灯(ユースケ視点)
国王のおっさんとカイルの親父を王都に送る為に、拠点から転移を発動させる。
魔法陣の光が収まった時には既に、見慣れた拠点から馴染みのない場所へと移動していた。
場所は知ってはいたものの、来る事はないだろうと今日まで思っていた場所。
巨大な白亜の建物。
王城だ。
昔、家族旅行で行ったノイシュバンシュタイン城なんて目じゃないくらいの大きさ。
何よりも素張らしいのは、悠然と佇むだけの観光名所とは違い、生命の息吹が感じられる所だろうか。
世界史が大好きだった、この世界に来る前の俺ならば、狂喜乱舞していてもおかしくないであろう光景を目にしながらも、どこか霞んで見えるのは、拠点に残してきたフィーの顔が頭から離れないから。
フィーの目は、何の色も映していなかった。
まるで心を失くしてしまったかのように。
「ユースケ殿?」
ボーッと城を見ながらフィーの事を思い出していると、カイルの親父から声が掛かる。
視線を移すと、国王のおっさんもどこか心配そうに俺を見ていた。
「どうしたんや?ボーッとして。もしかして転移で疲れたんか?」
「いや、大丈夫だ」
「そうか?それならいいんやけど」
俺が大丈夫だと言うとホッとしたように表情を綻ばせながらも、まだ少し心配が見え隠れしている国王のおっさんに、忘れようとしていた筈の父親が重なって見えて、胸が痛んだ。
「アハッ、強い魔力があると思ったら、やっぱり居た~」
そんな俺たちの元に、楽しそうな声が届く。
気配を感じなかった事に驚きつつ、声の聞こえた方に身を向けると、そこには黒いローブ姿で不気味に笑う一人の男がいた。
「ねぇ君、違う世界の人でしょ?僕と遊んでよ」
男の赤い目が俺を捕足して、ギラリと光った気がした。
「お前、魔族か!?」
俺がたずねると、男が目を見開き、口元に弧を描く。
「驚いたな~。そんな事まで知ってるなんて。ちょっと遊ぶつもりだったけど…やっぱ殺しちゃおう。うん。」
男が言葉と共に繰りだした攻撃を回避しながら男の腕をつかみ、俺は転移を発動させた。
転移した場所は大霊山の麓。
さすがに魔族相手に城や国王達を庇いながらでは分が悪すぎる。
ここならば誰も巻き込むことなく戦いに専念出来るだろう。
「アッハ―、いや~油断したよ~。まさかこっそり陣を書いてたなんて。ま、いいけど。じゃあ始めようか~。楽しい蹂躙を」
男が手を振り上げると地面が凍る。
完全に無詠唱で魔法を操り出した男に驚きながらも、男に向かって最大級の火魔法を放つ。
「メガフレア!」
凍った地面を溶かしながら、辺り一面の地が炎に包まれ溶けて行くのを確認し、更に魔力を込め火力を強くした。
炎がおさまれば戦いが終わっている事を 信じな
がら。
「危なかった~。もう!ローブが燃えちゃったじゃないか~。あ~あ、お気に入りだったのになあ…」
「まさか…そんな事が…」
だが、おさまった炎の中から現れた男を見て、絶望にも似た感情が顔を出す。
常人ならば、骨すら残さず燃え尽きている筈の魔法『メガフレア』。
魔法職であるが故、体力を使う長期戦は厳しい事を自覚している俺は、自分の魔力の半分を使って放った。
その威力は通常の80倍。
効果は今だにマグマのようになっている地面を見ても分かる。
それを受けて、ローブしか焦がす事が出来なかったというのか?
それからは、男が言った『蹂躙』という言葉を身を持って知る事となった。
放った魔法はことごとく防がれ、反対に男が放つ魔法は俺の体力を少しずつ削っていく。
俺をいたぶって遊んでいるかの様な男の攻撃に、心が折れていくのを感じる。
もうダメだと思った。
俺の体力も魔力も残り少ない。
死を受け入れそうになっている自分がいた。
男の言葉を聞くまでは。
「つまんないな~。もっと楽しめるかと思ったのに。もう終わりにしようか。そうだ!君を殺したら、次はあの子を殺そう!市場で会った女の子!可愛かったな~。ぞくぞくするよ~!!」
こいつは今、何と言った?
市場で会った女の子を殺す?
まさかフィーの事か!?
「…ざけるな!ふざけるな!!あいつは殺させない!!何があっても!!あいつを殺すと言うなら、俺がお前を殺す。」
男を睨みつけ、決意を新たにした俺は…覚醒した。
白い燐光が俺を包む。
体の中から力が漲ってくるのがわかる。
EXスキル『覚醒』。
自らの生命力と想いを代償として、莫大なカを手に入れる事が出来るというスキル。
ゲーム時代は、自爆スキルと呼ばれ不人気だったが、俺はこの能力を気に入っていた。
大切なものを守ることが出来るから。
ギルド員に反対されても、仲間を助ける為に幾度となく使ったスキル。
この世界に来てからは、使う事はないだろうと思っ て いたこの能力だが、仲間を助ける為なら躊躇いはない。
俺の命を引きかえにしても。
「き、君!?何だその力はッッ!!」
驚き、恐怖している様子の男の言葉に、いちいち答えてやるつもりもない。
男を魔力の鎖で縛りつけた俺は、行使出来る最大の魔法を男に向かって放った。
「ジャッジメント!」
目が眩む程の聖光の奔流が、一直線に男へ向かう。
覚醒した俺の魔力で作った鎖をほどくことも出来ずなすすべもない男は、悲鳴と共に光にのまれていった。
先程まで感じていた男の魔力が完全に消えたのを確認して膝をつく。
覚醒して力を使い果たした俺は、立っていることさえ困難だった。
そのまま、戦いの傷跡の残る大地に横になった俺が考えるのは、残して来た仲間のこと。
はじめて会った時、フィーは絆を渇望していた。
ギルドを設立する時に、俺にだけ打ち明けてくれた『孤児』という事実。
現実では何をするにもついて回る『孤児』という呪いから解放されたゲームの中だからこそ、フィーが望んだもの。
それが絆だった。
ユキナを妹のようにかわいがっていたことも、フィーがギルドという名の絆を手に入れたことも知っていた。
だから言えなかった。
ユキナの正体を。
でも結局バレてしまった。最悪な形で。
「フィーごめんな。俺の勝手でお前を傷つけた。カイル、フィーを頼んだぞ」
誰も聞くことがない言葉は宙を舞う。
目を開ける力もなくなった俺は、そのまま静かに目を閉じた。




