雨
「うーん、うーん」
「フィー?どうしたんだ?さっきから。」
カイルの言葉で、私の意識が現実へと戻る。
どうやら考えすぎて唸っていたらしい。
気遣うような表情をしているカイルに申し訳なく思う。
カイルの腰に手をまわすようにして、ドラちゃんの背中に乗っている私が唸っていたら、さぞ気になったであろう。
後ろから唸り声が聞こえたらホラー以外のなにものでもない。
私だったら軽く引く自信がある。
閑話休題。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してて…」
「奴隷の子供達のことか?」
振り返りながら尋ねるカイルの顔が悲痛に歪んだのを見て、焦りを覚える。
「あの違うの!いや、違う訳じゃないんだけど…。なんて言うか、あのさ、カイルって僧侶って知ってる?」
「…昔話で聞いたことはあるが。会ったことはないな。それがどうかしたのか?」
やはり知らないらしい。
いや、むしろ存在していないのだろうか?
はっきり言って、ゲーム時代でも不人気なジョブであった。
それを考えれば、ゲーム時代から150年も経った今となってはジョブ自体が廃れていると考えるのが正しいのかもしれない。
「フィー?」
「あ、ごめん。あのね、さっきの事なんだけどさ明らかにおかしいところが多いでしょ?」
「ああ。確かに奴隷の子供達の事といい、外で死んでいた商人たちといいおかしいな。魔物の傷は馬車にしかついていなかった。それに、魔物が死んでいたのもあり得ない。商人が命を引き換えに魔物と刺し違えた…とは考えにくい。」
「うん。なにもかもおかしいの。あり得ないんだよ。第三者の介入がなければ、あの状況は作れない。」
「つまり?」
「誰かがあの場にいた。しかも…恐らく僧侶が…」
考えていた事を言葉にして口に出せば、不思議としっくりきたが、期待と不安が一緒に押し寄せてきた。
『僧侶』
癒しと浄化の魔法を得意とする、言わば回復役。
体力が低いせいで、単独では戦闘が難しいことから、不人気なジョブとして有名であった。
それでも、高レベルまで育てれば、そこらの戦士顔負けの戦闘力を得る。
体力はないが。
しかも、回復と浄化魔法に関しては右に出るものはいないと言われるほど強力。
パーティーにいれば重宝まちがいなしのポジションだ。
そんな能力を保持する僧侶が、今の世で噂にならないわけはない。
回復魔法の強力さから、神の遣いといって崇められていてもおかしくはない。
それなのに、冒険者として色んな所へ行っているカイルが知らないという。
ならば、存在していなかったのだろう。
山奥でひっそり生きていたならば話は別だが。
恐らく先程の場にいたという第三者は僧侶だ。
子供達の安らかな顔。
あれは、癒しと浄化を同時にしたと思われる。
あんな風に出来る人を他に知らない。
魔法使いでカンストしているユースケだって、人間の魂を浄化させるのは不可能。
もちろん私も。
数々の考察から、僧侶であるプレイヤーがこの世界にいる可能性は限りなく高い。
味方になってくれるなら、これほど心強い事はない。
でも、もしユキナのように魔族側についたのならば…今後、かなりの苦戦を強いられることになるだろう。
そんな私の考えを嘲笑うかのように、明るかった空を雲が覆う。
空を見上げた私の頬に雨粒が落ちる。
旅路での初めての雨だった。
ルミナスの結界で雨をしのぎ、ガーディナルの国境手前まで進んだ私達は、草原に降り立ち、歩いて国境を越えることとなった。
どうやら通り雨だったようで、すでに雲の切れ間から夕日がさしている。
ドラちゃんはチビ竜になり、ルミナスは精霊化を解いて、準備は万端なようだ。
「ねぇ、カイル、ここから国境まで後どれくらいなの?」
「後、一時間もたてば着くだろう。大きな街へはそれから一日ほど歩いたところだな。」
「そっか。じゃあ国境越えたら、またドラちゃん乗せてもらってもいい?」
『うん、いいよー』
「ドラばっかりずるいのじゃ!妾だって主様の役にたちたいのじゃ…」
ドラちゃんを頭に乗せ、拗ねたルミナスの頭を撫でながら歩きだす。
この幸せが続き、ユースケとまた一緒に居られる未来に想いを馳せながら…。




