11
海辺の道はしばらく一本道、曲がるところも無く差はじりじりと詰められていく。
だが今はそれよりも、ついに掴んだイメージが頭を廻る。
あれは7、8歳ぐらいの秋。シェルムは風邪を拗らせて入院することになった。遊び盛りの彼にとってベッドの上の生活は死ぬほどつまらなくて、右隣のベッドの女の子だけがそんな彼の話し相手だったのだ。彼女はシェルムより後に病院へやってきた。最初は話しかけても放心したようにぼーっとしたままだったり、夜中になると突然跳び起きて無いはずの足が痛いと泣き喚 いたり、とてもコミュニケーションがとれる状態じゃなかった。しかし、そうなる度に根気強く話しかけたり励ますうちに、だんだん打ち解けて友達になっていた。退院が決まったとき、どたばたして何も言えずじまいだった。
最後に見たのは窓際で「一緒に登ろう」と約束した木を眺める彼女。真っ白なツインテールを風になびかせ、自分が来るのを待ってる無邪気な少女。
自分はそれを窓の下から眺めていた…
違和感が彼を現実に引き戻す。少女が自転車の荷台を掴んでいた。急にスピードを落とされ、ペダルが重い。シェルムは胃が冷えるような気がした。
例え彼女があの時の少女だったとしても今は関係ない。軽い恐怖と嫌悪が懐かしみを塗り潰した。
シェルムはすぐに自転車を少女に向かって突き放した。バランスを失った自転車は何かに引っ掛かり、大きく後輪が跳ね上がる。後方に掴まっていた少女は弾かれて前のめりになり、慌てて持ち直そうとするが、既に進む術を無くした自転車がそんな彼女の上に勢いよく倒れこんだ。
少女が短く悲鳴を挙げる。その声にシェルムの良心が戻ってきた。
はっとして少女のもとへ駆け戻る。少女は目を閉じていた。とんでもない不安に駈られて自転車を退けながら彼女の名を呼ぶ。
「チル、おいチル!大丈夫か」
少女は動かない。シェルムは彼女を抱き起こした。彼女の口元が小さく動いた。聴こえない。
「何、なんだって?」
耳を寄せて聞き取ろうとする。彼女は今度ははっきり口を開く。
「覚えていてくれて嬉しいよ、シェルム」
チルの目に再び光が瞬く。シェルムは意識する間も無く投げられた。気づけば、彼女を地面から見上げる形でがっしりと腕を決められている。冷静さを取り戻した彼はギシギシと訴える関節の痛みに顔をしかめた。
やられた!