(何かしらの罵倒が口から出かけたが、それを理性で抑えた、ってところか? 意外と冷静な奴だな)


 最初の印象を改め、シンはロイドに対する評価を変更した。だからと言って、オトモダチになりたいとは思わなかったが。


「君は、これからどうするつもりだ?」

「――どうする、とは?」

「『十三番目の英雄』は、予言のせいで恐れる人が多い。君という存在がこの世にあるという、その事実が世界の終りを約束していると解釈できるんだからね」


 ――また、その話か。シンは、あからさまにため息を吐く。


「『英雄』に滅ぼされる世界なんか、ろくなもんじゃないだろう。――だったら、そんな世界、滅んでしまえば良い」

「……本気で、言ってるのか?」

「シン……」


 唖然としているロイドと、その後で不安げな顔をしているマリア。……あぁ、もううんざりだ。


「俺にとってこの世界は、狂ったものにしか見えない。だったら、俺がこの手でぶっ壊しても良いと思っている。――この答えで、満足か?」


 吐き捨てるようにそう言ってやると、ロイドは一瞬呆然としていたが、慌てて「しょ、正気か?」と聞き返してきた。


「正気か狂ってるかは、もう自分ではわからないさ。『十三番目の英雄』であると決めつけられて、母親を殺されて、自分も殺されそうになった。――どこかで、狂ってしまったかもしれないな。……でも、それは俺にはわからないし、どうでも良いことだ」


 そう、どうでも良い。


「俺は、予言とは関係なく、この世界を変えてやる。……あぁ、そういうことか」


 話しているうちに、シンはあることに気がついた。


「俺が滅ぼそうとしているのが、『古き世界』なのかもな。そして、俺が世界を変える――それが、『古き世界の終わり』だ」

「――つまり、やはり君が世界を滅ぼす、と?」


 戸惑っているのか――浮かない顔でそう尋ねてくるロイド。その問いに、シンは肯定の意味を込めて首を縦に振る。


「それが『英雄』という肩書きに相応しいかどうかは、知らないけどな。でも、そう考えれば確かに俺は、世界を滅ぼすことになる。……それが『魔王』だと言うのであれば、そうなんだろうな」


 自嘲気味に笑う。考えれば簡単な事だった。母の命を奪われたあの日、シンは世界を憎んだ。自分を産み、そして庇ったというそれだけの理由で命を奪われた母。そうした世界を、シンは認めなかった。そして、壊してやりたいと思ったのだ。


「シンは、『魔王』なんかじゃないわ!」

「マリアさん……」


 ロイドを突き飛ばし、シンに抱きついたマリア。彼女は、泣いていた。


「シンは、優しい人よ。優しくて、いじわるで……そして、本当は弱い人よ」


(……俺が、弱い?)


 マリアの言葉に、シンは困惑した。この数年で、シンは戦う力を身につけた。エステルの修行に耐え、戦いに勝ち、生き抜くための術を学んだのだ。それが、弱い?


「本当のシンは、戦いなんてしない人よ。本が好きで、居眠りが好きで……一人ぼっちが寂しい、そういう人。世界を滅ぼす『魔王』なんかじゃ、ない!」


 そう言って、ロイドの方を見るマリア。その表情は、抱きつかれているシンからは分からなかった。


「マ、マリアさん……」


 何やらショックを受けているロイド。しばし辛そうな顔をしていたが、やがてシンを睨みつけると、「僕は君を認めない!」と叫びだした。


「君は、彼女を不幸にする! そして、世界をも、だ! ――だが、僕がそんなことはさせない!」


 そう力説すると、ロイドは背を向けた。


「君が世界を滅ぼすというのなら、僕が世界を救ってみせる――クルムの血に誓って!」


 暑苦しくそう宣言すると、ロイドは走りだした。


「……何だったんだ?」


 妙なもやもや感が、胸の中にある。胸をさすろうとした時、シンは自らを抱きしめているマリアを意識した。


「あの、マリア……」


 声をかけると、マリアは慌てて離れ、ハンカチで涙を拭いた。


「ご、ごめんなさい!」

「いや、良いんだけど……」


 それ以上、言葉は出ない。こういう時、何を言えば良いのだろうか?


「『あぁ、マリア! 心配かけてゴメンよ! 僕が愛しているのは君さ!』と言って、抱きしめてあげれば満点よね」


 突然の声に、シンは慌てて振り向く。


「せ、先生!」

「青春よね~。甘酸っぱいわぁ」


 笑っているエステル。どうやら、先程のトラブルは見られていたらしい。


「先生、どこから見ていたんですか?」

「ん~? 全部、かな」


 どうやら、最初から眺めていて、それで声をかけずにいたらしい。


「教え子を助けてやろうとか、そういう優しさはないんですかね?」

「あると思う?」

「……聞いた俺が馬鹿でした」


 そうだ、エステルなら「面白いことが始まったわね!」と、喜んで眺めるに決まっている。聞く方が、馬鹿だ。


「それにしても、面白いことになったわね」

「何がです?」

「あの『四番目の英雄』の血族と、『十三番目の英雄』がライバルなんてね。これは物語としては、ちょっとした注目点じゃないかしら?」


 面白そうなエステル。


「あの、シンとロイド君がライバルって……?」


 マリアが、おずおずと尋ねる。


「決まってるじゃない、恋のライバルのことよ!」


 シンは、天を仰いだ。


 おそらく、年内最後の更新です。年始は少々忙しいので、次の更新は四日か五日くらいですかね……。年内にもう一話くらい、更新したかったところですが。

 まだまだよちよち歩きですが、楽しみながら完結まで頑張りたいと思います。

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