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第14話 もうひとつの『レイナード』

 城から派遣された騎士達に事後処理を任せると、アリシアはシンを城へと招いた。


 断るべきだったのかもしれない。……しかし、シンはアリシアの勢いに負ける形で、馬車へと同乗してしまった。


(これは、面倒臭い話になったな……)


 ため息を吐くも、もはや手遅れであった。何となく気まずい思いをしつつ、馬車は城へ向けて動き出してしまった。



☆ ☆ ☆



 レイナード城、玉座の間。アリシアとリュークに連れられる形で訪れたその場は、シンには居心地の悪い場所だった。

 華美ではないものの、どれも格調高いであろう調度品。そして、シンを見つめる大臣、衛兵その他諸々の視線。この状況で「居心地が良い」と言える程、シンの神経というものは本人の意識以上に図太くはなかったようである。


「シン・レイナード。此度は我が娘、アリシアの身を守ってくれたこと、感謝する」


 レイナード皇国現国王、ウェイン・レイナード――『英雄王』の血を受け継ぎし王で、自身も勇敢な戦士にして知略に長けたリーダーとして、レイナード皇国の先頭に立つ男。その王が今、目の前にいる。


(何だろうな、シュバルツに似た圧力を感じる……これが、実力者ってやつなのか?)


「勿体なきお言葉……人として、当然の事をしたまででございます」


 内心はともかく、今は『お行儀よく』するのが正解だろう――下手に事を荒立てては、後々に支障が出るであろうから……。


「庇い立てもせず、『英雄』と予言された者が迫害を受けるのを放置した王族の一人であっても……かね?」


 周囲がざわつく。王の顔を見ると、当の本人は苦笑していた。


「いや、すまない。……今のは、聞かなかったことにしてくれ」

「はあ……」


 怒りは、湧いてこなかった。一瞬カチンと来たには来たのだが、王の顔を見たら毒気を抜かれたというか……「この人は何がしたいのだ?」という疑問の方が強かったのだ。


 意図が読めない。それがシンには、何よりも不安であった。


「言い訳もしようがない有様でな……申し訳なく思うが、謝罪したところで、それで全てが無かったことになる訳ではない。今後善処するということで、ひとまず抑えてもらえるとありがたい」


 頭は下げない。国王として、譲れないものがあるのか……そんなことを考えるが、今のシンにとってはそんなことは些細な事にすぎない。国王の真意、それが重要なのだ。


「いえ……陛下のそのお言葉を聞けただけで、十分でございます」


 この状況……今日までの、『十三番目の英雄』に関わる彼是を放置したのは国王であると、シンとしては言わざるをえない。だが、それを責めたところで、母が生き返る筈もないのだ。今後の『厄介事』を抑えてくれると約束してもらえれば、それで十分だとシンは思っていた。


「褒美を出すのが当然であると私は考えるが……シン・レイナード、何か望むものはあるか?」


 王の言葉に、一部の者がざわつく。――なるほど、『十三番目の英雄』に、褒美など与えるべきではないと考える者がいるようだ。つまり、自分を快く思っていない者が、この場に確実に存在する――それが確認できただけでも、ここに来た価値はあったのかもしれない。


「望むものなどありません」


 無くはない。――だが、それをここで言っても、意味のないことだ。『正しき世の中に変えてくれ』と言ったところで……いかに賢王たるウェインとて、すぐにこの状況を変えることなど出来ないだろう。それは、彼自身が認めたように、『十三番目の英雄』問題を放置していたことからも想像がつく。賢王とて、万能ではないのだ。


「欲が無いな。……いや、この場合、私にそなたの望むものが用意できないと確信されてしまったと見るべきか」


 苦笑するウェイン。――その瞬間に内心で焦ったのが顔に出なかったか、少し不安になる。


「まぁ、この話は保留にしておこう。借りは返さねばならぬ。それが世の理だ」

「私は、陛下に貸しを作ったなど、そんな畏れ多いことなど……考えておりませぬ」


 シンは、急速にウェインに対する印象を改めていた。遠くから見ていた印象、人から伝え聞いていた印象が、目の前の男からずれていく。


(どちらが正しい……?)


 そんなことを考えるが、その疑問に答えは出ない。確かなことは、目の前に居るウェインは、砕けた雰囲気と共に底知れぬ『器の大きさ』を感じさせる男であるということだ。

 厳格で、知略に長けた賢王というイメージとは、重なるようで重ならなかった。


「同じ『レイナード』の家名を持つ者として、そなたのことを気にしてはいるのだ。こうして直接話をすることが出来たのは、私にとって良い機会だと思っている」

「陛下に気にしていただけるなど、身に余る光栄でございます」


 正しい回答が出来たとは言えなかった。だが、そんなことを気にする余裕は、今のシンには無かった。


 別に殺気を向けられている訳ではない。だが、シンはウェインから強いプレッシャーのようなものを感じていた。逃げられない――そんな『確信』があった。


「この後の予定は無いのだが、そなたはどうかな?」


 ウェインの問いに、シンは「ありません」と答えるしかなかった。


 この状況は、完全にウェインに支配されていた。



☆ ☆ ☆



 場所を移し、ウェインの支持で用意された部屋でお茶を飲みながら話をすることになった。参加者は、ウェイン、アリシア、リューク……そして、シンだ。


「私はこの茶葉が好きでね……好みに合うと良いのだが」


 給仕係によって用意された、琥珀色に輝く一杯のお茶。勧められたものを断って心象を悪くするのも馬鹿馬鹿しいと、一口飲む。――それは、確かに美味いお茶だった。


「美味しいですね……それに、これは淹れ方も良い」


 そう言って給仕係の女性――歳は二十代後半といったところか? を見る。「お褒めいただき恐縮でございます」と、女性は微笑んだ。


 給仕係を下がらせると、ウェインは「さて……」と姿勢を正した。


「まずは、改めてこれまでのことを謝罪させてもらおう。そなたと、母君を救えなかったのは私の力不足が故。申し訳なかった」


 頭を下げるウェイン。非公式な場とはいえ、一国の主が頭を下げるなど……尋常ではない。アリシア、そしてリュークも驚きを隠せなかったようだ。


「やめてください、陛下。私にそのようなこと……」


 そう言ってやめさせようとしたが、ウェインは頭を上げようとはしなかった。


「いや、同じ『レイナード』の名を受け継ぐ者として、私にはそなたと、そなたの母君を守る義務があったのだ。それを出来なかった私は、一族の恥晒しだ」

「偶然、同じ名前というだけで……私の家系は皇家に連なる者では……」


 そう言おうとすると、ウェインは頭を上げた。


「いや……そなたの『レイナード』家と、我が『レイナード』皇家は遡ればひとつの血に行き着く。同じ祖を持つ、親族なのだよ」


 そんな話、聞いたことがない。


 記憶に殆ど無い父は、皇国騎士団の騎士だったが、とある抗争の鎮圧に向かった際、命を落としたという。

 庶民の家に生まれたものの、早くに両親を亡くし一人で苦労していた男だったと、母からは聞かされている。その母も、身寄りのない天涯孤独の身だったが、父と出会ったことで家族を持てたと笑っていた。親戚という存在はなく、父が亡くなってからは母が一人でシンを育て上げたのだ。


「そんな話、信じられません……父も母も、庶民でした。親戚だって、もういませんでした……」

「それには、色々と事情があってな……」


 そう言うと、ウェインはリュークを促し、リュークはひとつの書類をシンに手渡した。


「……これは?」

「バーン・レイナードの子供の一人、シン・レイナードに関する記録の一部だ」

「え……?」


 シンは、己の耳を疑った。ウェインは今、何と言った……?


「記録では、バーン・レイナードには二人の子供がいたことになっている。一人は、長男であり後の国王であるガウェイン・レイナード。そしてもう一人が、長女であり後の皇国魔導研究所初代所長であるロザリィ・レイナード。……だが、本来はもう一人、子供が生まれていたのだ。――シン・レイナードという、本当の長男が」


 聞いたことのない話だ。皇国の歴史においても、シン・レイナードという名は刻まれていない筈だ。


「そんな話、聞いたことがありません……」

「この話は、レイナード皇家の重要な秘密であり、知る者は極僅か……一般に知られてはいませんもの」


 アリシアはそう言って、少し寂しげに笑う。


 ただの世間話でもするのかと思いきや、謝罪に始まり、いきなり深刻な話が始まってしまった。


 思考をまとめようと、シンは手元の書類に目を通す。そこには、シン・レイナードという男が場内で密かに育てられ、剣術と魔術の英才教育を受け、『ある目的』のために国民に知られること無く旅立っていくまでが簡潔に記されていた。


「シン・レイナードは、ガウェイン・レイナードの双子の兄だった。――だが、生まれる前にある事件が起きたそうだ。バーン・レイナードと妻、レミリアの二人が、共にある夢を見たという……それが、邪神の出現と『運命の子』の誕生を示唆する夢だったそうだ」


 話の内容に、頭が追いつかない自覚が合った。

 ――コレハ、ナンノハナシダ?


「夢は、何度も繰り返されたという。そしてその夢は、生まれる双子のうち長男の存在を隠し、剣術と魔術を学ばせ、邪神を倒させるように強いたという話だ」

「当時のお二人は信頼に足る様々な知識人と夢の内容を検討したそうです。……ですが、生まれたのが双子であったこと、そして時を同じくして邪神の存在を示唆する出来事が多発したため、やむなく夢の『お告げ』に従ったそうです……」

「邪神て……そんな話は聞いたことが……」

「知られる前に、シン・レイナード――初代シン・レイナードによって滅ぼされたという。私も、こうして陛下の信頼を得られるまでは知りもしなかった話だ」


 驚くシンに、リュークは「無理もない」と頭を振る。


「でも、何故存在を隠さなければならなかったのでしょうか? それに、邪神を倒せたのであれば、その後も隠しておく必要は無いように思えますが……」

「それも、『お告げ』の内容のひとつだったそうだ。ただ、これにはシン・レイナード――リュークに倣い初代と呼ぼうか、その初代シン・レイナード自身が帰属を辞したという話もあるらしい。旅先で出会った女性と、静かに暮らすためだったとも言われているが……今となっては定かではない」


 そこまできて、ようやくシンは話の流れを理解し始めた。


「その初代と、旅先で出会った女性とやらの子孫が、私である――そういうことですか」


 おとぎ話のような話に、目眩がする。


「冗談のように聞こえるかもしれないが、本当のことだ。そうして分かたれた後も、皇家では『もうひとつのレイナード家』を見守っていたのだ。そなたの父は、間違いなく『もうひとつのレイナード家』の血筋の者だ。私が保証しよう」

「そんな……」


 頭がおかしくなりそうだった。


 自分の『運命』とやらを呪いたい気分だった。『十三番目の英雄』というふざけたもののみならず、歴史の影に消えていた皇家の一人の子孫? 神とやらがいるのであれば、文句を言いたくもなる。


「これで、私がそなたに謝罪しなければならなかったことを理解してもらえただろうか?」


 そんなウェインの言葉は、何処か遠く聞こえた。


「そして、ここからがさらに重要な話なのだ」


 どうにか手放しそうになる意識をつなぎとめ、シンはウェインの顔を見た。


「――邪神は復活する。そしてその時、シン・レイナードという『存在』もまた、復活するであろうという『預言』が皇家には伝えられているのだ。――シン・レイナード、そなたには、まだ過酷な『運命』が待ち受けているのかもしれない」


 シンは、考えるのをやめた。



☆ ☆ ☆



 自宅へ送らせよう、というウェインの申し出を断り、シンは一人で城からの岐路を歩いていた。


 知らなかった己の中に流れる血の秘密、隠し続けられた『預言』。何もかもが、予想外というか……考える必要のなかったことだ。自分が誰の子孫で、どんな『運命』を背負わされているかなど……どうでも良いことだったのだ――先程までは。


「シン!」


 家まであと少し、そんな道でマリアとエステルが待ち構えていた。


「心配したのよ! 怪我は……怪我はないの?」

「大丈夫だよ、ちょっとお城に呼ばれて、道草食っただけだ」


 そう言うと、マリアもエステルも少々、顔を歪めた。


「お城って……」

「面倒事に巻き込まれていやしないだろうな、シン?」


 エステルの咎めるような声に、思わず肩をすくめる。それだけで、彼女には色々と通じてしまったようだった。


「面倒事に愛されるやつだな、お前ってやつは……」


 ため息混じりにそう言われ、返す言葉もない。――自分だって、そう思うからだ。


「お城って……何かあったの?」

「助けた相手がお姫様だって言ったら、信じる?」


 苦笑しつつそう言うと、マリアは「え! お姫様?」と驚いた。


「姫様というと、アリシア様か。――そうすると、感じた強い力は、リューク・ランチェスターかハウル・ワーグナーのどちらか、か」

「リューク・ランチェスターの方でした。なかなかの実力者みたいですね」

「騎士団の中でもかなり上位につける騎士だという話だ。もっとも、若手故に実戦経験は乏しいようだが」


 ここ十年程はレイナード皇国が関わる戦争などは起きていない。他国との協定で騎士団を派遣したということも無いので、突発的な暴動や魔獣災害に対する出動以外では実戦は経験していない筈だ。


「そりゃ、ここしばらく平和だった国ですからね……もっとも、『誰かさん』の所為で、きな臭い状況になってはいますが」


 他人事のようにそう話すと、エステルは「当人が言うと嫌味だな」と苦笑した。


(二人には、言えないな……)


 今日聞かされたことは、胸の内に閉まっておこう。もしも『運命』なんてものが本当にあるのだとすれば、それに二人を巻き込みたくはない。


(死ぬのは、僕だけで良い)


 誰かを死なせるのは……母のように、目の前で失うのは、もう嫌なのだ。それなら、いっそ自分だけ死んでしまえば良い。


「どうしたの、シン?」


 心配そうにマリアが顔を覗き込む。


「何でもないよ。さあ、そろそろ暗くなる。送っていくよ」

「シン……?」


 マリアは、納得していないようだったが、シンはそれ以上取り合わなかった。


「それじゃ先生、マリアを送っていきます」

「ああ……」


 そう返事をしたエステルの顔が何か言いたげだったが、シンは背を向けてマリアの手を取った。


(ごめん、先生……ごめん、マリア)


 心の中でそっと謝り、シンは歩みを進めたのだった。


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