終わりと始まり
修練場を飛び出し、あてもなく城内の廊下を走る。
額には汗が滲み、手は体温が感じられないほど冷たくなっていた。
(早く皆に会いたい!)
その気持ちだけが、私の脚を動かしていた。
どれくらい走っただろうか?
5分かもしれないし、一時間かもしれない。
それすらわからない。
廊下に敷かれた赤いカーペットと血の色が重なって、酷く私の心を抉る。
「フィー!!」
そんなとき、廊下の先から私を呼ぶ声が聞こえた。
反射的に顔を上げると、驚いた顔でこちらに駆け寄ってくるカイルがいた。
「カイル…」
「フィー!お前、顔が真っ青だぞ!とにかくこっちへ来い。皆、お前を心配してる。」
カイルに肩を引き寄せられ、連れていかれた場所は、豪華なシャンデリアのあるホールだった。
ホールに入った途端、こちらを向いた人々の視線にたじろぐ。
口々に「ありがとう!」やら「助かった!」との声が私に向かって飛んできた。
沢山の人の笑顔や安心したような顔に戸惑いが隠せない。
(私は人を…殺したのに…)
「フィー、お前はここにいる皆を守ったんだ。誇っていい。」
カイルの言葉に自然と目頭が熱くなる。いつの間にかルミナスやルナ、ドラちゃんまで私を見上げていた。
「でも私は…ユキナを…」
「主様!主様は、この国を守ったのじゃ!」
『そうだよ!おねぇちゃん、ゆうしゃみたい!』
「ゆうちゃ!ゆうちゃ!」
皆の言葉に涙が溢れるのを止める事ができなかった。
恐ろしかったのだ。自分が。
弱ったユキナに躊躇いもなく剣を突き刺した自分が。
でも、それが今ここにいる仲間や、沢山の人々を守る為だったと言われたら、幾分か救われた気がした。
私の涙が止まった頃、ホールの扉が開いて、騎士を連れた国王が入ってきた。
もちろん、カイルのお父さんも一緒だ。
国王は私を見つけると、一直線にこちらへ歩いてきて、頭を下げた。
「嬢ちゃん、いや、フィーちゃん、すまんかった!」
慌てて騎士の一人が止めに入る。
「国王様!冒険者ごときに頭を下げるなど!」
「その通りです。頭を上げて「ほぉ、妾の主様を冒険者ごときとは…お主、覚悟は出来ておるのじゃな?」」
私が騎士の言葉を肯定しようとすると、殺気を身に纏ったルミナスが騎士に問いかける。
(えぇー、ルミナス?!)
ルミナスの暴走に困惑し、助けを求めようとカイルを見ると、顔は笑顔だが目が全く笑っていないカイルからも殺気が漏れていた。
チラリと騎士を見ると、濃厚な殺気にあてられて顔が土色にまで変化している。
(やばい!!)
「ルミナス!やめなさい!カイルも!すみません、騎士さん。うちの子が。」
「あ、ああ、それより、まさかルミナスとは…」
「あぁ、えっと…光の精霊王ですが…」
私が答えると、ホールが静寂に包まれた後、絶叫が響き渡った。
「すまんな、うちの騎士が…こいつは近衛騎士団長なんやけど、頭がかたくてなぁ。」
「はぁ、なんかこちらこそすみません。」
近衛騎士団長はユーグさんと言うらしい。
ルミナスの怖さを知っているアクアが居れば、ルミナスの怒りを買うことなどしなかっただろう。
アクアが負傷者の回復に行っていて居ない今だからこそ起きた悲劇だと言える。
いまだに「光の精霊王とは…なんというご無礼な事を…」とか呟いているがいいのだろうか?
近衛騎士として。
閑話休題
あれから国王がホールにいた全員にルミナスの事を口止めした後、私たちは国王の執務室へと場所を移し、ソファーに腰掛けている。
「さて、ほんまに今回は迷惑かけたな。すまんかった。そんで、ありがとう。」
真剣な顔をしてソファーから立ち上がり、頭を下げる国王に驚きつつも、頭を上げてくれるように頼む。
「いや、頭を上げて下さい。それに、ユキナのことはこちらのケジメです。魔族は…ユースケが倒してくれたようですし」
ユースケの名前を口にすると、胸がチクリと痛んだ。
そんな私を見ながら、国王は話を続けた。
「ユースケ殿の事はなんて言ったらいいか…アクアから話は聞いた。ガーディナルへ行くんやったら旅
券はもちろん、なんかあった時のためにこれも渡しておくわ。こんなことしか力になれん。すまん。」
渡されたのは二つの封筒。
一つは頼んでおいた旅券のようだ。
もう一つは、国が後見につくという証明書らしい。
そんなものは貰えないと返そうとしたものの、「これくらいしか出来ひんから」と、頑として受け取って貰えなかった。
「なんかあったらアクアに連絡してくれ。」
との言葉を受けながら、私たちは執務室を後にした。
「なぁ、フィー、これからどうするつもりだ?」
「うーん、とりあえず、食糧を少し買っていこうか。ガーディナルにはドラちゃんなら5日くらいで着けると思うけど、なるべく最短ルートで行きたいからね。町にわざわざ寄るのは時間が勿体ないし。」
「主様!!妾は焼き鳥が食べたいのじゃ!」
「わたち、おねぇちゃまのつくってくれたオムライス!」
『ぼくもおなかすいたー』
「はいはい。じゃあ、市場に行って食糧を買おう!腹ごしらえしたら出発だよ!」
「ああ。「「『はーい』」なのじゃ!」
この仲間と一緒なら、ユースケを生き返らせるアイテムを手に入れる事が出来るだろう。
皆の後ろ姿を見ていると、なぜか確信めいたものを感じる。
私は確かに手にいれた。
この世界で生きる意味を。
絆を。
王都の危機は去った。
少なくない犠牲を払って。
でもまだ終わりじゃない。
ユースケから聞いた魔族の数は少なくとも後三人。
だから、これは始まりに過ぎないことを知っている。
それでも、仲間となら大丈夫な気がする。
「主様!焼き鳥が売り切れてしまうのじゃ!」
朝日に照らされながら私の手を引くルミナスの確かな温もりに、そんな想いを更に強めたのだった。
王都編
了
王都編終了しました。
いくつか小話を入れるか、そのまま次章に移るか悩み中です。
ここまでお付きあい頂きありがとうございました。
次章もよろしくお願いします。
瑠紆




