第1話 十三番目の英雄、故郷に帰る
レイナード皇国の南にある村、キタマヤ村。いくつかの企業の工場がある割にそれほど大きく発展しなかった村ではあるが、そこそこの人口を抱えており、首都に比べれば小さいものの、それなりの活気がある。
「約三年ぶり、か……」
久しぶりの故郷ではあるが、シン・レイナードの胸の内には懐かしむ気持ちは殆どなかった。
「なかなか落ち着いた雰囲気の、良い村じゃないか」
横に立った、長い赤髪の女性――たしか、今年で二十七歳だったか――、エステル・バークリーはそう言って微笑んでいた。
「落ち着いたというか、寂れた村ですけどね……先生は、こういう村がお好きですか?」
シンとしては特に私情を挟まず言ったつもりだったが、エステルに「ちょっと刺があるな」と言われてしまう。
「とりあえず、お前の家に行こうじゃないか」
置いていた荷物を持つと、エステルは先に歩き出してしまう。
「先生、家の場所知らないでしょ……!」
慌ててエステルを追いかける。久しぶりの――と言っても、立て直した後に住んだことは無いのだが――我が家へと、シンはやや重い歩みを進めた。
あの事件――シンの母が殺された事件だ――の後、シンはフォートラン家に保護された。フォートラン家がシンの身元保証人になり、事件でシンが殺めてしまった警備兵の問題も何かしらの手が打たれたようで、いつの間にか解決――シンは罪を問われなかった――されていた。
今、シンとエステルが居る家は、フォートラン家の全面援助により建て直されたものだ。シンは建て直しが完了する前に村を出てしまったため、中に入るのは今日が初めてだった。
「貰っていた鍵が間違っていた、なんてオチが欲しかったけどね」
「先生はそれで面白いかもしれませんが、俺にとっては冗談じゃないですね、それ」
そんなことになったら、留守の間管理していたフォートラン家に顔を出さなくてはならなくなる。……いや、一度は顔を出さなくてはならないのだが、二度はごめんであった。
「誤解は溶けたんだろ? ……まだ、許せないってか?」
呆れた、とでも言いたそうなエステルに、シンは無言を貫く。喋ればボロが出る。いや、ボロを引き出される、というのが正しいだろう。口で、エステルには敵わない。
(敵わないのは、それだけじゃないけどな……)
「先生は、奥の部屋を使ってください。俺はこっちを使うので」
「ふーん……そこが、シンの部屋だったんだ? ……建て直す前だったら、ベッドの下とか書棚の裏を探れたのになぁ~」
ニヤニヤと笑うエステル。そんなだから彼氏がいないのではないか、とシンは思う。
「今、失礼なこと考えなかったか?」
鋭い。この人は野生の動物も負けるであろう『勘』を持つ。迂闊に『迂闊なこと』を考えると、後が怖い。
「まさか尊敬するエステル先生に向かってそんなことは」
「かなり棒読みなんだが、殴っても良いか?」
本気で怒られそうだったので、この辺りでやめておく。
部屋に荷物を置き、リビングでお茶を淹れる。調理器具や食器といったものは、適当にフォートラン家が用意してくれていた。シンは道中で購入した茶葉を用意するだけで良かった。
「どうぞ」
「お、すまんな」
一口飲んだエステルは「ん~、八十点だな」と感想を告げた。まぁまぁ、といったところか。
「少し、温度が高いな。この茶葉は、もう少し低い方が良いだろう」
パッと見の大雑把な印象とは異なり、意外とこういうことには細かいエステル。この約三年間で、彼女から学んだ家事技術は多い。
「先生が淹れた方が、美味しいんですけどね」
そう言うと、エステルは「私は客人だぞ?」と胸を張って仰け反った。……先生、服のボタンが弾けそうです。
「さて、とりあえず入学準備をしないとな。それと、この家の足りないものを買う必要もあるか……」
「必要最低限の物はあるみたいですし、あとは着替えとか食材あたりですかね?」
「ふむ……では、後で街へと出てみるか」
☆ ☆ ☆
レイナード皇国首都、ローグ。伝説に残りし最初の英雄、バーン・レイナードの親友の名を冠した街。レイナード城を囲むように発展したその街は、皇国内最大の都市と言える。
「流石だな。なかなかお目にかかれないものが、ここでは簡単に手に入る」
色々な店を回り、エステルは感心していた。
「まぁ、大陸内でそれなりの規模の国の首都ですからね。ここに無い物は北のグランフォレスト王国で探せ、というのがお決まりの文句らしいですよ」
「商業大国、グランフォレストか。それにしても、よくそんな言葉を知っていたな」
小さな頃からシンに友人がいなかったことを知っているエステルが、不思議そうに尋ねてくる。
「母は、人付き合いの上手い人でしたから。僕が生まれる前にでも、聞いたんじゃないですかね?」
自分が生まれてからは、母も辛い日々を送っていただろう。特に、父が亡くなってからは。そう思うと、母に幸せな日々を送らせることが出来なかったことが悔やまれる。
「まったく、僕は母に苦労をさせてばかりだ……」
自嘲気味にそう言うと、エステルがシンの頭にポン、と手を置いた。
「お前という息子を育てたんだ。幸せも感じてくれていた筈さ……」
「だと、良いですけれどもね」
今となっては分からない。母は、どう思ってくれていたのだろうか?
「む?」
人通りのない区画に来ると、エステルが変な声を出して立ち止まる。その視線の先を見ると、街中に不似合いな白い仮面の者が三人、こちらを見て(?)いた。
「先生のお知り合いですか?」
「まて、お前今何の疑問も持たずに聞いたな? あんなセンスの悪い連中、知らんぞ私は」
てっきり、昔エステルがボコボコにした相手か何かだと思ったのだが、どうやら違うらしい(本人が忘れているのでなければ、だが)。
「だとすると、俺ってことになりますかね……」
心当りがない訳ではない。この国で『シン・レイナード』を『十三番目の英雄』だと知っている者の中で、シンを殺そうと思っている人間は少なくないと聞かされていた。だとすれば、この街に来てそういう連中に狙われるのは当然と言えるのかもしれない。
「シン・レイナードだな?」
仮面の一人が、くぐもった声で問う。どうやら男のようだ。
「やっぱり、お前が目当てみたいだな」
エステルに「ほらみろ」と自慢気に言われるが、そういう話ではないと思うシンであった。
「だったら、何だ?」
「死んでもらう」
言うなり、腰に提げていたナイフを抜き取り、向かってくる三人。動きからは、素人っぽさは感じられなかった。
「とりあえず、お前に任せた」
エステルはそう言って下がる。信頼してもらっているのか、面倒臭いのか。……後者が濃厚な気がした。
「こっちは丸腰だってのに!」
軽く構え、先に仕掛けてきた仮面の突き出してきたナイフを避け、その腕を掴んで投げ飛ばす。勢いそのまま、次に近づいていた仮面に蹴りを放ち、三人目をけん制する。
「こっちも、ただこの三年弱を逃げていた訳じゃ、ないんでね」
拳は握らない。打撃と投げ、どちらにも対応できるように、力まない。それがエステルに叩きこまれた戦い方の一つだ。
投げ飛ばした仮面が起き上がる気配を背中に感じ、振り向きざまに蹴りを放つ。両腕でガードしたものの、勢いを殺せずに仮面は後ろに倒れた。
隙あり、とばかりに三人目がナイフを突き出してくるが、それをいなしつつ右肘でみぞおちを打ち抜く。呼吸が一瞬止まるその瞬間に追い打ちをかけ、左膝で腹を打ち抜く。これでしばらくは大人しいだろう。
「まだ、やるのか?」
崩れ落ちた男を最初の仮面の足元に放り投げ、意思確認をしてみる。躊躇が見られたものの、再びナイフを構える仮面。
思わずため息をつく。シンには、彼らの行動が理解できなかった。
立ち位置をずらし、仮面達全員が視界に入るように動く。先程蹴りを食らわせた仮面がその隙に仲間と合流する。
「揃いも揃って、痛い目に遭いたいみたいだな……」
正直、このまま彼らに付き合うのは面倒だった。もう、さっさと終わらせたい気分だった。
「街中で魔術を使うと、後が面倒なんだが……今でも面倒だから、さっさと終わらせてしまおうかと思う」
誰にともなく言う。それは、とりあえずの言い訳のようなものだったかもしれない。
「ちょっとばかし、痛いぞ?」
自分が今、相当悪い顔をしている自覚があるが、そんなこと知ったことではない。こちらは被害者なのだから。
「綺麗に焦げてくれ」
右手を構え、魔術式を展開。ここ数年で使い慣れた、単純でいて破壊力のある魔術式。
「シャイニング・ブラスト」
右手の先から放たれた光熱波が、仮面達を包んだ。
「いやぁ、てっきり爆発系の魔術でも使うかと思ったんだがなぁ」
楽しそうなエステル。先程の仮面達の黒焦げになった姿を思い出しているのだろう。
「街中でそんなもの使ったら、後々面倒でしょう……光熱波なら、光と熱だけですからね。建物に向けなければ、被害は最小限で済みます」
「重症になる一歩手前で止めるお前の、その残虐な使い方もどうかと思うけどな」
そう、仮面達に放った魔術は手加減をしておいた。殺しても良かったが、面倒事になるのも文字通り面倒だったのでやめておいた。
見つかりやすそうなところに放置しておいたから、誰かしらが通報するなりするだろう。
「尋問しなくて良かったのか?」
「喋らないか、喋ったとしても殆ど役に立たない情報しか出てこない……先生から教わった限りでは、今回はそういう輩でしょう? 時間の無駄ですよ」
そう答えると、エステルは嬉しそうに「及第点だ」と笑った。
そのままブラブラと街を歩き、店を見て回る。エステルは次から次へと見ていくものの、特に吟味している訳でもないようで、すぐに離れていく。
「……先生、やってくれましたね?」
「ふふん。気が付くのが、遅いよ」
エステルに誘導されているのに気が付かなかったのは、失敗だった。だが、それを悔いても遅い。遅いのだが、シンは少し前の自分にもう少し警戒しておけと言いたかった。
二人は今、フォートラン邸へと続く道に立っていた。
「これから先、きっと厄介になるからな。挨拶はしておかないと、いかんだろう?」
そう言ってエステルは悪戯っぽい表情をして笑った。――シンが嫌がるのをわかった上で、やっているのだ。
「さぁ、行こうじゃないか」
そう言ってシンの腕に自分の腕を絡ませるエステル。
「ちょ、先生!」
お構いなし、といった感じでズンズンと突き進むエステル。こうなったら、誰も彼女を止められない。
「わかりましたから離してください! 一人で歩けますから!」
本気で慌ててそう言うが、エステルは「中に入るまでは離さないぞ♪」と離してくれない。……どうしてこうなった?
とりあえず第一話です。
主人公の『壊れた感じ』をちょっと出せなかったのは、実力不足ですね……。頑張りたいと思います。
主人公の苗字と国の名前が一緒ですが、国王の隠し子とかではありません。まぁ、その辺りは追々。
・追記
2013/12/15 ケイン・レイナードをバーン・レイナードへ改名。
2013/12/15 戦闘シーンで立ち位置の関係が少々おかしかったのを修正。