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追想(リリス視点)

祝宴も終わり、ほろ酔い気分で今日から私の部屋となったベッドに寝転がりながら私は過去を思い出していた。



有栖川皐月(ありすがわさつき)

それが過去の私の名前だった。


日本最大とも言える『有栖川財閥』の一人娘。

それが私に付きまとう肩書き。


都内の超が付くほどのお嬢様学校に通い、媚を売る偽物の友達に囲まれて生活をしていた。


「あれが人生の岐路だったのかしら?」


独り言を言いながら、あの日のことを思い出す。



あの日は「たまには歩いて帰ってみたいわ。」という私の我が儘で運転手を先に自宅へ帰し、長い時間をかけて学校から自宅までを歩いて進んだ。


いつも車の窓越しから見る街とは違い、実際に歩いてみた街は、私にはとても新鮮で魅力的だった。


喧騒ですら心地良い。

私を有栖川として見ない人が溢れている風景。

何もかもが初めてで、年甲斐もなく心が踊った。



そんな時、ふと一軒の店の貼り紙が目に留まった。

なぜ目に留まったのかもわからない。

でも今思えば、それが運命の歯車が回り始めた瞬間だったのかもしれない。



なんの変てつもないゲーム屋さんに貼ってあったその紙にはこう書いてあった。


『【ユグドラシル】βテスター募集中。〆切迫る』


他にもハガキの宛先や、詳しい説明等書いてあったが、要約すればこんな感じだ。



私はゲームというものをやったことがなかった。

話にしか知らない。

なのに、気付けば宛先の住所を自分のノートへ書き写していた。

まるで何かに導かれるように…。






「皐月お嬢様、郵便物が届いております」


「ありがとう三船。下がって良いわ。」


「失礼致します。」


三船と呼ばれた老執事が自室へ届けに来た郵便物に一つずつ目を通す。

大体は、名前しか知らない相手からの手紙だ。

中身は見なくてもわかる。


「どうせ愛しています。とか嘘ばかり書き綴っているのでしょう。」


私は一人ごちる。

一度や二度しか会ったことがない相手になぜそんなことが言えるのか?

それは有栖川の名が欲しいから。

連日、そんな手紙ばかりが自宅へと届く。

一通ずつゴミ箱へと投げ入れて、郵便物に目を通していると、知らない相手からの手紙が一通混じっていることに気づく。


「あら?なにかしら?」


封筒を振ってみるとカサカサと紙が擦れる音がする。

凶器となるものは入ってなさそうだ。

人の妬みや僻みからカミソリ入りの手紙を送られたこともある私は、そうすることが当たり前かのように自己流の確かめかたをした後、封筒を開いた。


入っていたのは一枚のカード。


『あなたはユグドラシルのβテスターに選ばれました。サービス日は○月○日の午前10時です』


と書いてある。



「ああ、そういえばそんなこともあったわね!」


ゲームのβテスターというものに応募したことなどすっかり忘れていた私は、三船に頼み、急いでゲームに必要となる機械を買いにいかせた。

なぜなら、ゲーム開始の日時が明日に迫っていたからである。






「お嬢様、こちらが御所望のものでございます」


約一時間程たった頃、三船ではない執事が機械を持って部屋に入る。


「ありがとう。下がって良いわ」


執事の後ろ姿を見送り、しげしげと機械を見回す。

その後、添付してある説明書を読み、カードに書いてあったアドレスにアクセスをした。








翌朝10時。

私の第二の人生が始まった。

自分でさえ知らなかった私を発見させてくれたゲーム。

私を有栖川という名前から解き放ってくれたゲーム。

私はのめり込んだ。

初めて自分が自由であると感じられる時間だった。







そしてそのゲームがサービス終了を迎えて三年後、私は、またユグドラシルの中の大地を踏むことになる。

なぜ?どうして?そんなことは些細な疑問でしかない。


「帰ってこれたのね。私の楽園に!」



誰も居ない広野で、私は、一人そう叫ぶ。

そして漆黒の羽を広げ、空に舞い上がった。

年に何度かしか会えない、しかもお金しか与えてくれたことのない両親のことなど思い出すこともせずに…。




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