足音(ユースケ視点)
フィーがピンクに顔を染めてルミナスとじゃれあっている。
カイルは父親と二人で何か話をしているようだが、その表情はどこか明るく見える。
国王は酔い潰れてテーブルに突っ伏しているし、皇女は皆の様子を少し離れたところから、ルマンと共にニコニコと見ている。
姐御とリリスはいつの間にかホールには居なかった。
どうせ部屋に戻ったのだろう。
皆を見回して思う。
ああ、俺は幸せだ。
本当は皆に謝りたかった。
『迷惑をかけてすまなかった』と。
フィーにそう言ったら『そういうときは心配かけてすまなかった』って言うんだよ!
と逆に怒られてしまったが。
とにかく、今の俺は幸せだ。
『月光樹の雫』の効果なのか、消えそうだった命の灯が、今は爛々と燃えているのを感じる。
まだ、皆と暫くは一緒にいられるだろう。
そう考えただけで、顔がにやけるのを止められない。
「俺、ちょっと酒買いに行ってくるわ!」
にやついていた俺を生暖かい目で見ているカイルに気付いた俺は、恥ずかしくなって拠点から逃げ出した。
ユーランの街は夜でも明るい。
魔法の明かりが常に灯っているから。
街の外れにある拠点にも届くほどの明り。
だが、今日は明るすぎる。
些細な変化。
でも、四年もの間ユーランで生活していた俺には違和感にしか感じられなかった。
嫌な予感が頭に浮かび、急いで街中に向かう。
辿り着いた街の中心地に違和感の正体があった。
燃えているのだ。
街が。
人が。
「なんだこれは…」
茫然とその場に立ちすくむ。
街や人が燃えているにもかかわらず、叫び声さえ聞こえない。
それは異様な光景だった。
だが、それが逆に俺を冷静にさせた。
直ぐにピアスでフィーに連絡を取る。
『緊急事態だ!直ぐに来てくれ!』
『わかった!皆でそっちに向かう!』
フィー達が来るまでの間、少しでも現状を把握するべく目を凝らす。
何かヒントがあるはずだ。
音を遮断させていることを考えれば、術師が近くにいるはず。
「見付けた!!」
街の片隅に魔方陣を呼び出している男がいた。
見たこともない黒い魔方陣。
そこから火が飛び出していることを考えれば、その男がこの状況を作り出した魔法使いだと想像がつく。
俺がその男に近づこうとした瞬間、後ろから声がかかる。
「ユースケ!」
「これは一体どういうことなんだ?!」
「こりゃ酷い!」
「こんなことあっていいはずがありません!」
拠点にいた全員がここに駆け付けていた。
リリスや国王、カイル父や皇女に至っては言葉にならないようで、茫然としている。
「街が襲撃されたようだ!原因はあのおと…」
「それは私のことか?」
俺が皆に現状を説明するべく、魔方陣を呼び出していた男を指そうとしたところで、目の前から声がかかる。
いつの間にか男は俺達の目の前に移動していた。
いつかの魔族と同じ黒いローブに赤い瞳、魔族だ。
俺達の恐怖を感じ取ったのか、男はニヤリと笑う。
そして国王を見て笑みを深めた。
「これはこれは人間の王!こんなところで会えるとは手間が省けた。済まないが死んでいただこう!」
男が言葉を言い終わらないうちに鮮血が飛び散る。
王を庇ったカイルの父が膝から崩れ落ちた。
胸を抉られたことで、とめどなく血が流れている。
「父上ーーーーーー!!!」
カイルの悲痛な叫びがこだまする。
クソ!攻撃が全く見えなかった。
俺達には抗うことさえ無理だと言うのか?
悔しさで唇を強く噛む。
男の手中にはまだ動いている心臓が握られている。
カイルの親父の心臓だ。
それを愉悦に満ちた表情でグシャリと潰した男は詰まらなそうに吐き捨てた。
「王を殺すのは失敗したか…さすがにこの人数相手では分が悪い。出直してこよう。さぁ行こうか、私たちの王よ!」
男が手を伸ばした先にはフィーの姿があった。
アメジストのような紫色の瞳は、今や血のような赤い瞳に変わってしまっている。
「フィー?」
父親の亡骸にすがり付くカイルが信じられないと言った様子で言葉をこぼす。
それにピクリと反応したフィーは可愛らしく首をコテンと傾げて言った。
「あなたたちだぁれ?」と。
俺達は、自らの意思で魔族と共にユーランを去っていくフィーをかける言葉もなく呆然と見送ることしかできなかった。




