エルフの里はどこですか?
神々しいとはこういう景色の事を言うのかと、私は感動していた。
日本にいた頃に行ったことのある神社に樹齢何百年という木があった。
自分より遥かに長い時間を生きてきた大木を見て 、何だか心が洗われるような気持ちになったのを思い出す。
だが、今、見える範囲にある木は、殆どが過去に神社で見た大木と同じくらいの大きさかそれ以上。
しかも木々から、微量ではあるが魔力の源であるマナを感じることができる。
そこにいるだけで、自分の魔力が少しずつ満たされていくのだ。
ずっとここにいてもいい。と思わせるものが確かに存在していた。
いや、そう感じられたのは一時間ほど前までと言った方が正しいだろう。
なぜなら、景色が変わらないのである。
右を見ても大木。左を見ても大木。前後に至っては言うまでもない。
確かに進んでいるはずなのに、狐につままれたように景色が変わらない。
神々しさを感じていたものも、焦りも手伝って恐怖にかわりつつあった。
「カイルー、どれくらい進んだっけ?」
「森に入ってから一時間ほどだと思うが。」
「だよねぇ、全くエルフの里に近付いてる気がしないのは私だけ?」
「いや、俺もだ。」
「私もだよ。何だか薄気味悪いねぇ。ずっと歩いてるってのに進んでる気がしないってのはさ」
「……」
どうやらカイルと姉御も同じように感じていたらしく、私の問いかけに肯定を示した。
ルナはカイルが腰に下げているウエストポーチの中で、ドラちゃんは私の頭の上でお昼寝中なので返事が返ってこないのは当然だが、私は考え込んでいる様子のルミナスが気になった。
「ルミナス?どうかしたの?」
「はっ!主様!少し考え事をしていたのじゃ」
「どんなこと?」
自惚れる訳ではないが、私の事をいつも気にしているルミナスが、私の言葉も聞こえなくなるほど考え事をしているのは珍しい。
そう思った私は何かあったのかとルミナスに問い掛けた。
「昔、アクアに聞いたことがあるのじゃ。エルフの里は誰にも見つからぬ様に結界がはってあると。その結界は訪問者を迷わせる類いのものらしいのじゃ。だからもしやと思ったのじゃ。」
その言葉を聞いて、私達三人は頭を抱えることになった。
その後、ルミナスの言葉の検証のために、近くの大木に洋服の切れ端をくくりつけ目印にし、真っ直ぐ歩いてみたものの、数分後には目印がある大木のもとへ戻ってきてしまった。
「はぁ、ルミナスの予想通りってことか…」
「ああ、いくら歩いてもたどり着かない訳だ」
「一定の場所まで行くと戻されるってことだね。厄介だねぇ」
私達は文字通り立ち尽くしていた。
なにせ、目的地に行こうにも、結界に阻まれて先へ進めないのだ。
進退極まったといっていい。
だからと言って、エルフの里へ行かないという選択肢はない。
ユースケを生き返らせる為にも、この状況をどうにか脱することはできないかと、三人とも頭を悩ませていた。
そんな時、森の様子を見に行っていたルミナスが戻ってきた。少し興奮しているようにみえる。
「ルミナス、なんか解ったの?」
「そうなのじゃ主様!妾は先へ進めるようなのじゃ!」
私達に付いて進んでいたから気付かなかったようだが、どうやらルミナスは戻されずに先へ進むことができるらしい。
さすが精霊王。万能感が半端ない。
結界がはってあるということはエルフの里まで近いだろうと考えた私達は、ルミナスに里まで行って貰い、用件を伝えて貰うことにした。
「ルミナス、悪いんだけど、月光樹の雫のことを里の偉い人に伝えてもらえないかな?私達がここにいることも」
「わかったのじゃ!主様の役にたつのじゃ!」
意気込んで里へ向かうルミナスの後ろ姿を見送り、三人で地面に座り込む。
私達が直接里へ行けないのならばルミナスに任せるしかない。
ユースケを助けたい気持ちはあるのに、何も出来ない自分がなんだか情けなかった。
ルミナスを待つ間、気になっていたことを聞いてみることにした。
「姐御はもとの世界に帰りたいって思わないんですか?」
「そうだねぇ、まだこっちに来て間もないから実感が沸かないってのが正直なところだね。戻れないって言われると、やっぱり少し寂しいけど、両親も病気で死んじまったし…あっちに未練はないね。フィーはどうなんだい?」
「私は…未練はないです。家族もいないし、仲良くしていた人も居ないですから。ただ、あっちにいれば魔物やモンスターと戦わなくても済んだのかなとは思います。」
「そりゃそうだね。こっちにこなけりゃ命の危険に晒されることなんてそうそうなかっただろうね。こんな生活は嫌かい?」
「最初は…嫌でした。自分が自分じゃなくなっちゃったみたいで。でも今は、こんな自分が嫌いじゃありません。」
「いい顔出来るじゃないか!安心したよ!あ、あれルミナスちゃんじゃないかい?」
姐御が指を指した方を見ると、ルミナスと年配の男性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
姐御との会話で何かが引っ掛かっていたのだが、私はそれを気のせいかと心の奥底にしまいこみ、ルミナスの元へ駆け寄ったのだった。
「主様!!」
私の胸に飛び込んでくるルミナスを危なげなくキャッチし、頭を撫でる。
撫でながら年配の男性と会釈を交わした。
「私は里の長をつとめておりますサーズといいます。里の方が少々ごたついておりまして…お待たせして申し訳ない」
「いえ、とんでもありません。私たちこそいきなり来てしまって…それよりごたついてるって…何かあったんですか?」
「いえ、大したことでは御座いません。人間が一人結界を破って侵入してきたまでのこと。それよりもここで立ち話もなんですから、里へご案内いたします。後ろのお二方もどうぞこちらへ」
年配の男性改めサーズさんの案内で里へお邪魔することになったのだった。




