紫陽花の香[3]
「家に、帰りたい」
撫子が口にすると同時に視界が変わる。
さっきまでいた薄紫の部屋ではなく、白とピンクで併せられた見慣れた部屋にいた。
「ここは…私の部屋?」
電気がついていないが、外は明るく、先ほどの森や城は夢だったのではないか、というくらいに、晴れ渡った空。
ベッド付近で充電してある携帯電話を見ると午前7時。
平日をさしているので、今日は学校があるのだと気づく。
急いで準備しなければ。
制服を着て、リビングへと向かう。
父親はすでに仕事へ向かったようで、リビングには母と弟が朝食を食べていた。
「撫子ちゃん、今日は少し遅かったのね。
朝ごはん、もうできてるから、ゆっくり食べていってね」
「うん、いろいろあって…」
私が寝坊なんてするわけないじゃない。
私の親の癖にそれくらいわかりなさいよ
「いただきます」
うえ…
これ、私が嫌いなやつじゃない。
なんで、こんなの入れるのよ
「おいしかった!ごちそうさま、もう行くね」
朝から豚の餌みたいなご飯だすんじゃないわよ。
やっぱり、私がいなきゃ、だめなんじゃない。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「いってきます」
私はかわいいくてか弱いから、不審者には気をつけなきゃね。
まあ、私が助けを呼べば、周りの人が助けてくれるから、大丈夫なんだけど。
「撫子ちゃん、おはよう」
「おはようございます」
ああ、不細工ばっかり。
男も女もぱっとしないんだから。
世界中を探しても、私に見合う人間なんて、いないのよ。
「撫子ちゃん、今日は女の子の転校生がくるんだって」
「そうなんだ、仲良くなれるといいな」
私よりいい女なんていないんだから、こいつらと一緒でいい暇つぶしにしてやるわ。
「今日は転校生を紹介するぞー。なんと外国からきたそうだ。
みんな仲良くしてやってくれ」
教室に入ってきた女は、さらりとした金髪に、海のようにキラキラと輝く青い瞳。
スレンダーな体を小麦色に焼いてしなやかに伸びる長い手足。
教室のだれもが目を見張るほどの美しさだった。
一人を除いて。
転校生に群がるクラスメイトをじとりと見て撫子は小さく奥歯をかみ締めていた。