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第10話 『魔王』無き世の『英雄』

 ジェラルドに呼び出され、一人でフォートラン家を訪れる。すると、ユーリではなくマリアが出迎えた。


「ごめんなさい、急に呼んだりして」


 出迎えたマリアは、あまり元気がなかった。


「いや、それは構わないけれど。……ジェラルドさんは?」

「中で、待っているわ」



☆ ☆ ☆



 フォートラン家の一室、主であるジェラルドの部屋に案内されると、マリアはその扉をノックした。


「お父様」


 中から「入ってくれ」と声が聞こえ、マリアは扉を開けるとシンを促す。


「お待たせしました」

「いや、急に呼び出してすまなかった」


 窓際で空を眺めていたジェラルド。その横には、何故かリーゼがいた。


 ジェラルドはシンにソファに座るよう促し、自分はテーブルを挟んだその対面に座った。リーゼもジェラルドの隣に座り、マリアはシンの横に座った。


「それで、お話とは何でしょうか? リーゼがいる辺りで、何となく予想はできますが……」


 そう言うと、ジェラルドは困ったような顔をしていた。


「それなんだがな……今日は二つほど、話がある。――ひとつはお前さんの予想通り、予言についての話だ」


「それについては、私から話しましょう」


 そう言うと、リーゼは一枚の紙を取り出した。


「……これは?」

「私の仮説をまとめたものだよ。……と言っても、覚え書きのようなもので、学会などで発表できるような洗練されたものではない。そこには、私が気がついたことを取り出し、検討した結果について書いてある」


 軽く目を通すと、『予言の正確さ』から始まり、予言の中で触れられている『英雄』と『世界』についての定義といったことまで、疑問が生じる部分についてのリーゼの考えが書かれているようであった。


「誰にとっての『英雄』なのか、という問題に関する部分だけど、それについての私の仮説は『大多数の一般人』ではないか、としている。わかりやすく言えば、国や貴族にとっての『英雄』ではない……ということだね」

「国や貴族にとっては有難くない存在、ということですか?」


 リーゼは頷く。


「そういう風に解釈することも出来るね。私も、その解釈で合っているように思うよ。で、本題はここからだけど……その前提を頭の片隅に置いた上で考えると、予言で触れられていない『敵』の存在が見えてくるのではないか、ということなんだ」

「シンの、『敵』……」


 マリアが、不安そうに口にする。


「ここまで言えば、察しの良い君なら予想がつくかな、と思うんだけど」


 そう言って苦笑するリーゼ。――たしかに、予想はついた。だが、それは……。


「『魔王』だと言われても不思議ではないですね、これでは」


 苦笑するしかない。


「他の『英雄』は、所謂『魔王』を倒して世界に認められました。だから、『魔王』を滅ぼす存在が『英雄』であり、『英雄』が現れるのであれば『魔王』が生まれたのだと、誰もが思う」


 そこまで話し、リーゼとジェラルドの顔を伺う。――二人は、黙って聞いていた。


「でも、そうじゃない。『大多数の一般人』にとっての『英雄』であるならば、その『敵』は何も『魔王』である必要は、ない。『大多数の一般人』を苦しめる存在こそが、『敵』なんだ」


 そこまで話し、シンはその続きを話すことを一瞬、躊躇った。――しかし、『事実』は変わらない……シンは、意を決して続きを話す。


「俺の敵……それはたぶん、『貴族』だ」


 シンの言葉を、リーゼは否定しなかった。何も言わないところをみると、マリアも事前に話を聞いていたのであろうか?


「そう考えると、命を狙われるのも合点がいく、かな? いくら『世界を滅ぼす』と解釈出来ても、何の確証もないまま暗殺を狙うなんてのは、ちょっと勇み足過ぎるしね。……誰か、『確証』を持って俺を『敵』と思っている人間がいる、ということだ」

「残念ながら、私もそう思う」


 リーゼのお墨付きが貰えた。――嬉しくはなかったが。


「そうなると、下手に動けばこちらにとっては嬉しくない状況になりかねない、という訳だ……。ジェラルドさんを前にして言うことでは無いかもしれませんが、『貴族』は金と権力で抑えつけるのが得意ですしね」


 シンの言葉に、ジェラルドは苦笑していた。


「こちらでも色々調べてはいるが……動いているのがどの家か、まだわからん。さすがに、簡単には尻尾を出さないだろうな」


「『英雄』が現れては不都合である家……そうなると、なかなか探すのは難しいでしょうね」


 ため息混じりにリーゼは言う。たしかに、本来であれば救世主であろう『英雄』の誕生が不都合な貴族など、なかなか見つけられるものではないだろう。だが、そんなものが存在するとすれば、闇に紛れて悪事を働いていると言えるだろう。


「『魔王』相手の方が、気持ち的には楽な気がしてきた」


 シンが思わずそう漏らすと、ジェラルドは苦笑していた。



「話はふたつある、と仰っていましたよね。……もうひとつは、何ですか?」


 そう尋ねると、ジェラルドは何やら躊躇していた。


「ジェラルドさん?」


 シンがジェラルドのこんな姿を見るのは、おそらく初めてだろう。いつでもわりとキッパリとものを言うジェラルドらしからぬ態度だった。


「……君の遠縁にあたる、とある一族の方から君を助けてほしいと、話があった」


 言われて、シンは軽く思考を巡らせたが、『遠縁』の者に心当たりはなかった。


「僕は知りませんが……」


 シンの言葉に、ジェラルドは「互いに断絶状態だったようだからな……」と、寂しげに呟いた。


「君の先祖は、とある理由から一族と袂を分かったという話だ。そして年月が重ねられ、互いにその存在を意識しなくなっていった」


 そんな話、シンは聞いたことがない。母は知っていたのだろうか? 幼い頃の記憶に朧気に存在する父なら、知っていたのだろうか……。


「だが、とある一族の先代は、非常に悔いておられたそうだ。『何故、同じ血の源流を持つ者同士が、その魂まで離れてしまったのか』、と。そして、それは現在の当主も同じ想いだそうだ」


「そんな話を聞かされても、僕には悪感情しか湧きませんけどね。今更そんなことを言われても」


 本心だった。助けてくれるというなら、何故あの時、母を助けてくれなかったのか。あの事件がなければ、シンは『十三番目の英雄』として、世界を壊してやろうなどと考えなかった筈だ。もしもそんな未来があったとしたら、全てが丸く収まったのではないのか。


(無い物ねだり……子供だな)


 自分の考えに苦笑する。自分を大人だとは思わないが、それにしても、である。


「シン、君の憤りはもっともだ。それは、『彼ら』もわかっている。君が辛かったその時に、何もしてやれなかったことを後悔している。許せとは言わん。だが、理解してあげてほしい。これは、私からのお願いだよ」


 気丈な、戦士としての威厳を失わずに立派な姿を見せてきたジェラルドが、その頭をシンに下げたことは、シンにとって衝撃的だった。その姿に、リーゼとマリアも息を呑んでいた。


「私に頼んできたその人は、立場的に難しいところに立っている。しばらく、彼がその姿を君に見せることは叶わないだろう。だが、いつの日か、その時が来たら……彼の言葉に耳を傾けてやって欲しい」

「……勝手ですね。僕が助けてほしいと願った時、誰も聞いてはくれなかった。それなのに、僕には話を聞けと?」


 ジェラルドが悪い訳ではない。それはわかっている。それでも、言わずにはいられなかった。

 握った拳が、痛む。


「皆、勝手すぎる……『十三番目の英雄』だの、『呪われた子』だの……勝手に決めつけて、僕から全てを奪ったというのに!」


 ソファの間にあったテーブルに、シンは拳を叩きつけた。力加減を考えなかったせいで、テーブルは音を立てて一部がはじけ飛んだ。


「シン……」


 マリアが、不安げな表情でシンの腕を掴んでいた。


 感情的になりすぎたと、自分の中にまだ居た冷静な『自分』の指摘に、シンはソファから立ち、窓辺へと足を運んだ。


「――すみません。感情的になりすぎました」

「構わんよ」


 ジェラルドは、そう言ってくれた。


「君にとって、今のこの現状というのは腹立たしいことばかりだとは思う。私も『彼』も、好き勝手なことを言って君を動かそうとする。私が君の立場なら、きっと君と同じように憤りを感じるだろう。それでも、私は君にこの世界を生きて欲しいと願う。君の気持ちを考えずに、な」


 ジェラルドの言葉は、慎重に言葉を選んでいるように感じた。


「――君は、私と初めて会った時のことを覚えているかね?」


 ジェラルドと初めて会った時。それは、母が死んだ――いや、殺されたあの日のことだ。


「よく、覚えています……」


 忘れられる筈もない、あの日の出来事だ。


「その時、私が言った言葉を、君は覚えているかね?」


 ジェラルドが言った言葉? あの日、ジェラルドは何と言った……?

 思い出したくないあの日。それでも、シンは記憶を探った。あの日、連れて行かれたこの屋敷で、ジェラルドはシンに何を言った……?


『理不尽な力が許せないなら、強くなれ。君が、その理不尽を倒せるくらいに』


 そうだ、あの日、ジェラルドはシンにそう言った。

 ……いや、まて。彼は、それ以外にも何かを言った筈だ。彼は、何と言った?


「貴方は……僕に、理不尽を倒せるくらい強くなれと言った。そして……」


 思い出せない。何か大切なことを言っていたのではないか? そう思うのに、思い出せない。

 まるで陽炎のように揺らめいている記憶。見えているのに、見えていない。思い出せそうなのに、思い出せない。


「貴方は、僕に――」


 ……駄目だ。思い出せない。


「私は、君にこう言った。『世界に殺されるというのであれば、生きて、世界を壊してみろ』、とな」


 その言葉を聞き、シンは全身から血の気が引いていくような錯覚を覚えた。


 ジェラルドが言った言葉がそうであるならば。

 あの日、ジェラルドにその言葉を言われ、それを聞いていたのであれば。

 今の今まで、シンが心に誓っていた、この決意は……。

 そうだ、自分でそう決めたと思っていた、『世界を壊す』という決意は……?


「君は、『世界』への復讐という『生きる目標』を得たのだ、あの日に」


 シンは、ジェラルドの顔を見た。

 彼は、厳しい……それでいて、何か申し訳無さそうな、そんな難しい表情をしていた。


「――僕は、貴方に生かされていたということですか。あの日、あの瞬間から……」


 自分でそう決めて生きてきたつもりだった。しかし、実際のところはジェラルドが敷いたレールの上を歩いたに過ぎないのか?


「……あの言葉は、私の言葉であって、私の言葉ではない」


 自分が良いように動かされていたと思ったところで、ジェラルドは妙なことを言い出した。


「……どういう意味です?」


 あの言葉が、ジェラルドの言葉であり、そうでないというのは……。


「あの言葉は、事件が起きる前に、私の友人である――君の遠縁にあたる男から、言われていた言葉だ。君に、いつか聞かせるために、と」


 あの事件の前から、『その男』はシンにあの言葉を伝えようとしていた?


「どういう意図ですか、それは……。あの日、僕はおそらく貴方の言葉で『世界』を壊そうと誓った。……それは、母の死があったからです。そうでなければ、『世界』を壊そうだなんて、思う筈がない。……それなのに、『その男』は、僕にその言葉を伝えようとしていたんですか? 何のために?」


 シンの決意を固めさせる『最後の鍵』として機能したあの言葉――それを、あの事件が起こる前にシンに伝えようとしていたというのであれば……そこには、どんな意図があったというのだ。


 固執する必要はないのかもしれない。それでも、シンは気になって仕方なかった。


「彼の意図、か……これは推測にすぎないが、きっと……君に生きていて欲しかったのだと、私は思う。『世界』が生きることを拒むのであれば、その『世界』を壊してでも、生きていて欲しい、と。……そう願っていると、私は思う」

「……私も、そうだと思う」


 ジェラルドの言葉に、マリアが追随した。


「言葉だけを捉えると、凄く恐ろしいことを言っていると思うわ。でも……生きていて欲しい、という願いが込められていると、私は思う。だって、生きるって……他人には、どうしようもないことだもの。その人に、生きる意志がなければ……人は、生きることを手放してしまう。私は、そう思うわ」


 マリアの言葉に、リーゼも頷いていた。


「シン、君は『世界』に絶望しても、その『世界』を壊すという目的のために生きることをやめなかった。……君は、きっとその言葉に生かされたんだ。そして、君は生きようと思ったんだよ。その言葉で」


 世界を憎むことで生きることを決断したというのか、自分は。そう思うと、シンは自分のことが滑稽に思えてならなかった。


「結局、俺は『運命』というものに踊らされているのかもしれないな……」


 苦笑する。『運命』というものを嫌悪していた。だが、結局はその『運命』に翻弄されているような気がするのだ。


「神か悪魔か……俺は、誰かの掌の上で踊らされているのかもしれないな。滑稽だよ」

「シン……」


 マリアが悲しげな表情でシンを見る。やめろ。そんな目で見るな。


「与えられた役割が何なのか。『運命』を決めた奴の思惑は分からないが……だったら、こっちは自分の思う『シン・レイナード』を演じてやろうじゃないか」


 たとえそれが、誰かの思惑通りでも。選んだのは、自分だ。


「『十三番目の英雄』か、『魔王』か……誰かが望む道を歩かされているのだとしても、俺は俺の目的を達成できるのであれば、喜んで踊らされてやるさ。選ばされているんじゃない、俺がそれを選ぶんだ」


 今はまだ、負け惜しみでしかない。――だが、いつか、きっと。


「俺は、俺のために戦う。誰かの思惑なんて、関係ありませんよ」


 そう告げると、ジェラルドは「そうか」と、静かに頷いた。


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