奪還戦(カイル視点)
「消えてくれない?」
そう言ったフィーは、俺の知らない人みたいだった。
残忍な表情に温度の感じられない冷たい赤の瞳。
だというのに、隣に魔族の男が寄り添っているのを見て、苛立ちを感じる俺はおかしいのかもしれない。
「カイル!ボケッとするな!来るぞ!」
ユースケの注意でフィーを見れば、掲げた右手に黒いもやのような物を集めていた。
「ユースケあれは?!」
「わからん、だがヤバそうだ。王都全体に結界をはる!他の仲間が来るまでカイルが相手してくれ!頼んだぞ!」
「わかった!」
結界をはるには時間が掛かる。街全体という広範囲なら尚更だ。
俺はフィーに向かって走り出した。
俺の剣とフィーの剣が交差する。
フィーが剣をったとった事で黒いもやは霧散し、俺は胸を撫で下ろす。
つまらなそうに表情を変えないフィーは目だけ男の方へ向けて言った。
「セディス、こいつは私がやるわ。あなたは下がってて。」
「ハッ!仰せのままに」
セディスと呼ばれた男が一歩下がるのを見て、俺は斬撃を繰り出した。
遊ばれているかのようにすべてが防がれる。
軽薄な笑みを浮かべながら剣を捌いていくフィーに苛立ちが募る。
そんなとき、フィーの視線だけが俺の背後に向いた。
「あらあら、お客さまね。」
その言葉を聞いた瞬間、後ろからフィーに向けて斧がふるわれた。
「待たせたねカイル!」
振り返った先には仲間が勢揃いしていた。
本当の戦いが今、幕を開けた。
「ルミナス、周辺に結界を張ってくれ!ルマン、俺にMP回復!」
「わかりました!ヒール!」
「わかったのじゃ!」
「姐御とカイルとルミナスはフィーに攻撃!ルマンは下がってフォロー!リリスとフレイは俺と男の方行くぞ!」
「「「「了解!」」」」
全員が配置につく。
最初に動いたのは意外なことにルミナスだった。
「お主は主様ではない。滅せよ!」
ルミナスが掲げた手から幾本もの光の槍がフィーに向かう。
流石にフィーも全てを凪ぎ払うのは無理だったようで、腕や足に血が滲んでいた。
「カイルぼけっとするんじゃないよ!」
「ああ行くぞ!」
「スピンアクス!…やっぱりこれくらいじゃ無理かい。」
姐御のスキルが発動し、稲妻を纏った斧が向かうが、それを素手で受け止めたフィーは楽しそうに笑った。
「あなたたち面白い」
そう言いながらも、体は多少のダメージを負っているようだった。
「フフッ、私に傷をつけた事を後悔させてあげるわ」
フィーの剣に黒いもやがまとわり付く。
その禍々しさに俺は背筋が寒くなるのを感じた。
「ルマン!フィーの剣に浄化をかけろ!」
「はい。ミスタル!」
ユースケから飛んできた声にルマンが反応し、フィーの剣に浄化をかける。
剣のもやが消えたのを見て、フィーが一瞬怯んだように見えた俺は、剣技を振るった。
仲間になってから学んだ戦いかたや剣技。
フィーを守るためだけに磨いた強さ。
それを向ける相手がフィーだとは思いもしなかった。
それでも止まるわけにはいかなかった。
ルミナスの魔法が後押ししてくれたお陰で魔力を纏った俺の剣と姐御の斧がフィーの命を削っていく。
約二時間の死闘の末、俺達は勝利を手にする…筈だった。
弱りきったフィーが両手をひろげ俺の名を呼んだのだ。
「カイル…」
虚ろな目で名前を呼ばれて心が揺らいだ。
気が付けば俺はフィーを抱き締めようと歩き出していた。
「カイル!駄目だ!」
ユースケの制止の言葉がどこか遠くで聞こえる。
俺は悦びで一杯だった。
もしかしてフィーは元に戻ったのか?
俺を求めてくれているのか?
フィーを抱き締めようと腕を伸ばしたとき、胸に衝撃が走った。
痛みよりも熱さを訴える胸に、恐る恐る目を向けるとフィーの剣が突き刺さっていた。
「フィー、愛してる」
なんとかその言葉を口にした俺の意識はそのまま暗転した。
最後に聞こえたのは、フィーの高笑いだった。




