この世界へ来た意味(ユースケ視点)
「私が止めを…」
そう言ったリリスの声は僅かに震えていた。
我慢しているのであろう涙は瞳に溜まり、今にもこぼれ落ちそうだった。
リリスの決死の覚悟を無下にするわけにはいかない。
俺は早々と場を切り上げることにした。
これ以上話をしたところで、気持ちは変わらないだろう。
あとは、それぞれの覚悟だけだ。
俯きながら自室へと戻っていくカイルとルミナスを見て不安が募る。
あの二人はフィーと戦えるのか?
二人の様子を見てそんなことを思いながら、帰ろうとするマテスを呼び止めた。
圧倒的に情報が足りない。
何故、俺達はこの世界に呼ばれたのか?
一番の謎は、いまだ謎のままだ。
だが、今、おあつらえ向きにも事情を知っていそうなマテスが居る。
俺とルマン、姐御の三人は、そのままホールに残った。
リリスも…と考えたが、あの様子では今は無理だろう。
「さてマテスと言ったな?いくつか質問をしたい。いいか?」
「ええ、私に答えられる範囲であれば。」
俺の言葉に即座に反応し、笑顔を浮かべるマテス。
恐らく、予想していたことなのだろう。
「まずは、何故フィーが王と呼ばれていた?」
「そうですね。それにお答えするにはまずは魔族の事を知ってもらわなければなりません。」
そう言った後、話し始めた内容は衝撃的だった。
曰く、魔族は最初から感情があった。
人間と仲良くしたがっていた。
研究者がクローン技術を駆使して試験的に作った異種族だった。
人間に虐げられたと感じた魔族は憎しみを糧に150年もの間で闇に身を落とした。
などだ。
「お前はそれを知ってたのか?」
ルマンにそう聞けば、言いにくそうに「…はい」とだけ答えた。
何て事だ!
思えば、新地区解放のクエストに出くわしたのも、ルマンに探索に誘われた時だった。
敵だと信じていた魔族に対して、先陣をきって戦いだしたのもルマン。
今思えばおかしい事ばかりだった。
魔族が戦闘に出遅れたのも、後衛がメインであるルマンが先陣をきったのも…。
何故気付かなかったのか?
研究者としての役目だったのかもしれないが、怒りが込み上げてくる。
違和感に気付いていながら見なかったことにした、俺自身にも。
命は道具じゃない。
勝手に作り出して、勝手に研究対象にされ、果てには攻撃までされた魔族の怒りは…一体どれ程だっただろう。
俺が黙り込んだことに何かを感じたのか、姐御が代わりにマテスへ問いかけた。
「魔族の事はわかったよ。でもそれがフィーになんの関係があるんだい?」
その言葉を聞いて、ハッとなった俺はマテスを見た。
「魔族は全てを知ってしまいました。復讐したいんですよ、人間に。でも復讐を果たす為には統率できる力のある者が必要だったのです。何故なら、彼等が最初四人だったのに対して、人間は数が多すぎるからです。クローンである彼らは力は莫大ですが、知能が総じて低い傾向にある。それを本人たちは知っていたのでしょうね。だから王を求めた。そして彼らは絶対的な禁術のとある方法で見付けてしまったのです。王となれる人材を。」
「.…それがフィーってことかい?」
「ええ、彼女は暗い人生を歩みすぎました。そして孤独だった。それを評価されたのでしょうね。」
「そんな…ってことは、フィーをこっちの世界に呼んだのは…」
「ええ、魔族です。あなたたちはそれに対応すべくセルフィス様が呼びました。」
「は?つまり、最初からこうなる事がわかってたってのかい!?ならどうして!」
「どうして教えなかったか…ですか?私の得意分野は未来視でしてね。違う未来も視えていたのですよ。今起きていることは、いくつか視た未来の中でも最悪の未来です。」
マテスの言葉は頭では理解できるが、感情が追い付かない。
姐御も同じなようで、完全に黙ってしまった。
ルマンは見たこともないような厳しい表情で話を聞いている。
そんな俺達を見渡したマテスは、少し考えるそぶりを見せた後、最後に一つだけ…と付け加え、最大の爆弾を投下した。
「魔族側が動き出すのは明朝ですよ。襲撃の場所は…王都みたいですね。では、健闘を祈っています。」
管理者側がここまで関わるのは本来許されない事なのです。だから秘密ですよ?と人差し指を口にあてながら眩い光と共に消えていくマテスを、俺達は呆然と見送ることしか出来なかった。
光が収束し、完全にホールが静寂に包まれ、俺はハッと我に返る。
そして拠点に響き渡るように大声で言った。
「全員、ホールに集合しろ!」と。
朝になるまで後、四時間ほどしかない。
明朝、俺達は激突する。
言うなれば世界をかけた戦いだ。
勝てなければ…俺達の未来は…ない。




