もやもや
ユースケに避けられている。
そう気付いたのは、姐御に浴室で相談した次の日だった。
それから二日が過ぎたが、パーティーとしての戦い方の練習に明け暮れ、互いに言葉を交わすことはなかった。
「私なんかしたのかな…?」
もしかしたら何か起こらせるようなことをしてしまったのかもしれない。
今日の予定が済み、自室に戻った私はそんなことを考えながらルミナスに尋ねた。
「ふむ。妾はユースケ殿が何かを思い悩んでいるように見えるがの。」
「ユースケが!?だからって私を避けること…」
「主様、主様はなぜ避けられておるのか検討もつかぬのか?」
そう尋ねられて、私は頭を悩ませた。
ユースケと私は、今居るメンバーでは過ごした時間が一番長い。
ルマンさんの方が先にユースケと知り合いだったとは言え、同じギルドで楽しかったことも苦しかったことも共に味わった仲間としては私たちより長い時間を過ごしたのはゲーム時代のギルド員位のものだろう。
だからこそ悔しかった。
悩んでいるなら一番に話してほしい。
力になりたい。
なのになぜ…そんな気持ちが渦巻く中、私は日中の疲れで瞼が重くなっていくのを感じた。
「*********」
ルミナスが何事か言った言葉も聞こえず、私もやもやとした気持ちのままは眠りについたのだった。
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Side ルミナス
「親しいからこそ言えぬ事もあるのじゃ…」
主様が眠りについたのを確認しながら、妾は一人呟く。
安らかとは言えぬ寝顔を見た後、妾は部屋から出てユースケ殿の部屋へと向かった。
トコトコと妾の足音だけが響く廊下を歩きながら、妾はここ数日の事を思い返しておった。
日々繰り返される魔物との戦い。
残りの魔族を葬る為に『ちーむわーく』とやらを養うものらしい。
その最中もユースケ殿の視線は主様ばかりを見ておった。
本来、指導者でありリーダーでもあるユースケ殿が主様だけを気にかける事などあるはずないのじゃ。
妾が選んだ主様なのじゃ。
戦いにおいて弱いということはありえぬし、妾から見ても主様は見事な動きで戦っておった。
なのにじゃ!
なぜ主様ばかりを見ておった?
あんなに辛そうな顔で……
妾は主様を大切に思っておる。
じゃが、ユースケ殿も、他の『仲間』もまたしかり。
そんなことを考えながらユースケ殿の部屋の扉を叩いた。
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Side ユースケ
フィーを避け出してから今日で三日。
良くないとはわかっていても、真実を告げる勇気が持てずにいた。
フィーの悲しむ顔が見たくない。
そんなのはただの建前で、ただ俺の意気地がないだけだ。
人を想うというのはこんなに辛いものだったのかと過去の自分に想いを馳せる。
嫌でも寄ってくる女たち。
鬱陶しさしか感じたことのなかった『女』という生き物に対する考え方が、フィーを見ていると根本から覆される。
『愛しい』
その一言では到底言い表せないほどの想いが自分の中に確かに存在している事に戸惑いを隠せない。
日に日に大きくなっていく感情をもてあまし、相手の顔色を伺って言わなければならないことさえ言えずにいる自分に腹立たしさが募る。
ここ数日はこの繰り返しだった。
「どうなっちまうんだろ、俺」
初めて感じた感情に振り回され、俺は疲れきっていた。
ベッドに身を投げ出そうとしたところで、部屋をノックする音が聞こえる。
(まさかフィーか!?)
びくりと肩を震わせ、扉を凝視する。
そんな自分の姿が滑稽で情けなく自嘲の笑みが自然とこぼれた。
そんな俺の気持ちはお構いなしに、強くなっていくノックの音に混じって声が聞こえてきた。
「ルミナスじゃ!ユースケ殿、おるんじゃろ?主様はおらんゆえ安心せい!」
その言葉に強張っていた体を崩し、俺は小さな訪問者を迎え入れるために部屋の扉を開いたのだった。
「それで、どういうつもりなんじゃ?」
ルミナスは椅子に腰かけてすぐ、そう尋ねてきた。
俺はベッド、ルミナスは椅子に腰かけ正面から向き合っている状態だ。
ルミナスの有無を言わせぬ声音に自らの負けを悟った俺は、ぽつりぽつりと話し出した。
魔族のこと。
フィーの理想は理想でしかないということ。
それを言えずにいること。
そして俺の気持ちも…。
全て話し終えた頃には、胸のつかえが取れたような不思議な感覚が俺を支配していた。
「そうじゃったか…辛かったのう」
そう一言だけ言ったルミナスの言葉に意図せず涙がこぼれた。
(あぁ、俺は誰かに話を聞いてほしかったんだ…)
堰を切ったように止めどなく流れる涙。
思えばこの世界に来てから絶望を経験し、フィーと再会してからは怒濤の日々だった。
リーダーとして増えた仲間の管理や、強大な相手との戦い。
ぬくぬくとした日本で生活していた俺が、何の犠牲もなしに背負えるはずがないのだ。
「聞いてくれてありがとな、ルミナス」
やっと止まった涙を袖で拭い、ルミナスにお礼を言いながら頭を撫でる。
少し照れながら部屋を去ったルミナスは、今日話したことをフィーに言ったりはしないだろう。
ならば俺から言わなければ…
そう決めた俺の心は流した涙の分だけ軽くなっているような気がした。




