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第3話 予言を探求する者

 四の月。レイナード皇国は春。そして、シン・レイナードが久しぶりに生徒として学校に通い始める時でもある。


「本当に来るんですか?」


 いそいそとお洒落をしているエステルに、思わず言ってしまう。美しいが、決して華美ではない黒いドレス。やや身体のラインが出過ぎに思えたが、本人は気にしていないらしい。

 一方のシンはというと、学院の制服に身を包んでいる。やや濃い目の青で彩られた制服は詰襟タイプで、見た目の印象としてはやや硬いように思えた。しかしながら、制服なんてものはそれで良いのだろう。


「保護者として、当然だろう。法律上は結婚できる年齢になったかもしれないが、お前はまだまだ子供だ。大人として、しっかり見守らないとな」


 そう言って笑うエステルだが、きっと本心では「お前が学校におとなしく通うのが見てみたいからな」と思っているだろう。きっとそうに違いない。


「大人しくしていてくださいよ?」

「……お前は私を何だと思っているんだ?」


 本気で不満そうなので、この話題はやめておこうと思ったシンであった。触らぬ魔神に災い無し、である。


「お前は頭が良いから座学は問題無いだろうし、実技もそこいらのガキンチョには、負けないだろう。学校生活ってやつを、楽しんでこい」

「油断は敗北の要因である、ってことわざもありますけどね」

「あ~……そこは心配だよなぁ」


 本気で心配そうなエステル。流石にこれには腹が立つ。


「そこまで心配になりますか?」

「だって、お前は意外な所でおっちょこちょいだからなぁ……これだけは絶対に食うなよ、と言った毒キノコに手を出そうとした時には、流石になぁ……」

「あれは、先生がずっと飯を食わせてくれなかったからでしょうが!」


 不慮の事故でエステルの着替えを覗いてしまったことから、彼女は三日間、シンに食事を与えなかった。「食いたければ、自分の力で採ってくるんだな」と言われ、山に置いて行かれたのは嫌な思い出である。……まぁ、実際はこっそりと見守っていたらしいのだが。


「自業自得だろう? ……おっと、そろそろ時間だ」


 壁にかけてある時計を見ると、針は七時半を指していた。約束では、ここにフォートラン家の馬車が迎えに来ることになっている。

 シンとしては気が進まなかったが、ジェラルドの強い意向に押し切られる形になってしまった。おそらく、馬車にはマリアが居るはずだ。


「来たみたいね」


 家の前で待っていると、立派な白馬に引かれた馬車がこちらへと向かってくる。華美ではないものの、上品な装飾が施されたその場車は、紛れも無くフォートラン家の馬車だった。


「お待たせいたしました、エステル様にシン様」


 御者台に居たのはフォートラン家の若きメイド、レミリア・レンストンだった。シンと同じ黒髪ということで話しかけてきて以来、何故か彼女はシンによく声をかけるようになったのを覚えている。歳は、シンの二つ上と言っていたから今年で十八になるのだろう。


「お久しぶりですね、シン様」


 そう言って微笑むレミリアに「そうだね」と答えると、エステルが肘で脇腹をつついてくる。


「何ですか?」

「フォートラン家のメイドに手を出すなんて、アンタも命知らずね」


 エステルがニヤニヤしながら言うので「ただの黒髪仲間ですよ」と返す。――黒髪仲間って、何だ? と、自分で疑問に思ったが気にしないでおく。


「シン、エステル様。馬車にお乗りください」


 レミリアが馬車の扉を開けると、中からマリアが声をかけてきた。マリアも学院の制服に身を包んでおり、彼女は女生徒ということで同じ色だが、ブレザーにスカートという姿だった。


「お乗りください。出発いたします」


 レミリアに促され乗り込むと、程なくして馬車は出発した。


「マリアちゃんが学院に進むなんてね……まさか私の後輩になるとは思わなかったよ」


 そう言って笑うエステル。そう、彼女はシン達が入学するクライン高等学院の卒業生なのだ。


「色々教えていただけると助かります」


 そう言うマリアに「でも、先生が卒業したのはかなり昔だからなぁ」とつぶやくと、思いっきり足を踏まれた。……せっかくの新品の革靴が、早速汚れてしまった。


「マリアちゃん、この馬鹿みたいに余計なことは口にしないこと。それが上手く学校生活を送る基本よ。……まぁ、マリアちゃんなら心配ないとは思うけれど」

「き、気をつけます……」


 エステルの笑顔に何かを感じたのか、マリアは引きつった笑いを浮かべていた。



 クライン高等学院はローグ中央に位置し、大きな敷地内に多数の施設を有する、レイナード皇国最大の教育機関である。

 カリキュラムは通常の高等学校とは異なり七年制となっており、三年間の高等カリキュラム(高等部)と四年間の大学カリキュラム(大学部)の一貫性教育となっている。途中退学した場合は三年を超えていれば高等学校卒業資格と同等の高等カリキュラム修了証が与えられるということだが、エステルの話では殆どが卒業まで在学するため、滅多に発行されないものらしい。


「懐かしいね、我が愛しの学舎」


 感慨深げなエステル。ジェラルドに聞いた話では、彼女はクライン高等学院を主席で卒業したらしい。本人はその辺りをあまり語らないのだが、本人から聞くよりは真実味があったのは、何故だろうか。


「高等部の式典場は向こうだったかな。入口で受付しているから、受付の人に入学式案内状を見せてね」

「わかりました」

「先生は、どうするんですか?」


 式までは、まだ時間がある。


「ちょっと学院内を見てくるわ。懐かしいからね」


 そう言うと手を振ってどこかへと歩き出してしまった。……まぁ、シンに迷惑をかけないのであれば、勝手にしてもらうのが一番楽だろう。


「行きましょう、シン」


 マリアに促され、「やれやれ……」とため息混じりに歩き出す。エステルの勧めで進学したものの、どうにも気乗りしなかった。入学式なんてものも、正直なところ欠席したいのが嘘偽り無いシンの本音だった。


(『お偉いさん』の有難くない言葉なんて、聞くだけ時間の無駄だと思うけどね)


 そんなことを思いながら歩いていると、ヒソヒソとこちらを見て喋っている集団がいるのに気が付く。学院内に入ってからずっと見られている感じはあったが、どうやら自意識過剰という訳では無かったようである。


「――あれが……」

「――マリアさんが一緒にいるということは、やっぱり……」

「――何であんな奴が……」


 ――どうやら、シンに対するマイナスな話のようである。


「またか……」


 慣れ親しんだ視線と言葉だ。また、繰り返されるらしい。


「まぁ、今更だよな」


 初めてのことではない。それを悲しむほど、もう子供ではないつもりだ。


「気にしたら駄目よ、シン」


 落ち込んでいるとでも思ったのか、マリアがそう言って慰めてくる。

 ――余計なお世話だ。


「気にするものでもないさ――今更、な」


 そう言って笑ってやる。よく分からない『脅威』とやらと戦う運命にあると言われているのだ、たかが子供の陰口でダメージを受けていてどうする?


「アホらし……ほら、さっさと行くぞ」

「あ、待ってよ!」


 さっさと受付を済ませて、さっさと式を終えて、さっさと帰りたかった。



 予想通りの『卒業生で政治家の偉い先生』からの『有り難いお話』とやらを延々と聞かされる式を終え、シン達新入生はクラス分けされた教室に向かった。


「同じクラスで良かったね、シン」


 何故か嬉しそうなマリアに「そうか?」と返す。フォートラン家の圧力でもあったか、と勘繰るが……勘繰っても仕方ないことだと思い、諦める。


 クラス担任がやって来ると、各自の自己紹介が行われた訳だが……そこで、シンが自己紹介すると、微妙な反応を示した生徒が何人かいた。――有名人は、辛いね。


 翌日以降のスケジュールを確認すると、今日は解散となった。そうとなれば長居する必要はない。シンはさっさと帰ろうと鞄を手に席を立つ。慌ててマリアが付いてこようとするが、待たずに教室から出ようとする。


「シン・レイナード君はいるかな?」


 帰ろうとしたところを、入口で眼鏡をかけた銀髪の女生徒に声をかけられる。


「彼なら帰りましたよ」


 面倒臭い予感がしたので、とぼけて横を通り抜ける。面倒事に自ら突っ込むのは、馬鹿のすることだ。

 と、後ろから上着の裾を掴まれる。


「嘘はいけないな、シン・レイナード君」

「人違いですよ」


 そう言って掴んでいる女生徒の手を振り払おうとしたが、今度は回りこまれた。


「嘘はいけないな、嘘は」


 うわぁ、面倒臭い……そう思いつつ、シンは女生徒のネクタイが赤、黄、青の三色のうち、赤のラインが入ったものであることに気が付く。赤ラインは三年であることを示し、四年以上になると金で縁取られたラインになる。女子はネクタイに、男子は制服の袖にラインが入る。ちなみに、シン達一年は青ラインだ。


 ラインは入学年度で固定され、シン達が進級しても黄色にはならず、青のままである。ネクタイはともかく、制服を年度ごとに直すのは無駄である。

 四年以上は制服を仕立て直すため(若干、デザインが異なる)、男女ともに新しい制服になる。さすがに同じ制服で四年目はどうか、ということなのだろう。ちなみに色は緑が追加される。


「三年の先輩が、何の御用でしょうか?」

「やっぱりシン・レイナード君じゃないか」


(面倒臭い人間に絡まれたな……)


 瞬間的に受けた印象では、この女生徒はエステルに近いタイプだ。――つまり、扱いを間違えると大怪我をする。


「はいはい、俺がシン・レイナードですよ……で、何の御用でしょうか?」

「最初から素直になれば良いのに」


 話が進まない。


「暇じゃないんで、さっさと用件をお話していただけますか? 何も無ければ帰らせていただきます」


 横を通り抜けようとすると、今度は腕を掴まれる。


「――あ、あの!」

「何だね?」


 マリアに声をかけられ、女生徒が彼女の方を見る。


「シン、嫌がってます」


 ……まぁ、その通りなのだが、彼女に主張されてもそれは何か変な感じがするのは気のせいじゃない筈だ。


「君は……たしか、マリア・フォートランさん、だね? お父上にはお世話になっているよ」

「父を知っているのですか?」

「ジェラルド氏には、私の研究のバックアップをして頂いている。とてもお世話になっていると言えるね」

「そのジェラルドさんのお知り合いが、何の御用でしょうかね? というか、まだ名前も聞いていないんですけどね」


 少し刺々しく(まぁ、面倒臭かったからだが)言うと、女生徒は「おぉ、これは失礼した」と謝罪した。


「私は高等部生徒自治会、会長を務めているリーゼロッテ・ハルトマン。ハルトマン家二番目の子にして、『知識の迷宮』の番人さ」


「貴方があの、リーゼロッテ会長!」


 マリアが驚いている。どうやら、名前は聞いたことがあるらしい。


(『知識の迷宮』ってのは、何だ?)


 ハルトマン家の名前は、聞いたことがある。確か侯爵家で、フォートラン家と同じく有名な家だ。現当主はたしか、内務大臣だった筈だが。


「それで、その会長さんが何の御用ですか?」

「君に、私の研究を手伝ってもらいに来た!」

「……はぁ?」


 この人は人の話を聞かないばかりか、相手のペースを気にせず話をする癖があるようだ。


「おっと、話を急ぎすぎてしまったね。私としたことが、少々浮かれているようだ」


 浮かれているとこうなるのか?


「私はね、『十三番目の英雄』の研究をしているんだ。そこで、君に協力してもらいたいんだよ」


 マリアが「む……」と変な声を出す。少々、顔が険しいのは気のせいか?

 場所を移し、三人は中庭のベンチに座った。辺りに人はいない。


「一応、ジェラルド氏には打診して、許可をもらっている。……といっても、『彼が良いと言うのであれば、それを止める権利は私にはない』という言葉を貰っただけだがね。どうかな、これは君にとっても良い話だと思うんだ」


 目を輝かせて話すリーゼロッテ。エステルが自慢話を始めてなかなか寝かせてくれなかった時のことを、何故か思い出した。


「研究といっても、いったい何を研究しているんです?」


 シンはジェラルドが「これは受け売りだが――」と前置きして話をしていたことを思い出す。もしかすると、あれはリーゼロッテから聞いたのだろうか?


「君は、あの予言に不自然さを感じなかったかい? あの、文言に……」


 シンの予想は、どうやら当たりのようだ。


「世界を破滅に導く筈の者が、何故『英雄』とされているのか……ですか?」


 そう答えると、リーゼロッテは「話が早くて助かるね」と笑った。


「『十三番目の英雄が現れる時、世界は混乱し、古き世界は終わりを告げるであろう――』、この予言は『十三番目の英雄』の誕生の予期と、『古き世界』の終わりを告げている。そのまま素直に読んでしまえば『十三番目の英雄』が『古き世界』を終わらせる、と読めなくも無い。そして、所謂『魔王派』は、これが『十三番目の英雄』が世界を破滅に導くと読み解いた訳だ」


 それは何度も聞いた話だ。だからこそ、世界を破滅に導く前にシンを殺してしまえば良いと、『魔王派』の過激派は確信している訳だ。


「しかし、この説には矛盾がある――先程、君が言ったようにね」


 そう、何故『魔王』ではないのかという謎。


「私はね、やはり『英雄』だからであると主張している。そして、予言された『世界の混乱』というのは、まさしく『今』ではないか、とね」

「確かに、『何も成していない英雄』を殺そうと街中で襲ってくる辺り、混乱していると言えば、言えますね」


 ため息が出る。初耳だったのか、それを聞いてマリアが「え!」と驚いていた。


「それはまた、大胆だね。……と、まぁそんな感じで私は解釈していて、君が『古き世界』というのを終わらせる、と考えている」

「『古き世界』、ねぇ……?」


 それが何を示しているのか。今あるこの世界のことなのか、それとも何かの暗示なのか……。


「そして、ここからが重要だ。『古き世界』こそ、『十三番目の英雄』が倒すべき『脅威』ではないのかな? そして、それはもう、この世界に存在しているんだ……」


 そう言って不敵に微笑むリーゼロッテに、シンは言葉を失った――『脅威』が、『古き世界』? そのとんでもない考えに、シンは否定も肯定もできず、ただ呆然としてしまった。


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