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第2話 『十三番目の英雄』の予言

 フォートラン家。レイナード皇国でかなりの力を持つ貴族で、現在のシンの身元保証人にはフォートラン家現当主、ジェラルド・フォートラン伯爵がなっている。その邸宅はローグ東端にあり、その白き邸宅が『白の宮殿』と呼ばれていることを、世間話とは縁が無かったシンでも知っている。


「相変わらずデカイ屋敷だな」


 シンの腕を抱えたまま、エステルが呆れる。


「まぁ、皇国でそれなりに力を持つフォートラン家ですから……」


 これでローグの隣接地にフォートラン領を持ち、そこに別邸があるのだから貴族というものは、庶民のシンには理解し難い階級である。


「お待たせいたしました、エステル様にシン様」


 門で待たされた二人を迎えに来たのは、銀髪長身痩躯の青年。フォートラン家の執事長、ユーリ・ハルトマンだった。


「シン様、大きくなられましたな……」

「まぁ、約三年も経てば」


 シンは、あまりユーリが得意ではない。苦手、という程でもないのだが、その蒼い瞳で見られると落ち着かないのだ。――まるで、全てを見透かされるようで。


「今日はお二人のご帰還と聞いておりましたので、フォートラン家の皆様がお揃いでございます」


 シンは内心で「げっ……」と思った。それを見透かされたか、ユーリとエステルは苦笑していた。――そんなにわかりやすいのだろうか?



 ユーリの案内で――三ヶ月程住んでいたので分からない訳ではないが――大広間に通され、二人はフォートラン家に迎えられた。


「無事に帰ってきてくれて嬉しいぞ、シン」


 そう言ってシンを抱きしめたのは、現当主であるジェラルドだった。元騎士、現防衛大臣であるジェラルドは今でも肉体を鍛えており、その力は本人が意図する以上に強かった。――具体的に言うと、馬鹿力だった。


「ジェラルドさん、痛いです」

「おぉ、すまんすまん!」


 わはは、やってしまったわ! と豪快に笑うジェラルド。それを「困った人ね」と笑っている彼の妻――年齢不詳とまで言われてしまう若さを保つ淑女、マリエル・フォートラン。失礼だとは思うが、女神に魔獣ということわざがピッタリな夫婦だ。


「久しぶりね、シン……」


 ――そして。


「……そうだな」


 金髪碧眼の、白いドレスが眩しい少女。いくらか大人びてはいたが、忘れもしないその面影。――マリア・フォートランだった。


「マリアちゃん、また綺麗になったわね」

「そんな、エステルさんには敵いません」


 たしかに、エステルは性格さえ無視すれば、引く手あまたであろう容姿ではある。


「シン」

「すみませんでした」


 そろそろ、シンの脳内を覗ける魔道具でも使ってはいないか? という疑問を確かめたいところである。


「元気そうで何よりだ。修業の成果というのを、あとで見せてもらいたいな」


 そう言うのはフォートラン家の跡取りにしてマリアの兄、レオンだった。王立騎士団の騎士として、エステルに学んだシンの剣術が気になるといったところか。


「騎士様に敵うような腕前では、ありませんよ」


 はぐらかしてそう答えると、レオンは「まぁ、暇な時に手合わせを頼むよ」と苦笑していた。人が良さそうなところは相変わらず、といったところか。


「さて、あらためて無事に帰ってきてくれたことを嬉しく思うぞ、シン」


 テーブルを囲み、シン達はユーリが淹れてくれたお茶を飲む。流石、フォートラン家の執事長。シンが淹れるお茶とは――茶葉の質も違うだろうが――段違いである。


「心苦しいですが、また何かとご迷惑をお掛けすると思います」


 現実を見れば、ここでフォートラン家の力を借りないのは無謀と言えた。シンとしては悔しいが、フォートラン家を頼らざるをえないのが現状であった。


「私は、君をもう一人の息子だと思っている。そんなに遠慮しないでくれ」


 飲んでいたお茶を吹き出しそうになるのを、どうにか堪える。何を言い出すんだ、この人は。


「父上、それは名案だ。私も弟が欲しかったのですよ」


 何故か変な方向に話題に乗るレオン。――待て待て、何の話だ?


「おぉ、レオンもそう思うか! マリエルはどうだ?」


 常識人(の筈)のマリエルを、期待を込めて見るシン。


「シン君が息子なら良いですわね。私も、シン君のような息子が欲しいと思いますわ」


 おぉ、ここに常識人はいなかったようだ。


「マリアも十六だ、すぐに結婚できる。……どうだろう、シン」


 どうだろう、じゃないだろう。

 たしかにレイナード皇国では十五歳から結婚が可能だが、そういう話じゃない……!


「お、お父様……!」


 マリアが慌てる。まぁ、勝手に自分の結婚相手を決められては、そうなるだろう。


「何だ、マリアはシンでは不満かね?」

「いえ、そんな、不満なんてこれっぽっちもありませんがしかしですね……!」


 顔を真赤にしながらマリアは手をバタバタさせていた。……子供か? 彼女の子供っぽいところは変わっていないようである。


「シン、君はどうだね? マリアは我が娘ながら、母親に似て美人に育っている。頭もなかなか良いし、良き妻になれると思うのだが……」


 ここでどう答えろと? ペースを乱され(いや、最初からこちらのペースなど皆無だったが)困っていると、エステルが苦笑していた。


「まぁまぁ、ジェラルドさん。城壁脆ければ城が沈む、と言うではありませんか。急ぎ過ぎる必要はないでしょう」


 エステルにそう言われ、ジェラルドは「それもそうか」と、浮いていた腰を椅子に落ち着けた。


「まぁ、この話は追々するとして」


 するのか。


「まずは、クライン高等学院への入学試験合格、おめでとう」

「ありがとうございます。試験費用その他、ご支援に感謝しています」


 十番目の英雄、クライン・ワイズマンの設立した武術と魔術を学べる学校。それがクライン高等学院だ。シンはこの春、そこへと入学する。


「しかし……入学試験の時に、我が家に帰ってきてくれなかったのは、少々寂しかったぞ? まぁ、試験に集中したいという君の気持ちも、分からないではないが……」


 もちろん、それが理由ではない。だが、そうしておくのが波風立たない最良の選択だった。いつまでも子供ではないのだ。――と、こだわる辺りは自分で子供っぽいと思わなくもなかったが。


「実は、マリアも合格していてな。二人は、春から同窓生だ」


 シンは己の耳を疑った。――何ですって?


「よ、よろしくね、シン!」


 そう言って、笑うマリア。


「え、ちょ……王立学院への、推薦入学があったのでは……?」


 中等学校で優秀な成績を収めていたというマリアには、皇国でトップレベルの学校と言われる王立学院への推薦入学の話があったと聞いていた。


「あぁ、あれはマリアが断ってな……」

「『私はこれからのために、学問も大事ですが魔術を学ばないといけないと思います』とマリアに言われた時は、我が妹ながら立派に育ったものだと、兄として嬉しかったものだ」


 シスコン兄貴(確定)の言葉はともかく、エリート街道まっしぐらの王立学院への推薦入学を、断る? ――シンには、理解し難い話だった。


「予言が確かであれば、これから厳しい時代となるであろう。マリアは、それに備えると言うのだ。父としても、皇国の人間としても頼もしく、嬉しい話だ」


 嬉しそうなジェラルド。――だが、シンにとっては嬉しくない話だった。


「何でわざわざ、クラインを選ぶんだよぉ……」


 小さな声で、シンはそっとつぶやき、うなだれた。その横でエステルが笑っていたのは、ちょっとだけ腹が立った。


「しかし、これでサポートもしやすくなった。シン、学院内で何かあれば、マリアを頼ると良い。自分で言うのも何だが、フォートラン家の名前を出せば、ある程度のことは解決できるからな」


 ジェラルドの言葉に抵抗を覚えるシン。マリアを頼る、ということにではなく、フォートラン家――貴族の名を出してその場しのぎをする、ということに抵抗を覚えたのだ。


「――不満かね?」


 ジェラルドが、武人の目でシンを射抜く。感じる威圧感は、錯覚ではない筈だ。


「確かに君は、『大きな力』の原石だ。エステル君からの便りでは、それなりに磨きがかかっているという話だが……それはまだ磨き始めたばかりの、宝石にすらなっていない『綺麗な石』だ。――君一人で、何が出来るかな……?」


 何も言い返せない。自惚れられる程、シンは自分の力に自信を持っていない。エステルから様々な技を教わったとはいえ、そのエステルに勝てないままでは、自分の力が『敵』に対してどの程度のものか、確信が持てないのだ。


「『十三番目の英雄』を抹殺しようという勢力は、未だに多い。穏健派が説得を試みてはいるが……聞く耳を持たないのが現状だ。彼らを黙らせるには、『十三番目の英雄』が呪われた英雄などではないと証明するか、力でねじ伏せるしかないだろう。それが、今の君に出来るのか?」


 ――出来ない。証明など出来ないし、力でねじ伏せようにも、国内だけでも反『十三番目の英雄』勢力は多過ぎる。

 目の前の『敵』を潰すだけでは意味が無いのだ。それを、シンはエステルから学んできた。


「かの予言――『十三番目の英雄が現れる時、世界は混乱し、古き世界は終わりを告げるであろう――』、あれは何を指しているのだろうか。それを解明し、振りかかる火の粉を振り払う――それが、君が成すべきことではないかね? そして、それは容易なことではあるまい」

「そう、ですね……」


 反論の余地はない。ジェラルドが言う通りだ。


「君はどう思うかね、エステル君」


 話を振られたエステルは「そうですね……」と顎に手をやり、考える仕草をする。


「私の初めての教え子が、ここまでお馬鹿だとは思いませんでした」

「――はっはっは! そういうことを聞いたのではないのだが、君は相変わらずズバッと斬るな!」


 愉快そうなジェラルド。彼が指摘した通り、エステルは彼の問いに答えてはいない。


「まぁ、私個人としてはですね……振りかかる火の粉を自分で振り払えるように、この馬鹿な教え子を鍛えるだけです。――難しいことは、お偉いさんのやる仕事ですよ」


 そう言って不敵に笑うエステル。受け取り方によってはかなり問題発言に思えなくもなかったが、ジェラルドは気にしなかったようだ。


「確かにな。政治に関わる人間が浮き足立っているようではいかん。私も協力を惜しまないが、シンには自力で身を守ってもらうよりあるまい」


 シンを見るジェラルド。その顔は、先程とは違って穏やかだった。


「母を殺され、世界に絶望した君がこうして生きている。――それを、我々は感謝しなければならないのだと、私個人としては思う」

「――感謝?」


 ジェラルドの真意を図りかね、思わずそのまま口にしてしまう。


「『英雄』とは、何か。それは、誰かを救う存在ではないかね? そうであれば、『十三番目の英雄』と予言された君は、必ず『何か』から誰かを――もしかしたら世界を救う筈だ。君が死んでは、その未来は訪れない」

「『英雄』……」


 何も成していない英雄。そうなると、定められた者。――では、『何から』『何を』守ると言うのか? それを、シンは未だ知らないのだ。


「予言そのものを疑うのは簡単だ。しかし、付随する予言通りに、様々なことが起っているという。ならば、疑う前に我々は、『予言』を理解しなければならない」

「ジェラルドさんは、どうお考えなのですかね。――興味があります」


 エステルの問いに、ジェラルドは「これは受け売りだがな」と前置きした上で答えた。


「私は、あの予言に魔王のような『脅威』に関する文言が無いことを気にしている」


 言われて予言を思い起こすと、確かにそのような文言は『十三番目の英雄』についての予言には無い。


「――それこそ、僕が世界を破滅に導くというだけでは?」


 気に入らないが、そう解釈するのが自然に思えた。そうであるからこそ、シンは命を狙われていると言えた。


「確かに、そう解釈することも出来るだろう。……だが、そうであれば何故、『英雄』などと呼称するのかね? ――それだったら、『英雄』ではなく、『魔王』と呼べば良いではないか」


 ジェラルドの指摘に、考える。

 何も成していない『英雄』、それが世界を破滅に導くのであれば、『魔王』と呼称する方が確かに自然に思える。――だが、それでは『何』から守ると言うのか?


「私が注目している『とある説』では、こう解釈している。――『英雄』が倒すべき『脅威』は、既にこの世界に存在している。だからその誕生が記述されていないのではないか、と」

「そりゃまた、斬新な解釈ですね」


 エステルが苦笑している。それはそうだ、もしも『脅威』が既に存在しているのであれば、世界に何らかの異変が起きている筈だ。――だが、十二番目の英雄が世界を救って以降、そういったことは確認されていない。


「斬新だよ。しかし、私は『魔王説』よりも『英雄説』を信じるよ。こちらの方が、どちらかと言えば説得力があると思える」

「『脅威』が既に存在し、『英雄』が現れる時――この、現れる時が重要なのかもしれませんね、その時に世界は混乱する、と」


 ジェラルドの説に、レオンがふむふむと納得している。その横で、マリアは何かを考えているようだった。


「――マリアはどう思うんだ?」


 ふと、シンは彼女に聞いてみたくなった。かつて信じられなくなった、『友達』と呼べたかもしれない彼女に。


 マリアは少しだけ躊躇したように見えたが、やがて「私はお父様と同じ考えです」と口を開いた。


「もしも『十三番目の英雄』が世界を破滅に導くのであれば、『英雄』と呼ぶ必要はありません。貴族の中でも『魔王説』を信じる人が多いようですが、私としては何故その部分に気が付かないのか、不思議でなりません」


 そこまで喋るとマリアはお茶を一口飲み、それから深呼吸をした。


「シンが『英雄』であるなら……必ず、倒すべき『脅威』がある筈です。それを探すのが、まずはやるべきことではないでしょうか?」


 マリアの言葉にジェラルドが頷く。


「マリアの言う通りだ。我々は、戦うべき『脅威』を間違えてはならない。我々が戦うのは、『英雄』ではない筈だ」


 ジェラルドとマリアが支持する説は、『魔王説』に比べれば説得力があるように思える。――だが、シンは何かが引っかかるような……そんな違和感を覚えていた。


「シン。君は、何と戦うのだろうな……」


 ジェラルドの問いにシンは答えられない。そして、シンは自分の中にある違和感の正体に気が付く。


 ――『十三番目の英雄』は、誰にとっての『英雄』なのであろうか?


 悩まない熱血ストレート(ただしおバカさん)も良いですが、シン君には要所要所で悩んでいただこうかと思っております。

 ま、一番悩んでいるのは生みの親なんですけれどもね!(苦笑)

 ジェラルドさんの階級は悩みましたが、伯爵です。侯爵と悩みましたが……ま、色々な方面に顔が利く人だと思っていただければ。

(展開上無理があったら修正するかもしれませんが)


追記

ブラコン兄貴→シスコン兄貴 に修正。

マリアは男の娘ではありません(苦笑)。

(二〇一四年一月二四日)

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