月光樹の雫
螺旋階段を降りてみれば、案の定、家の入り口で長であるサーズさんとヤハルさんが問答していた。
「お前が行ったところで足手まといになることもわからんのか!?」
「いえ、足手まといにはなりません。幼い頃から隠れて弓の鍛錬をしてきました。一日も欠かさずに。」
「何!?いや、それでももし御迷惑になれば‥‥それにっ!危ない旅と聞く。お前にもしもの事があれば…」
「長、俺は自分を試したい!それで大地へ返る事になろうとも悔いはありません。どうかお願いします!」
いや、白熱してるのはわかるんですがね?
私達の存在を忘れてやしませんかね?
困った顔をして周りを見渡せば、皆も苦笑いしている。
気持ち的には、あのー私達の意見は?といったところだろう。
暫くやり取りを傍観していたが、このままでは月光樹の雫を受け取り、ここを出発することさえ出来ない。
そう考えた私達は、いまだ白熱した言い争いを続けている二人に声を掛けることにした。
ちなみに、全員が声を掛ける事を躊躇した結果、その役目が回ってきたのは私である。
主に姐御からの目の圧力によってであるが。
「あのー」
「何だ!?」
「何ですか!!」
二人揃って後ろを振り向いた。
背後に私達が集まっていることに驚いたのだろう。
目が見開かれた後、ばつの悪そうな何とも言えない表情を浮かべている。
二人とも息がピッタリだ。
「あのー、さっきから聞いていたんですけど、私達はヤハルさんを旅に同行させるのは反対です。」
「そうですよね。やはり「何故ですか!?」」
私の言葉にサーズさんが安心したような顔をしながら頷こうとすれば、ヤハルさんが焦ったように尋ねてくる。
「何故かと問われれば危険だからです。私達は単身でドラゴンにだって喧嘩を売れる実力です。これは誇大ではありません。そんな私達が危険とまでいう相手との戦いが迫ってるんです。貴方の命まで背負う余裕はありません。」
厳しい言い方だが、それでいい。
いくら幼い頃から弓の鍛錬をしてきたとはいっても、弓でドラゴンに喧嘩を売れるとは思えない。
前衛もこなせなければ無理だ。
何よりも、ヤハルさんには経験が足りない。
数々の魔物やモンスターと戦うといった経験が。
里で育ってきたヤハルさんにそれを求めるのは酷だが、今からそれを経験させるにしても、魔族がいつ仕掛けてくるかわからない状況の今は難しい。
項垂れながら手を握りしめているヤハルさんに、見かねたカイルが声を掛けた。
「ヤハル…と言ったな?今は無理だが、俺達は戦いが終わったらまた此処へ訪れる。その時にまだ気持ちがあるなら、仲間として迎えよう。」
ヤハルさんは、カイルの言葉にパッと顔をあげ言った。
「はい、ありがとうございます!俺、待ってます!」
私はカイルの言葉を噛み締める。
カイルは『戦いが終わったらまた此処へ訪れる』と言ったのだ。
それは自分自身に言い聞かせているように私には聞こえた。
必ず魔族に勝って此処へ訪れる!という意思表明に聞こえた私達は顔を見合わせ頷き合ったのだった。
「お前は家に帰っておれ」
見送りをしたいというヤハルさんをサーズさんが強引に家へ帰らせる。
ヤハルさんの姿が見えなくなったところで、サーズさんは羽織っているローブのポケットから小さな瓶を取り出した。
細やかな細工が見事な小瓶の中に薄い緑色の液体が透けて見えている。
小瓶を私達へと差し出しながらサーズさんは口を開いた。
「お約束していた月光樹の雫です。これを渡す所をヤハルに見られる訳にはいかなかったのですよ。」
「何故ですか?」
小瓶を受け取りながら私が理由を聞くと、サーズさんは悲しそうに言った。
「月光樹の雫の効果は知っておられるでしょう?これの存在は里でも代々長になるものしか知りません。なぜなら…命を粗末にする者や奪い合う者が出てくるからです。」
成る程。
エルフ限定ではあるが、生き返ることのできるアイテムがあれば、死んでも大丈夫だと考える人が現れてもおかしくはない。
蘇生アイテムは高価だ。
スーパーレアアイテムとして、ゲーム時代でも高値で取り引きされ、アイテムを持っている者はPKされることも少なくなかった。
長となるものは、そういった話を伝え聞いていたのだろう。
大きな力を持つアイテムは、人々にとって毒にも薬にもなる。
私は受け取った小瓶を大切にアイテムボックスにしまった。
何かお礼をしようとする私達を手で制したサーズさんは微笑みながら言った。
「我らの王族であるハイエルフのお方をいつか里へ連れてきて頂けませんか?それだけで充分です。」
「はい!必ず!」
いくらめんどくさがりのユースケでも命を救うアイテムを提供してくれたエルフの里をおざなりにはしないだろう。
うだうだ言うようなら、無理矢理引っ張って来ればいいのだ。難しいことではない。
サーズさんと約束を交わし、私達は里を後にした。
ちなみに、ルミナスがサーズさんに向かって、てくてく近付いていき、ルミナスの力を込めた精霊石を「お礼じゃ!」と投げるように渡したのは余談である。
それを危なげなく受け取ったサーズさんが、「村に伝わる秘宝よりも神聖な魔力を感じる!」と興奮しながら倒れそうになったのも、またまた余談である。




