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第12話 掛け違えたボタン

「『君』は、歪だ。世界を壊して『復讐』してやろうという強い意志を持ち、それを成すためには死んでたまるかという執念もある。それなのに突然、生きることを諦める。……どうしてだろうね?」


 シュバルツはそう言うと、近くの岩に腰を下ろす。


「先程の『勝負』、『君』は死の間際で『俺』に殺されるのを良しとせず、足掻いた。――それなのに、今はこうして殺されるのを受け入れようとしている。……どうして、ブレているのだろうか?」


 シュバルツの指摘に、シンは『答え』を持ち合わせていなかった。死んでたまるか、ここで死んだら何も出来ずに終わってしまう――その想いが、シンを死の間際で奮い立たせたように思える。……だが、今は「殺されても仕方ない」という諦めがあるのだ。それは、シンにもどうしてそうなるのか、分からなかった。


「『君』は自分に対して、厳しい『条件』を付けているように『俺』には思える。その『条件』のせいで、『君』は歪さを抱えてしまったのではないか。……そう思うんだが、どう思う?」

「どう思う、って……」


 シュバルツの言う『歪さ』が何であるのか。シンには、それを自覚することが出来ない。世界を破壊しても構わないと考えていることか? ……それは、たぶん『歪さ』ではなく、『壊れている』だけだろう。


「これは推測なんだが……『君』は、『君』の目的のために誰かを斬ることに躊躇することはないだろうな。だが、その目的外のところでは……『君』は、斬ることを――殺すことを、躊躇するのだろう。それが『君』の弱さだと、『俺』は思う」

「俺が、斬ることを躊躇する……?」


 そんな馬鹿な、と思う。刀を、武器を手にした時から相手を斬る――相手を殺すということを理解し、覚悟を持ってここまで来た筈だ。だから、そんな迷いなど無い筈なのだ。


「俺は、斬る。俺の邪魔をする奴は、斬ることが出来る」

「本当に?」


 シュバルツの、間髪入れずに返してきた言葉に、シンは言葉を詰まらせた。


(――本当に?)


 自分の中の誰かが、そう言った気がした。――誰が?


「時には自分を偽るのも必要かもしれない……だが、そんな時間稼ぎは結局のところ、損にしかならない。それは、『俺』が保証しよう」


 そう言うとシュバルツは腰を上げ、割れた仮面を拾い上げる。


「これも『偽り』のひとつだ。『俺』を、『シュバルツ』という名の胡散臭い人間に変えるための。……だが、それに何の意味がある? いや、意味はあるのかもしれない。だが……それによって得られるメリットとデメリットは、どうであろうか?」


 シュバルツの話が、わからない。彼は、一体何を伝えようとしている?


「何かを得るために、何かを犠牲にしなければならない瞬間というのは、残念ながら、ある。問題は、その時にそれが正しい『交換』であるかどうかだと、『俺』は思う」

「正しい……『交換』?」


 シュバルツは苦笑しつつ、頷いた。


「それは、得るべきものなのか? そして、それを得るために失うものは、見合ったモノなのか? とかね。そういったものを間違うこと無く選択出来れば、人は常に正しい道を歩んでいける筈だ。――ただ、それが出来ないのも、また人なんだ。全てを正しく選択できるなんてことは、無いと思った方が良い」

「……アンタの言いたいことが、俺には分からない」


 シュバルツは、自分に何を伝えようとしているのか。――ただの言葉遊び? ……いや、普段ふざけた言動が多いように感じるシュバルツだが、その根本は真面目で厳格な人間であるとシンは感じている。――きっと、この言葉には、何か意味がある筈だ。


「分からない、か。……そうだな、目的と手段を見失うな、というところかな?」

「目的と、手段……」


 自分の目的と、それを成すための手段、ということか?


「『君』の目的は、新しい世界を切り開くことかな? そして、その目的のために、今ある世界を壊す、と。……大事なのは、何かな? 新しい世界を切り開くこと? それとも、世界を壊すこと? ――目的が、いつの間にか手段と混同しているということは、ないかな?」


 シュバルツは、笑っている。だが、その笑顔は……どこか冷たい印象があった。


「『君』は壊れているのか? 『君』自信は壊れていると思っているようだけど……本当に、そうなのか? 『君』は、ここから先――例えば、『俺』のような人間の領域に踏み込むためには、もう一度自分自身について考える必要があると、『俺』は思うね」

「自分自身について……?」


 何を考えれば良いのか。それをすることに、何の意味があるのか?


「……考えて、どうする?」

「『君』は、自分自身を磨き上げる必要がある。そのためには、余分なものを排除する必要があるのさ。『君』が宝石なのか、それともただの石ころなのか……それを、『君』自身が知るために、ね」


 自分に中に、『余分なもの』があるというのか。そんなものは、とっくに無くしたと思っていた。しかし、シュバルツは断言している。――どちらが正しい?


「ほら、『君』は迷っている。『俺』の言葉に揺さぶられている。それは、『君』が『君』という存在に対して、自信がないからだ。――だから、簡単に揺さぶられる」


 そう言って苦笑したシュバルツは、腰に下げていたポーチから新しい仮面を取り出し、装着した。


「『偽る』ことで素直になれる人間もいますが……貴方は、そうではないでしょう? 貴方は、もっと自分自身を知るべきだと、ワタクシは思いますけれどもねぇ……?」


 口調が変わる。――仮面が、シュバルツの『偽り』のスイッチだとでもいうのか。


「俺が、自分自身を偽っていると……?」

「そう思いますよ。貴方は本来、ワタクシのような道――血塗られた道など通らない……いや、通りたくないタイプの人間だと思いますね。それなのに、無理をして通ろうとするから、こうなってしまった」


 こうなってしまった――それは、シュバルツに勝てない今の『シン・レイナード』になってしまった、ということなのか?


「一度迷い込んだ迷路で、正しい道に戻るのは、それはなかなか難しいものです。時間も労力もかかる。かかった時間は無駄に思えるかもしれない。でも……本当に無駄かどうかは、それが分かる時まで分からないものです。ゴール出来ないことを良しとするか、意地でもゴールを目指すか。――そのどちらが良いでしょうかね?」


 折れた刀を拾い、「あ~あ。これ、それなりに高かったんですけどねぇ……」と嘆いているシュバルツ。


「アンタは、俺が道を間違えていると……そう言いたいのか?」


 問うと、しばらく思案したシュバルツは「何でもかんでも聞けば答えが貰えると思っているようでは、まだまだですね」と返してきた。


「それを考えるのも、修行のひとつですよ。技は己の全てを込めるもの――それはつまり、技を磨くことのひとつに、己を磨くことも含まれるということです。短期間の修行でそこまでの実力を身に付けたのは大いに評価できますが、その先――ワタクシ達のような剣士の領域に踏み込みたいというのであれば、貴方が疎かにしてきた……いや、貴方の師匠が疎かにしてきた修行を、ちゃんとやる必要があると思いますよ」

「先生が疎かにしてきた修行……?」


 エステルが何を疎かにした? 彼女は、心構えから武器の扱い方、戦い方をキッチリ教えてきてくれた筈だ。――その中で、何かが欠けていたというのか?


「貴方自身の問題でもありますがね、やはり師匠として彼女はもう少し貴方を導いてやる必要があった。……まぁ、おそらくそうさせてしまったのは、ワタクシ達にも原因はあるかと思いますがね」

「……なぁ、アンタと先生は、どういう関係なんだ?」


 ここまで、気になってはいたが聞かなかったこと。それを、改めてシュバルツが口にしたこの機会に、聞きたいと思った。


「それを貴方が知るのは、まだ早いでしょう。――そして、彼女もね」

「アンタは、先生と同門の――」

「さぁ?」


 はぐらかされた。――だが、ここまで対峙してきて分かる。シュバルツの技は、エステルと同じ技だ。それが意味するところは……。


「答えは分かった、みたいな顔をしていますね? ……まぁ、ご想像にお任せいたしますがね。それが本当の答えかどうかは保証致しませんので、悪しからず」


 本当に、ふざけた奴だ。


「――話を戻しましょう。貴方がワタクシに勝てないのは、貴方が自らの内に持つ『歪さ』のせいです。これは断言しても良いでしょうね。……ということは、貴方がワタクシに勝つには、どうするべきだと思いますか?」


 まるで「これくらいなら分かるでしょう?」と馬鹿にされている気分だったが、おそらくそのつもりなのだろう。「こんなことも分からないのですか?」と、シュバルツなら言いそうだった。


「アンタの言う、『歪さ』を修正するしかないってことか」


 シンの答えに、シュバルツは「それだと合格点はあげられまセーン」と、両腕でバツの字を作った。


「数学的表現で言えば、途中式が欠けているというところですかねぇ。その途中式こそが、大事なのですヨ!」


 右の人差し指を立てながら力説するシュバルツ。


「『歪さ』を修正する……確かにそれは答えです。ですが、それはただの結果なのです。何を、どうすれば『歪さ』を解消できるのか? そこに、貴方を強くする重要なモノが隠れているのですヨ!」


 どうすれば『歪さ』を解消できるのか――それを、考えろということか。だが、シンには全く分からない。そもそも、『歪さ』をちゃんと理解しているのかも怪しいのだ。


「『原因』と『結果』で言えば、『歪さ』は『結果』です。さてさて、その『歪さ』の『原因』は何でしょうネ? それを考えるのが、ワタクシが貴方に与える修行です!」


 おそらく、シュバルツは最大限のヒントを与えてくれたのだろう。それは何となく理解できた。だが、そのヒントが何であるのかを、シンは掴めていなかった。


「時間はあまりありませんよ、たぶん。だからといって、ワタクシが答えを教えても無意味です。これは、貴方自身の手で掴むしか無い」


 時間はあまり無い……?


「アンタ、何を知っているんだ?」


 シンの問いに、シュバルツは苦笑しながら頭を振る。


「それを知るには、貴方はまだ弱すぎる。貴方が強くなったら、お教え致しましょう」


 背を向けるシュバルツ。話は、終わりということか。


 歩き出そうとして、シュバルツは「あぁ、そうそう」と言って止まった。


「最後にひとつだけ、ヒントを出しておきましょう」


 右人差し指を立てつつ、シュバルツは振り向く。


「貴方の問題は、例えるなら『掛け違えたボタン』です。それを思い出しながら答えを考えると良いでしょう」


 そこまで言うと、「それでは大盤振る舞いはこれでオシマイです」と、今度こそ歩いて行ってしまった。


「掛け違えた……ボタン?」


 その言葉が意味するところに、シンはまだ気が付けないでいた。



☆ ☆ ☆



「今日は随分とボロボロだな」


 自宅に帰り、エステルにそう指摘される。確かに、今日のシンは色々なところに傷を作っていた。


「色々と失敗しまして」


 その言葉に、エステルは「ふ~ん……」と、明らかに何かを言いたそうな顔で応える。


「……何か?」

「何か、って? ……お前が何も言いたくないってんなら、私は何も聞くつもりはないよ」


 エステルほどの剣士が、あれだけ大暴れした戦闘の『空気』に気が付かない筈が無い。それなりに距離があるとはいえ、シャイニング・バーストで生じた音も、小さくはないのだ。――村の人間は『触れねば神の災い無し』とばかりに、何も言ってはこないが。


「私は、お前の親でも何でもないからね。言いたくないっていうなら、聞くつもりはないさ」


 言いたいことはあるのだろう。だが、シンが自ら話そうとしないのであれば、聞くつもりはないと。


 胸が、痛んだ。


「もう少しだけ、待ってもらえますか?」


 シンの言葉に、エステルは少し考える素振りを見せたが……「分かった」と言って頷いた。


「掛け違えたボタンに気がついたら、その時には……」


 そう呟いたシンに、訝しげな顔を見せたエステルだったが……何も言わず、「お茶でも飲もうか」と言ってキッチンへと向かった。


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