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スクラップズアウト
黒頭募るスクランブル交差点、足早に過ぎ去る人々の中を、少年が流されていく。
シェルムは折り畳みのきくヘッドホンをわざわざ引っ提げて、気だるそうに目をあげた。
見る者が見れば、彼がこれから良からぬことをするつもりだと気づいただろう。彼は生来の吊り目に狼のような火を灯していた。彼は16の学生だが汚れなき少年として生きていくには少々世界を知り過ぎていたようだ。
今彼の目の前を無防備な羊が通りすぎる。
狼は絶好の機会を逃がさない。彼と軽くぶつかった中年の男は、ポケットが軽くなったのに気づくことなく人混みに紛れていく。
体育館の屋根の上は誰も登り方を知らない。一 人でいるにはもってこいの場所だった。
2万と2500ちょっと。ちぇ、最近のジジイはしけてやがる。せめて5万ぐらい持っていてもいいんじゃないか?
財布の中身を辺りに散らかしながら今日の収入を確認していたシェルムの視界に、不意にブーツが現れた。
「やっぱりここだろうと思ったよ。またスったの?捕まったらどうするの。」
頭の上に降り注ぐ声に顔をあげれば、アキナが仁王立ちで腰に手を当てていた。トレードマークのスカーフが風になびている。せっかくなかなか可愛いらしい容姿をしているのにお節介なのがたまにきずだ。シェルムは肩をすくめてすぐに視線を落とした。
「サツなんてこの町には居ねぇよ」
空の財布をポイと眼下のフェンス向こうに投げ捨てながら小声で付け加える。
「お前の親父が財で追い出したんだろ」
風の中なら聞き取れないと思ったが別にそんなことは無かった。すぐにアキナは眉を吊り上げた。
「あのねぇ、心配して言ってるのにそんな態度じゃ、いつか友達いなくなっちゃうよ。それに、お父さんが何してても関係ないでしょ!」
彼女はこの手の話題をとても嫌がる。
アキナの家はお金持ちだが、ただのお金持ちじゃない。いわゆるマフィアの家系である。
そんな家柄に、彼女はコンプレックスを感じているようだった。説教が続くのは嫌なので、ここですかさず話題を変える。
「それより、今何時限目だ?」
大きく伸びながら聞くシェルムに、アキナは呆れたようにふぅと息を吐いて見せた。
「五時限目が終わった所。あと一時限だけだから受けていきなよ。」
「それもそうだな。」
お金をポケットにねじ込み、シェルムは立ち上がった。彼がスリを働くのは、養家からの仕送りが途絶えてしまったからである。別に、進んでやっているわけではない。それなら支援金を貰えばいいじゃない。そんな考えはここにおいて「パンがないならケーキを食べればいいじゃない」と同義語だ。マフィアがいる町に支援金が存在するだろうか?もちろん、あるわけない。
屋根上を吹き抜ける風は少し鉄臭い。見渡せば、錆色の風景。今日も町中錆ネジとくすんだ基盤に溢れかえっている。シェルムは目を細めた。
「私、先に戻ってるから。来なかったら承知しないんだからね」
戻ろうとする彼女を、彼はふと呼び止めた。
「夕飯おごってくんね?」
彼女は爽やかな笑みで答えた。
「やだ」
どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
シェルムはがっくりと肩を落とした。