紫陽花の香[2]
「…お客さん?」
上を見上げて呆然としている彼女は、びくりと肩を揺らして声の元へと視線を向ける
そこには、ふわふわとした服を着た少女の姿があった
幼女は小首をかしげて、再度同じことを聞く
「う、ううん、私はお客さんじゃないの。
…お母さんか、お父さん、近くにいないかな?」
「…こっち」
少女は少し考えた後、歩き出し、大きくて重そうな門を軽々と開けて進む。
少女の体には見合わない力に唖然としたが、彼女を置いて進む少女に遅れないように急いで進んだ。
素人目でもわかるくらいの高そうな調度品を眺めながら長く綺麗な廊下を歩いていると、少女がひとつの扉の前で立ち止まる。
「マリー、お客さん」
少女が言いながら扉を開けると、そこには一面うす紫色の壁にいろいろなパステルカラーで揃えられた家具。
一際大きなソファに寝転がり、本を読んでいる女がいた。
「ほう。
そんな小娘ごときがここまで来れるとはな。
運がいいのか、悪いのか…」
やたらと癇に障る言い方をした“マリー”と呼ばれた女は部屋に似合わず真っ黒のチャイナドレスに似た服を纏い、長く伸びる紅色の髪を緩く結わえている。
本を持つ白く長い指には深紅の爪が彩り、パタリと閉じられた本の先には、まるで獲物を狙う空腹の獣のような黄金の瞳が彼女を見据えていた。
「小娘、なにを突っ立っておる?
童との会話は無用だ、とでもいいたいのか?」
彼女はビクリと肩を揺らしたが、いそいそと手近な椅子へと腰をおろした。
「さて、小娘。
貴様の願いを言ってみよ。」
「あの、私、撫子と言います。
願いっていっても、そんな急には…あ!
私、家で寝てたはずなのに、気がついたら森にいて。
帰りたいのに帰れなくて、困ってるんです…!
せめて森を抜けるまで、案内してもらえませんか?」
「…小娘、貴様の願いは違うはずじゃ。」
「なに、言ってるんですか…?」
「私は世界一かわいい
こんな見た目だけの失礼な女よりも美しい
私がいなきゃ、みんな悲しむ
こんなに美しい私がいない世界など、色のない絵の具のようだ」
「ど、どうしたんですか?」
「貴様の内を読んだだけじゃ。
貴様、ずいぶんと自信があるようじゃないか」
少女が静かに運んできたティーカップを持ち淡々と言葉を発するマリーに困惑する撫子
「ここではフリなど必要ない。
再度聞こう。貴様の願いはなんじゃ?」
「わ、私の願いは…」