城の悪魔たち
「痛い痛い痛いー!!!」
私はただいま絶賛絶叫中である。
「我慢なさいませ。淑女として当然の事にございます。」
私の叫びに冷静に対処しているのは侍女であるミリアさん。
今だけは優しそうな顔をしたミリアさんが悪魔に見える。
事の始まりは午前11時。
ルミナスとじゃれあいながら惰眠を貪っていた私の部屋をノックする音が聞こえた。
「はーい」
誰だろ?ユースケたちかな?などと思いながら用意されていた寝間着を整え、扉を開けた私が見たものは、昨日よりも素敵な笑顔のミリアさんと、久々に会う友人クリスの姿だった。
クリスは少し痩せたように見えるが、顔色は良さそうだ。
その様子にひとまず胸を撫で下ろし、二人を部屋の中へ促した。
「ミリアさん、おはようございます。クリス!久しぶりだね。中へどうぞ。」
それが悪夢の始まりだとは、この時の私は思ってもみなかったのだ。
クリスが居ることに疑問を感じれば、心の準備くらいは出来たのかもしれないが、私は久々に会う友人の姿を見て、完全に浮かれていたと言っていい。
「おはようございます。と言うには日が昇りすぎている様に思いますが…まぁ良いでしょう。フィー様、今日のご予定は頭に入っておられますね?」
ミリアさんの厳しい言葉に笑ってごまかしながら考える。
(え?今日の予定って何?晩餐会でいいんだよね?)
う~ん?と首を捻っていると、ルミナスが助け船を出してくれた。
「夕方から晩餐会があると聞き及んでおるが・・それがどうかしたのか?」
「そうでございます。晩餐会でお召しになるドレスがないとの事でしたので、勝手ながら用意させて頂きたく参りました。」
その会話を聞いて、クリスが同席している理由が解った。
「でも、ドレスならありますけど…」
私はアイテムボックスから、以前クリスの店で買ったドレスを出す。
すると、ミリアさんは、ドレスを見て少し考えた後、「やはり仕立てましょう。今回の晩餐会は王族はもちろんのこと、貴族の方も多数いらっしゃいます。もう少しフォーマルなドレスが良いでしょう」と言った。
「はぁ、わかりました。甘えさせていただきます」
あの時、そんなもんなのかなー?などとお気楽に考えながら返事をした自分を今は後悔している。
それからは、あれよあれよという間に、私とルミナスが二人して服を脱がされ採寸され、沢山の色の生地を体に当てられ、二人ともぐったりしたところで嵐のような時間は過ぎ去ったかにみえた。
だが、悪夢は始まってすらいなかったのだ。
それから二時間ほど過ぎた頃、二人でお茶を飲みながらゆっくりしていたときだった。
またもやノックの音が響き、扉を開けると、出来上がったドレスを持ったミリアさんが笑顔で立っていた。
後ろには数人の侍女と思われる人もいる。
「あれ?ドレスもう出来上がったんですか?あ、どうぞ、中に入って下さい。」
それが悪魔たち…もといミリアさん達を招き入れ、悪夢が始まる合図だったのかもしれない。
そして冒頭に戻るというわけだが、なぜ絶叫しているかと言うと『コルセット』なるにっくき物のせいである。
産まれてこのかた、コルセットなんて見たことも着けたこともない私は正直舐めていた。
多少締め付けるくらいでしょ?くらいに思っていたのだ。
ところが、これがかなりキツい。
侍女さん三人がかりで、肋骨が折れるんじゃないかと思うくらいに締め上げられ、余りの苦しさに叫び声を抑えることすら不可能。
どれくらいかと言うと、相棒であり可愛い妹のようであるルミナスが「妾は子供用のコルセットだから楽チンなのじゃ♪」と言った瞬間、殺意が芽生えた位だと言えば分かりやすいだろうか?
とにかく苦しさを耐え、ドレスの着付けが終わった頃には、HPがレッドゾーンに入ったかのように体力を消耗していた。
「お綺麗ですわ!フィー様!」
「元が良いですから、やりがいがありましたわ!」
そんな悪魔もとい侍女さんたちの誉め言葉すら耳に入ってこない。
「次はお化粧と髪のセットですわね!」
ミリアさんのその言葉に、逃げ出したくなったのは言うまでもない。
もちろん、逃げられるはずもなく、魂の抜けた人形の様にされるがままになっていた。
ルミナスはすでに準備が終わっており、私の様子を見ながらあわあわと右往左往していたとは後になって侍女さんから聞いて知った事である。
とにかく全ての準備が整い、ルミナスと共に晩餐会の会場である大ホールへたどり着く頃には、なんとか自我を取り戻せていた。
もう二度と晩餐会やパーティーには参加すまいと心に強く誓ったのは余談である。




