帰還
晩餐会は無事終わり、私とルミナスは着替えるために部屋へ戻ってきていた。
ちなみに、大ホールから部屋まで会話は……ない。
なぜなら二人とも疲れきっていたからの一言につきる。
晩餐会は無事終わったが、私たちは無事とはいえなかった。
ルミナスは揉みくちゃにされていたせいで髪は乱れているし、私もあの後覚えきれないほど沢山の人から声を掛けられたりダンスに誘われたりで、ぐったりだ。
なんとか王族の皆さんに挨拶を済ませ、会場を後にすることができた。
部屋に戻った途端、にっくきコルセットとドレスを脱ぎ捨てる。
お気に入りのキュロットと麻のシャツ、ローブをアイテムボックスから取り出して着替えれば、いつもの『私』の出来上がりだ。
ルミナスも私がプレゼントしたドレスに着替えている。
「帰りたい。疲れたー」
部屋のソファーに身を投げ出せば、思わず本音が漏れた。
王城の食事は美味しい。
晩餐会で食べたり飲んだりしたものも贅が尽くされていて、本当に美味しかった。
お風呂も部屋づつについているし、何かしたければ人を呼べば何でもしてくれる。
素晴らしいと思う。
それでも、やっぱりここは『人の家』なのだ。
いくら素晴らしいとは言っても、落ち着くか?と聞かれたら答えはノーだ。
「ルミナス、帰ろっか?」
「そうじゃな。妾も疲れたのじゃ!早く拠点に戻りたいのじゃ。」
そんな事を話していると、部屋の扉がノックされた。
晩餐会は終わったので、もう安心だとは思うが油断は禁物だ。
コルセット事件を思い出してブルリと体を震わせた私は対応すべく扉を開いた。
「なんだぁー、ユースケかぁ…」
「何だとはなんだ!迎えに来てやったってのに…ったく!皆、待ってるから帰るぞ。」
緊張しながら開けた扉の向こうにはユースケが立っていた。
その事に安心して思わず力が抜ける。
そんな私にぶつぶつと文句を言うユースケを尻目に、私達は皆が待っているという城外へと歩き出した。
城門にいる騎士たちにお辞儀をされ、軽く会釈を返す。
門を抜けると、仲間全員が揃っていた。
「よし、んじゃ帰るか!俺たちの家へ。」
言うが早いか、ユースケが転移の魔方陣を描く。
それに乗り、私達は光と共に王城を後にした。
次に目を開けた時には拠点へと移動していた。
さっきまで帰りたいと願っていた場所なのに、帰ってきた今、いろんな感情が一気に押し寄せてきて、押し潰されそうになった。
何日か前にここでした宴会を思いだす。
楽しかった記憶と共に、あのメンバーで集まれることは二度とないのだと思い知らされる。
楽しかった時間のすぐ後に起こった悲劇。
カイルのお父さんが亡くなったときも、葬儀にすら出席できなかった自分。
あまつさえ、操られ、大切な仲間や大切なこの場所まで忘れてしまっていた自分。
情けなくて悔しくて…そしてなぜだか悲しくて涙が出た。
「主様…」
他のメンバーにそんな情けない自分の姿を見せたくなくて、声を押し殺して泣いていると、横からルミナスの心配そうな声が聞こえてきた。
顔を見て大丈夫だと伝えたいのに、涙で視界が歪んで黙っていることしか出来ない。
それぞれの部屋へと戻ろうとしている仲間たちの後ろ姿を見て涙を拭う。
そして決意をし、声を掛けた。
「皆さん、少し話を聞いてもらえませんか?」
振り向いた全員の視線を感じながら私は頭を下げた。
「おいっ!フィー!どうし…」
「カイル、黙れ。フィー、何か話したいことがあるんだな?」
驚き慌てたカイルの言葉を遮ってユースケが私へと尋ねる。
それにコクリと頷いて、私は口を開いた。
「私は孤児でした。」
その言葉に皆が息をのむのがわかる。
それを感じながら、私は話を続けた。
「小さい頃からこの世界に来るまで、私はどこにいても孤児という言葉が付いて回った。だから卑屈になってしまっていました。親しい友人や親族も居なくて孤独でした。自分でその状況を打開しようと努力もせず、生きているのか死んでいるのかわからないような毎日を送っていました。」
「フィー!もういい!やめろ!」
「ううん。ユースケ、やめない。聞いてほしいの。仲間に。そしてちゃんと謝りたい。」
辛そうに顔を歪めたユースケの制止に、私はハッキリと拒否を示した。
その私の様子に驚いた顔をしながらも、ユースケは目で続きを促した。
それに一つ頷いて、私は再度口を開く。
「そんな生活を送るうちに、私は色々な事を憎むようになりました。私を虐げた人やさげずんだ人。果てには世界まで…。でもそんな私も【ユグドラシル】に出会って少しずつ変わっていきました。仲間ができて、ルミナスという相棒も出来て、仮想現実だとわかっていても幸せでした。ゲームが終了して三年、この世界に来てからも、カイルに会ってルミナスやユースケと再会して私は変われたと思いました。」
「主様…」
私を見上げるルミナスの頭を撫でる。
今の私は辛そうな顔をしているだろう。
自分でも上手く笑えていないのがわかる。
「でも…そんな時、ユキナが現れた。かつてのギルド員であり、私が妹のように可愛がっていたユキナに…私は裏切られました。そしてそんな私の心の隙間に魔族は入り込んできた。私は操られ、仲間に刃を向けた。何を犠牲にしても守りたいと思っていたものに自らの刃を向けたのです。謝って許されるとは思ってません。私の弱さが招いた事だから…。でもどうしても謝りたかった。皆、ごめんなさい!」
私が頭を下げると、どこからか溜め息が聞こえた。
「はぁ、あんたも大変だったんだねぇ…。私は気にしてないよ。カイルの親父さんは残念だったけどね。全員がここに揃って生きてる。それでいいじゃないか!」
「まぁ、フィーは昔から気にしすぎるとこがあるからな。」
「親父のことはフィーのせいじゃない。俺はフィーが今ここにいてくれることが嬉しい。」
「そうですわ。お姉さまの生い立ちは驚きましたが、それで私たちの絆がきれることはあり得ませんわ!ねぇ?フレイ?」
「うん!ぼくよくわかんねーけど、フィーねぇちゃん好きだぜ!」
「あたちもおねえちゃんしゅき!」
「フィーさん、あなたは皆さんに大変好かれています。だからこそ貴女を奪い返そうと我々は動いたのですよ?」
「そうじゃ!主様は人気者なのじゃ!フレイ!ねぇちゃんなどと気安く呼ぶでないわ!」
「はーい。ルミナス様ごめんなさーい。」
「なんじゃ?!その悪いと思っておらんような態度は!」
全員の言葉に胸が熱くなった。
許してもらえた喜びと、これからも一緒にいられるという安堵の気持ちが、私を笑顔にする。
ルミナスとフレイの可愛らしい喧嘩を横目に、私は一人呟くように何度も何度も同じ言葉を言い続けた。
「ありがとう…ありがとう…」と。




