関係
Side セルフィス
「娘の奪還は上手くいったようだな」
「はい。それは万事滞りなく。」
腹心であるマテスは膝をつき、独り言のように呟かれた言葉にも返答を返す。
カイルが刺され、生死をさ迷った事など想定していた最悪の結末に比べれば些細なことであるらしい。
最悪の結末へと進む未来は回避したものの、まだ安心とは言えない。
「次から次へと頭の痛いことよな」
「……」
セルフィスの顔はいまだ険しい。
憂いと不安を滲ませても神々しさを隠しきれていない主から視線を移し、マテスは自らが未来視した映像が映し出されている水鏡を見る。
そこには街が瓦礫にかわって至るところから火の手が上がり、阿鼻叫喚とも言える人々の様子が映し出されていた。
「セルフィス様…」
「うむ。我々は本来世界の出来事に手を出してはならん。娘たちに賭けるしか無いだろうな。」
水鏡を見つめる主従は、視線はそのままにいちるの望みを異世界からの娘に託したのだった。
Side Out
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「ふぁー、極楽だぁー!」
そんな大切な役目を託されているとは露知らず、私は、親父のような台詞を吐きながら久々の温泉を堪能していた。
言わずもがな、拠点の浴場のことである。
隣にはルミナス、真正面にはダイナマイトなバディの姉御が一緒だ。
「フィー、あんた親父くさいね。せっかく可愛いんだから…」
ぶつぶつ言っている姉御を華麗にスルーしつつ、恍惚としているルミナスと共に肩までお湯につかる。
久し振りの温泉だ。
親父くさくもなるというものだろう。
それに美人でダイナマイトなバディの持ち主であるにも関わらず砕けた話し方をする姐御だけには言われたくない。
王城のお風呂は所謂西洋式で、バスタブが浅かったし、すぐに侍女さんが『お手伝いします』と言いながら入ってこようとするので、気が休まらなかった。
それに比べ、元日本人であるユースケが改造したこの浴場は、心を鷲掴みにする魅力にあふれている。
親父くさいといわれようが、思わず声が漏れるのは仕方のないことであろう。
それはともかく、普段ならルミナスと二人で入る浴場に姐御を誘ったのには訳があった。
私が魔族に『王』として操られていた間に経験を踏まえて、今思っていることを話したいと思ったからだ。
本来ならユースケに一番に話すのが良いのかもしれないが、部屋を訪ねるとカイルと何やら話しているようだった。
父親を魔族によって殺され、憎しみが消えていないカイルがいる場所で、私の思いを話すのは些か気が引ける。
ユースケの部屋から早々と退散し、廊下を歩いていたところに姐御の姿を見つけ、勝手に白羽の矢を立てさせてもらったというわけだ。
「で?何か話があるんだろ?」
そう言った姐御の顔は慈しみに満ちていた。
どうやら私の考えは姐御にはお見通しだったようだ。
流石はゲーム時代にトップギルドに名を連ねるギルドのギルマス…と驚きと納得で、私は口を開いた。
「ばれてましたか。」
「当たり前だよ!いきなり廊下で会った途端『お風呂いきましょう!』何て言われたら誰だって何かあるんだって気付くだろうに…」
どうやら私に隠し事は無理のようである。
「そうかい。確かにカイルにゃ言えないだろうね。」
私の話を聞いた後、姐御はそう言った。
それもそのはず、私が提案したのは魔族との友好関係を築きたいというものだったのだから。
昔の私と同じ目をしていた魔族の三人。
今はもう二人だが、憎しみと悲しみ、そして僅かな希望を映す赤い瞳が頭から離れない。
考え込む私をじっと見つめ、姐御はため息をついた。
「はぁー、決意は変わらないんだね。全くフィーらしいったらないよ。この話はルマンやリリスにも伝えておくよ。」
「ありがとうございます!」
「お礼を言うのはまだ早いよ。フィーにはこれから一番の難関が待ち構えているんだからね。」
一番の難関とはユースケとカイルのことだろう。
『全員が同意しなければ行動は起こさない。』これはゲーム時代からいつの間にか決められていた暗黙の了解である。
「これでいいのかな…」
浴場から出ていく姐御の後ろ姿を見送りながら呟く。
お互いに友好関係を結びたいと言う気持ちならば、カイルの了承が取れさえすれば、この話は上手くいくだろう。
でももし相手が拒否すれば?
戦闘は避けられない。しかも私達が出遅れる、つまり不利になることは確実だ。
それはそうだろう。
友好関係を結びたいという私達が武器を構えて話をするわけにはいかないのだから。
つまり、魔族側が有利な戦闘の場を自ら作り出してしまう可能性だってあるわけだ。
渦巻く不安な気持ちに蓋をし、私はルミナスの手を取り、浴場を後にした。




