歯車
泣きながらお礼を言う私を、それぞれがなぐさめてくれた。
優しい言葉や笑顔を目の当たりにして、喜びと幸せが駆け巡る身体で自室へ戻り、ベッドに横たわって天井を見あげる。
幸せを噛み締めるように目を閉じた筈が、いつの間にか違うことに思考が奪われていた。
「主様?何を考えておるのじゃ?」
私が魔族に操られてからというもの心配症に拍車がかかったルミナスが尋ねてくる。
私は少し考えた後、体を起こし、口を開いた。
「うん。魔族の事をちょっとね…」
「ふむ。そうか。妾も気になっておった。主様は元に戻ってから魔族を憎めないようじゃと感じたからの。」
「やっぱり気付いてた?」
「うむ。妾が気付くぐらいじゃ。ユースケ殿や皆も気付いておるじゃろうの。」
「そっか。あのね、確かにカイルのお父さんを殺したり私を操ったりした魔族は憎いの。でも…何だか憎みきれなくて…」
「妾は主様に従うのみじゃ!主様の思うままにユースケ殿や皆に話をしてみてはどうじゃ?」
「うん。そう…だよね。ルミナスありがとう。」
再び目を閉じて考えるのは残された2名の魔族のこと。
夫婦だという二人。
『王!もうすぐ産まれるのです』と、笑顔で言っていた女性。
それを慈しんだ表情で見ていた男性。
憎しみだけに囚われている者があんな顔、出来るだろうか?
ユースケ達がマテスと言う男から聞いた話を信じるのならば、誰も悪くない。
【罪を憎んで人を憎まず】とは良く言ったものだと思う。
いくら害を及ぼした相手といえど、憎み戦おうとは思えない。
綺麗事だと言われようと、私は救えるのならば救いたいのだ。
私が周りの人に救ってもらったように、今度は私が救う側になりたいと思うのは傲慢なのだろうか?
何かを憎んでいれば生きていられる。
そう思っていた時期が私にもあった。
「でもそんなの悲しすぎるよ…」
呟きと共に涙が一粒、目尻から流れた。
それが何に対する涙なのか、私にはわからないままだった。
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Side カナタ
「セディスがやられて王までも取り返されてしまったわ!どうすればいいのよ!」
ヒステリックに叫びながらせわしなく部屋を歩き回るミナミを宥める言葉が見つからない。
「落ち着け。子に障る。」
ようやく絞り出すように言った一言は効果覿面で、ミナミは渋々といったように椅子へと腰を掛けた。
その様子に苦笑する。
(『子供』の一言で大人しくなるとは…やはり既に母親ということか。)
椅子に腰かけたまま、まだおさまらない衝動を爪を噛みながら必死に耐えているミナミを見て、愛しさが込み上げる。
「次は俺がいく。」
母子共に危険にさらしたくはなくてそう言えば、ミナミはびくりと体を震わした。
「そんな…セディスと王の二人でも敵わなかったのよ!?」
「だが、ここで歩みを止めるわけにはいかないだろう?」
「……」
「だから今度は俺が…」
「嫌!嫌よ!!あなたまで居なくなったら私はどうすればいいのよ!それにあなたがいなくなれば魔族としての血は途切れるわ!もし攻めこまれたら私もお腹の子もただではすまない!だから私も行くわ!」
「そうか…そうだな。散るなら二人…いや三人で潔く散ろう。」
「ええ、愛してるわ。あなた。」
そう微笑んだミナミの顔は涙で濡れていても美しかった。
Side Out
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誰も預かり知らぬところで歯車は回り始めた。




